Data.35 裏の裏
うぅ……酷い目にあった……。まさか遺跡に排水機能があるとは思わなかった。溺れるよりはマシだけど目が回るぅ……。
でも、体力は減っていないし、刀を落としたりもしてない。うるみもふらついてはいるが無事だ。結果的に私たちは生き残ることが出来たけど……ここは一体どこなんだ?
見た感じ遺跡ではない。自然に出来た洞窟って感じで、近くには地底湖がある。遺跡から排出された水はあそこに流れていったみたいね。
ただ、洞窟の天井を見上げてもあの排水口は見当たらない。役目を終えたから閉じたのかな? どうやら、排水口から遺跡に戻るのは難しそうだ。
すると……どうやってダンジョンから脱出すればいいの!?
「トラヒメさん! ここもどうやら『滝の裏の遺跡』の範囲内のようです!」
「じゃあ、こっからでもゴールにたどり着けるの?」
「そう……だと思いたいんですけど、マップに『裏』と表示されているのが気になります」
ダンジョンに入るとマップは専用のものになる。探索した場所を自動で記録してくれるので、一度行った場所とそうでない場所が丸わかりなんだ。
これさえあれば、どんな方向音痴もいずれはゴールにたどり着くし、宝箱だって見つけやすい。まさにダンジョン攻略の命綱って感じなんだけど、今そのマップにはダンジョンの名前しか表示されていない。
その名は『滝の裏の遺跡:裏』。遺跡にいた時は普通に『滝の裏の遺跡』としか表示されていなかった。つまり、あの排水口に呑まれたことで私たちは『裏』に入ってしまったってこと?
裏技、裏道、裏ダンジョン……。私ったら本当にゲーム玄人になっちゃった!? でも、どうしてこんなことになったのか、自分でもよくわからないんだよねぇ。
「とりあえず、私たちが普通じゃ来れない場所に来ちゃったことだけは確かね」
「そうですね。私もダンジョンに『裏』があるなんて聞いたことがありませんし、これは大発見の予感がしますよ……!」
「ただ、どうして『裏』に来れたんだろう?」
うるみは少し首をかしげた後、自分の予想を話し始めた。
「まず、あの大量の水がキーになっていたことは間違いないと思います。そして、その大量の水を生み出していたのは、破壊された『水を吐き出すコイを掲げた女性の像』というのも間違いないでしょう。つまり、あの像をたくさん破壊することでダンジョンに水が満ち、排水口が開いたと……」
状況から考えるとそうなるか……。
しかしながら、今まで誰もあの像を破壊しつくすことはなかったのかな? 部屋の中央という戦いに巻き込まれやすい場所にあったと思うけど……なんてことを考えていると、うるみがそれに対する予想も話し始めた。
「ただ、あの女性の像って結構頑丈なんですよね。少なくともプレイヤーの攻撃で壊れたという話は聞きません。その一方で気づいたら壊れていたという話も聞きます。それらの情報に今回のトラヒメさんの戦いも加えて考えると……あの像は魔物なら壊せるのではないでしょうか?」
確かに最初の破壊は斬った勢いで吹っ飛んだ魔物によるものだった。私がやったようで私じゃない。そして、それ以降も暴れる魔物が勝手に像を壊していた。まったくもって私のせいではない!
「とはいえ、魔物たちもデフォルトで像を壊す力を持っているわけではない……。特に宝守の魔物たちはひっくり返されたり、足元の水の力を借りたりしないと像を破壊できない。だから今まで偶然『裏』を見つけるプレイヤーが出てこなかったのかもしれません」
「満たさないといけない条件が多すぎるから……か」
うるみによると、あのボス部屋の前のカニも攻略動画で見た個体よりも大きかったらしい。あの時は【虹の閃】にテンションが上がりすぎて言い出せなかったけど、あれも足元に満ちた水の影響で強化されていたのではないかということだ。
つまり、宝守との戦いで像を破壊し、ダンジョンを浸水させていなければカニは強化されない。強化されていなければ、カニは巨大な像を破壊するだけの力を持たないということか。
確かにこんな条件では『裏』が見つからないのも仕方ない!
「この『裏』が新ダンジョンという扱いなら、今頃町の大高札に発見の情報が掲載されているかもしれません! トラヒメさんの名声がさらに高まっちゃいますね!」
「それはそれでいいんだけど、問題はこの『裏』をクリアできるのかってことよね。負けたら負けたことまで拡散されちゃいそうだからさ」
「それは確かに……!」
そこまでちやほやされたいわけじゃないけど、バカにされるのは嫌よね。というか、私は刀を持てば負けず嫌いになるから、周りとか関係なく負けたくない! この『裏』のダンジョンだって初見でクリアして見せる……!
しかし、肝心のダンジョンの全貌はまるで見えてこない。マッピングは本当に機能しないようだし、そもそも本当にこのダンジョンにゴールがあるのか、それはどういったものなのかを誰も知らない。
まさに未開の地を切り拓く……いや、斬り拓く冒険だ!
「この地底湖から伸びる道は1本だけみたいだし、まずはそこを真っすぐ進もう。大丈夫、絶対クリアできるって!」
テンションを上げて1本道を進むと、大きな水たまりがいくつもある広い空間に出た。水の色はなんか緑っぽくて透明度が低く、中に何が潜んでいるのかわからない……。
《キシャアアアアアアッ!!》
わからないと思った瞬間、潜んでいたものが正体を表した。それは赤い目と鋭い歯を持つ半魚人……! この魚知ってる! ピラニアだ! もう外来種というより外国の魚だ……!
ただ、見るべきところはそこだけじゃない。遺跡にいた半魚人よりもさらに人に近く、筋肉質な体型になっている。魚から手足が生えているというより、人間の体に魚の頭部って感じね。
それに手首のあたりから長く鋭利な鱗が伸びていて、まるで逆手持ちの刀のようだ。やはり『裏』というだけあって攻略難易度は上がっていそうね。でも、それは同時にクリア報酬がアップグレードされている可能性を高める。
「斬りがいがありそうだ……!」
まだ誰も知らない地底の戦いが始まった!





