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Data.32 宝守のカメ

「トラヒメさん、あいつは見た目通り高い防御力を持っています。正面から斬りかかるだけでは、まともにダメージを与えられないかもしれません」


「うるみ、あのカメのこと知ってるの?」


「はい。実際に戦ったことはないですが、このダンジョンをいつか攻略しようと思って、情報だけは集めてましたから」


 なるほどね。この大VR時代ともなれば、攻略情報くらいいくらでも調べることが出来るか。私はまだ超初歩的なシステムや技能関係しか調べられてないけどね。


「何かあのカメに弱点はないの?」


「動きが遅いことが一番の弱点らしいです。でも、油断して噛みつかれでもしたら、即死級のダメージを受けることになると……」


「それだけ噛む力が強いってことね」


 まあ、要するにあいつはカメらしい魔物ってことだ。頑丈さ、動きのノロさ、噛む力の強さ……。口がある正面からではなく側面から攻めるのが無難か。


 ……いや、まてまて! 

 動きがノロいなら、ササッと宝箱を開けて中身だけ持っていけばいいんじゃないか……!?


「ねぇ、うるみ。あのカメは無視して宝箱を……」


「あ、ごめんなさい。宝箱は宝守を倒さないと開かないんです。説明し忘れてました」


「いえいえ……無知な私が悪いのよ」


 べ、別に斬り心地が悪そうだからスルーしようなんて思ってないんだからね!


 ただ、そういう抜け道みたいなのを見つけられたら、ゲーム玄人(くろうと)みたいでカッコいいなって思っちゃっただけなんだからね!


「じゃあ、まずは走って側面に回り込んでみよう」


 うるみと一緒に走ってカメの左側面に回り込む。


 今いる場所はドーム状の天井を持つ広い部屋だ。大きなカメがいても自由自在に動き回れる空間的余裕がある。宝箱はそんな部屋の入口から一番遠いところにある台座の上に置かれている。


 そして、部屋の中央には『水を吐き出すコイを(かか)げる女性の像』がある。あれの少し小さいバージョンを道中の戦闘で壊しちゃったなぁ……。でも、今回は敵の動きがノロいから、戦いのはずみでぶっ壊しちゃうことはなさそうね!


「って、カメの動き思った以上にノロッ!」


 左側面に回り込んだ私たちを追ってこちらを向くまでに10秒以上かかっている! これなら横腹を攻撃し放題じゃない!


 でも、横腹も当然甲羅に覆われているから、硬そうなんだよねぇ……。せめて甲羅よりは柔らかそうなお腹を攻撃出来れば……。


「あ、そうか! ひっくり返せばいいんだ! うるみ、ちょっと耳貸して!」


「は、はい!」


 カメが人間の言葉を理解するとは思えないので、ひそひそ話をする必要はないと思う。しかし、こういう時に大事なのはムードだ。せっかく私にしては冴えた作戦を思いついたんだからさ!


「か、可能なんでしょうか!? あのカメ重そうですよ!」


「そこは技能の威力に賭ける! それに失敗したってノーリスクでしょ?」


「確かに……! やってみましょう!」


 私たちはまたまた走ってカメの側面に回り込む。そして、カメがこちらを振り返る前に刀を地面とカメのお腹の隙間に入れる。


「雷虎影斬!」


 刃を下から上へ!

 まるで大物を釣り上げるような力強い動きでカメを斬り上げる!


 この動作だけでもカメにそこそこのダメージが入っているのは嬉しい限りだけど、本当の狙いはそこじゃない。


 横っ腹に衝撃を受けたカメの体は浮き上がり、左側の脚が地面を離れた。この要領で下から上に技能を当てていき、ひっくり返すというのが私の作戦だ!


 割とゴリ押しじゃないかとうるみに説明している時に気づいたけど、上手く決まれば戦いが楽になることに変わりはないし、失敗したところでカメのノロさ的にカウンターを食らうことはない。まさにやり得ってわけだ!


蟒蛇水流(うわばみすいりゅう)!」


 私が技能を出した後の隙はうるみがカバーする。相手は水氷属性のカメだから、いくらお腹に当てても同じ水氷属性の技能ではダメージは期待出来ない。


 しかし、ダメージは抑えられても押し上げてくる水の勢いまでは抑えられない。そうして傾いたカメの体を支えているうちに、私が2つ目の技能を放つ!


「鹿角突き!」


 これはあえてカメの硬い甲羅のふち(・・)を突く! そうすることで刃はカメの体に刺さらず、突きの勢いだけをダイレクトに伝えることが出来る!


 ビリヤードのボールを打つ時のようなカンッという小気味よい音と共に、大きなカメの体はひっくり返った!


「作戦成功!」


 うるみとハイタッチする。うーん、なんか青春って感じ!


 後は無抵抗のカメに連続攻撃を加えれば……と思っていたら、ひっくり返ったカメは頭と脚と尻尾を甲羅の中に引っ込め、ひっくり返ったままで高速スピンを開始。部屋の中を縦横無尽に動き回り始めた。


 そのせいで部屋中央にあった『水を吐き出すコイを掲げる女性の像』が粉々に砕かれる。でも、今回は私のせいじゃないんだからね!


「悪あがきを……! うるみ、動きを鈍らせて回転を止めるよ!」


「はい! 呪血(じゅけつ)の雨!」


 赤い雨を浴びたカメの回転はわずかに鈍る。そこに回転とは逆方向の力を加える!


「雷虎影斬!」

「蟒蛇水流!」


 技能がヒットしてから数秒は回転がほぼ止まる。この隙に私はカメの上に飛び乗った!


「鹿角突き!」


 カメの腹のど真ん中に深く刃を突き刺す。これで回転が再開しても振り落とされない! そして、攻撃はこれで終わりではない!


「雷虎影斬!」


 刀が稲妻を帯びるが、深く刺さっているので刃は動かない。しかし、稲妻は確実に伝わっている……! この要領でカメの体内に電気を流し込んで倒す!


「雷虎影斬! 雷虎影斬! 雷虎影斬!」


 回転がピークに達し、流石に刀にしがみついているのもしんどくなってきたところで、やっとカメの体力が尽きた。消滅するカメの体から降りて、頑張ってくれた刀を鞘に戻す。


「駆除……完了!」


 宝守はボスほどじゃないにしても厄介な性質を持っているって、その通りだったな。まさか、ひっくり返された時専用の攻撃手段を隠し持っているとは……。


 うるみも驚いていたあたり、これはネットには出回っていない情報だったんじゃない? やっぱり奥が深いなぁ『電脳戦国絵巻』!


「じゃあ、早速ご褒美をいただこうかな」


 私とうるみは2人で宝箱のフタに手をかけ、勢いよくそれを開いた。

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