Data.37 サービスシーン
目が闇に慣れてくると、扉の向こうにもまだ1本道が続いていることがわかった。足元に気を付けながら進むと、1分ほどで広い空間に出た。
「ここにも地底湖が……」
その地底湖の水は青く輝き、ジメジメとした洞窟内部を明るく照らす。見える範囲にこれ以上先に進む道はない。ここがダンジョンの最奥ということで間違いなさそうだ。
でも、私たちが倒すべきボスの姿が見当たらない。ダンジョンはボスを倒さない限りクリアしたことにはならないんだ。
「トラヒメさん……」
「わかってる。絶対この地底湖から飛び出してくるって!」
地底湖の周りは障害物のない平らな地面だ。まるで地底湖から出てくる『何か』と戦いやすいように配慮されてるみたい。そして、その『何か』はもっと地底湖に近づけば出て……。
「……来る!」
水面にぶくぶくと大きな泡が浮かんできては破裂する。洞窟自体も微かに震え、ミシミシという嫌な音が響き渡る。これは思ったより大物か……!
《グオオオオオオーーーーーーッ!!》
ザッパンッと水飛沫を立て、水中から姿を現したのは……龍!? いや、よく見ると脚がない。それに黒い体の表面はぬめっとしている!
これは……ウナギ!?
どちらにせよ、にょろっとした長い体を持つ魔物が地底湖から飛び出してきた!
「これは……亜龍種!?」
「うるみ、知ってるの?」
「この魔物自体は知りません! でも、名前的にこの魔物の種族は亜龍種っぽいです!」
その『亜龍種』という言葉からしてわからないんだけど、とりあえず私も魔物の名前をチェックしてみる。
「えっと、『鰻龍』……?」
あのウナギと龍を足して2で割ったような魔物の名前は『鰻龍』だ。
「まんまじゃん! しかもなんか存在自体がギャグっぽい!」
「見た目に騙されてはいけません! 亜龍種はすべての種族の中でも最強……!」
「まずその亜龍種ってなんなの?」
「すべての魔物には『種族』というものが設定されているんです。例えば黄銅角鹿なら野獣種、鬼なら妖怪種のような感じです。そして、その中には亜龍種という種族があって、それに属する魔物は基礎能力が他の種よりも圧倒的に上なんです!」
なるほど、リアルでいう哺乳類や爬虫類みたいな感じね。そして、亜龍種というのはその種であるというだけで強いと判断されるくらい最強の種なんだ。
でも、目の前の鰻龍は顔立ちがウナギの方に寄っているので、とても強そうには見えない!
強敵っていうのは見た目から強そうでいてくれないと困る。赤ちゃん相手に本気で殺気立つ人がいないように、ゆるい感じの生き物相手に戦いの神経を研ぎ澄ますのは本当に難しい……!
というか、体の大半が地底湖に浸かっているこいつにどうやって斬りかかればいいんだろう? 地底湖の水深は結構深そうだから、水の中に入って斬りかかるのは現実的じゃない。
向こうから近寄って来たところに、カウンターを食らわせるしかないか……?
《グオオ……ッ! グオオ……ッ!》
考えている間に鰻龍は驚きの行動に出た。普通に……陸地に上がってきたんだ! 体を覆うヌルヌルの粘液を使って地面をなめらかに這いまわっている! もうウナギでも龍でもなく蛇じゃん!
まだ戦いは始まってないけど、こいつの相手をしているとなんか疲れる! これ以上ツッコミどころを見せつけられる前に倒さなくては!
「雷虎……あれ?」
鰻龍は襲ってくるどころか私から離れていく。いきなり逃げ出す魔物なんて初めて見た……!
「待て……! きゃあ!?」
何かぬるっとしたものに足を取られてすっころぶ! これは……鰻龍が出した粘液だ! 鰻龍が這った後には、べっとりと粘液が残っている! それがいつまでも乾かず、ヌルヌルし続けているんだ!
「た……立てない……!」
足に力を入れるたびに転んで全身がヌルヌルになっていく! そうか……鰻龍は私から逃げたんじゃなくて、すべての地面をヌルヌルにするために動き回っているんだ……!
この状態じゃ刀なんて振れない! かくなるうえは地底湖に飛び込んでヌルヌルを洗い落とす!
「うりゃあっ!」
地底湖に飛び込むとザパァという音ではなく、ヌプンというなんとも言えない音が聞こえた。
……これ、地底湖もヌルヌルになってるじゃん! 最初は水だったのに、鰻龍が現れてから水質が変化してるぅ!?
「くうぅ……! さっきからずっとしてやられてる!」
必死の思いでヌルヌル地底湖から這い上がり、地面にしがみつくように移動する。マズイ……お笑いみたいな状況だけど、今までで一番ピンチかも……!
「う、うるみ……何とかならない……!?」
さっきからうるみはジーッと私を見ているだけだ。しかも、その顔は妙に赤くなっている。
「どうしたの、うるみ……!?」
「あっ、いや、別に変なこととか想像してませんから! 今のトラヒメさん、なんかすごくいやらしいなぁとか、いかがわしいなぁとか思ってませんから!」
うるみったら思った以上に変なことを考えてた……! 確かに私は全身ヌルヌルだし、装備の生地も透けてるけどさ! そんな熱い視線を向けられたら流石の私も恥ずかしいって!
「と、とにかく助け……」
「さっき転んだ時の『きゃあ!』って悲鳴……。なんだか素が出てるというか、女の子っぽかったというか……。トラヒメさんにもこういう一面だあるんだなぁと思って、妙にドキドキしちゃったりしてませんから!」
くっ……人が気にしていることをズバズバと……! 自分でもドキッとするほど綺麗な悲鳴で驚いたんだからね! 人間、本当に驚くと想像を超えた悲鳴が出るものだ……!
それもこれも全部あのウナギもどきのせいよ!
「うるみ! 命の雨で全部洗い流して!」
「は、はい! 命の雨!」
降り注ぐ雨が地面と私のヌルヌルを洗い落とす。あぁ……やっぱ【命の雨】って神技能だ……。奪い取りたい奴らの気持ちもわからないでもない……。まあ、奪わせやしないんだけどね!
「蒲焼きにしてやる……!」
地底湖の周りを1周してこちらに戻ってくる鰻龍に怒りの刃を構える!
もう転びはしない!
ヌルヌルにもならない!
セクシー過ぎるサービスシーンはおしまいだ!





