Data.33 水満ちる迷宮
宝箱の中に入っていたのは、古めかしい本と巻物だった。金銀財宝が入っているとは思ってなかったけど、これはちょっと地味なのでは……?
「うわぁ!? いきなり大当たりですよトラヒメさん!」
「そ、そうなの?」
「だってこれ『中級指南書』と『敏捷増強Ⅰの巻物』ですもの!」
中級指南書って……あの下級技能を中級技能にランクアップできる奴!? それに【敏捷増強Ⅰ】って私が持ってる技能だよね? その巻物ってどういうことだろう……?
「前は『風雷の昇級指南書』でしたから属性を持つ技能の昇級にしか使えませんでしたけど、これはどの下級技能にも使用することが出来ます! 宝箱からも滅多に出ないレアアイテムです!」
そうか、これなら私が持ってる【体力増強】や【敏捷増強】も強化できるのか。というか、今の私の技能構成ってどうなってるんだっけ? 装備の方にも増強系が多いからこんがらがってくる。
いい機会だしサラっと確認しておこう。
◆習得技能
【雷虎影斬】【火激流血刃】【怪魚召喚】
【体力増強Ⅰ】【敏捷増強Ⅰ】
◆装備技能
【鹿角突き】
【風雷増強Ⅱ】【敏捷増強Ⅰ】
【風雷増強Ⅰ】
3つの体術技能と5つの常時技能、それに修練値用の使わない技能が1つか。こうやって見るとなかなかまとまってるというか、やりたいことに特化できている気がする。
指南書で昇級できる技能はあくまでもプレイヤー自身が所持している技能のみだから、次に昇級するなら自分が持ってる【敏捷増強Ⅰ】ってことになるかな。でも、目の前にはその【敏捷増強Ⅰ】の巻物があるのよねぇ……。
「こっちの巻物はどういうアイテムなの?」
「それは使用することで技能を習得できるアイテムです。技能を実体化したものと言えますね。宝箱に宝物として入れるなら、巻物みたいに実体を持たせた方がよりお宝感が出ますからね」
確かに巻物って宝物感があるよね。それに宝箱を開けたら中身は空っぽで、自動的に技能だけを習得してるってのも味気ないし
「あと宝箱の中身はそれを開けたプレイヤーが組んでいるパーティの人数と同じになります。私たちの場合は2つ。4人パーティなら4つです。それを1人につき1つで分けることになりますから、巻物という形だとやりとりがしやすいんですよね」
「勝手に技能を習得したら、他に欲しい人がいた時に困るもんね」
さて、問題はこの2つの道具のどちらを選ぶかってことだ。中級指南書も欲しいし、【敏捷増強Ⅰ】を2つ習得するのもアリだ……。
「トラヒメさんに【敏捷増強】は不要でしょうし、私が貰っておきますね」
「えっ!? 私かなり悩んでるところなんだけど……」
「あっ、すいません! 技能は同じものを2つ習得できないので、すでに【敏捷増強】を持っているトラヒメさんには不要だと思ってしまいました……」
「え? 同じ技能って習得できないの? そ、それはちょっと知らなかったなぁ~。私の方こそ勉強不足でごめんね」
「いえいえ! ちなみに【敏捷増強】の中にも『Ⅰ』や『Ⅱ』みたいな違いはありますが、すべて同じ技能として扱われるのでやはり重複習得は不可能ですね。ただ、装備技能の場合はいくら同じ技能が被っても問題なく効果が適用されるので安心してください」
重複が許されるなら、昇級などせずに下級をひたすら集めればいいもんね……。そういうところはしっかり対策されているというわけだ。裏技を見つけるゲーム玄人へ道は険しいなぁ。
「じゃあ、私が『中級指南書』を貰うってことで……いい? 確か【敏捷増強】って普通のプレイヤーにはあんまり役に立たない技能らしいけど……」
「いいですよ! これを機に私もトラヒメさんみたいな素早い動きを目指してみるのも悪くないかもしれません! それに使いこなせなかった時は修練値にすればいいですしね」
ということで、宝物の分配は終わった。貰った指南書を使うには、昇級したい技能に修練値を溜める必要がある。そのためには、いらない技能をたくさん集めないとね。
「そういえば、ダンジョンに宝箱はいくつあるの?」
「ここに関しては2つあるっぽいですね」
「なら、もう1つの宝箱も見つけないとね!」
私たちはバシャバシャとダンジョン内を探索する。
……そう、バシャバシャだ。『水を吐き出すコイを掲げる女性の像』を壊し過ぎたからか、ダンジョンの床が浸水している。水位は私たちの膝が浸かるくらいで、まだそこまで動きにくくはないけど、これ以上水位が上がるのは避けたい。
しかし、避けようと意識していても魔物はそんなことお構いなしだ。特に強い力を持った魔物は周りを気にせず暴れる!
私たちが遭遇した新たなる宝守『虹鱒魚人』もそういうタイプだ。
宝箱がある部屋の構造は一緒らしく、部屋の奥に置かれた台座の上に宝箱、中央に『例の水を吐き出すコイを掲げた女性の像』。そして、宝守が配置されている。
虹鱒魚人はその名の通りニジマスに手足が生えた魔物だけど、雑魚魔物に比べるとより人に近い体つきになっていて、武具である槍の扱いも上手い。
さらには……水を操ってくる。足元の水を集めて激流の如く撃ち出す技がなかなか厄介だ。しかも、その攻撃を回避していたら流れ弾が女性の像に当たってまた壊れた!
それに応じて水位もどんどん高くなり、太ももまで水が上がってきた。これ、像を壊し過ぎると水位が上がりまくってゲームオーバーとかあるんじゃないの!?
「ええい! まずは目の前の敵だ!」
あっちが水を利用するならこっちも利用してやる!
「雷虎影斬!」
バチバチとほとばしる稲妻を……水に流す! 電気が他の物体へ伝わっていくことは赤鬼でもベニミミガメでも証明済みだ。
フロアを満たす水に伝わった電気は虹鱒魚人にも伝わり、その体をほんの一瞬ビリビリと痺れさせた! 水量が多く電気が分散してしまったから、それだけ痺れている時間も短い。
でも、私にとっては一瞬あれば十分!
「接近してしまえば飛び道具は怖くない!」
虹鱒魚人の槍による連撃を華麗に受け流し、その体に雷の刃を直接叩き込む! ダイレクトな感電はダメージ十分! それに痺れている時間も長い!
後は連打連打で虹鱒魚人を捌き、私たちは2つの目の宝箱を開ける権利を得た! さあ、手早く宝箱の中身を回収してダンジョンのボスを探そう。
水位の上昇は太ももの付け根あたりで止まっているけど、流石にもう動きにくい。これ以上の戦闘は避けて、なるべく像を壊さないようにダンジョンクリアを目指すんだ!





