Data.29 滝壺の鮭
「ダンジョンが滝の裏にあるってことは……あの滝に突っ込めばいいってこと?」
「はい。そうだと思います」
滝の勢い……結構強いんだよねぇ。さっき川を渡って水の冷たさを実感した私たちにとって、滝に打たれるのはあまり気乗りする行為ではない。それでも、突っ込むしかないか……!
「ん……? 滝壺に魚がいる!」
そりゃ魚くらいいるかぁとスルーしかけたけど、この魚でっか! 2メートルはあるんじゃないの!? 周りの風景は日本そのものなのに魚だけ海外サイズじゃない!
「トラヒメさん、それも魔物です。魔物だと認識したうえでよーく見てみてください」
うるみに言われた通り、あの魚は魔物だと思ってから見てみる。すると、その頭上に『大々鮭』という名前と体力ゲージが浮かび上がった。
「魔物の中には擬態を得意としている種族もいますから、プレイヤー側が魔物だと認識しない限り名前と体力ゲージは表示されないんですよ」
「なるほどね。そりゃ必死に隠れてるのに名前が勝手に出たら魔物だってやってられないか」
しかしながら、こんな巨大魚がいるんじゃおちおち滝壺にも入れないな。でも、水に足を入れずにあの滝の内側に入るルートはない。端っこの方から静かに進むか……。
ちゃぷん……。水に足を入れた瞬間、本当に小さな音が鳴った。巨大な鮭はその音にも敏感に反応し、大口を開けて私に跳びかかってきた!
まるで池の錦鯉ね! エサを投げ入れた瞬間、バクバクバクッて!
「雷虎影斬っ!」
跳びかかってきた鮭を真っ二つに斬り裂く!
なんか発生する稲妻のエフェクトが派手になってるけど、これも『春雷の姫衣』を装備しているおかげかな? 鮭は一瞬で丸焦げになり、そのまま塵となって消えた。
しかし、それで終わりではなかった。今斬った鮭よりも小さい鮭……といっても、リアルの鮭より数倍デカイ奴らがどんどん跳びかかってきた! 今斬った奴は群れのボスだったってわけね!
「雷虎影斬っ! 雷虎影斬っ! 雷虎影斬っ!」
近づいてきた奴から焼き斬っていく! 面白いくらいに簡単に倒せる! 何なら刃に直撃しなくても、刃の周りに発生している稲妻で焦げる鮭までいる!
「ふぅ……。楽勝だったとはいえ、いきなりは驚くな」
刀を鞘に納め、何もいなくなった滝壺を眺める。これでバシャバシャ泳いでも問題はなくなった。まあ、寒そうだから泳ぎはしないけど……。
「相変わらず素晴らしい太刀さばきですね、トラヒメさん!」
「ありがとっ! それにしても、簡単に丸焦げに出来るものね。この鮭たちは弱い魔物だったってことかな?」
「いえ、少なくとも今みたいに群れを形成している魔物のボスはそれなりに強いはずです。分類的にもレア魔物になりますし」
「レア魔物……この鹿角刀をくれた鹿と同じレベルってこと?」
「黄銅角鹿は出現率の低い超レア魔物ってところですかね。今の大きな鮭はレア魔物の中では珍しくないタイプというか……」
「レアの中ではレアじゃないというわけね」
「はい。とはいえ、レアはレアですから倒すと装備か技能を得られるはずです」
それはありがたい。焦げた巨大鮭が転がっていたあたりには何も落ちてないし、今回は装備じゃなくて技能をゲットしたみたいね。ならステータスを開いて……あった!
◆怪魚召喚
階級:下級 形態:妖術 武具:本
属性:水氷 念力消費:小 修練値:0/40
〈異形の巨大魚を召喚し従わせる〉
ええ……なにこれ……。見慣れない言葉しか並んでないや……。
まあとりあえず、レアの中ではレアじゃない魔物がくれただけあって階級は下級だ。形態の『妖術』は要するに魔法で、うるみが使っている【命の雨】や【蟒蛇水流】と同じカテゴリーね。
武具の指定は『本』だ。召喚のための魔導書みたいな扱いなのかな? 属性は水氷だから、これが杖だったらうるみ向けだったわけだ。残念ながら、私にとってはただの修練値だけど。
「いろんな技能があるものねぇ」
「そうなんですよ。だから、本来必要な技能というのはなかなか集まらないんですよね。これが異名持ちの討伐報酬とかだと、ある程度プレイヤー側の戦闘スタイルを考慮して報酬が選ばれるらしいんですけど」
異名持ちって倒せさえすれば美味しい敵なのね。でも、強くて倒せるかわからないし、そもそも出会いにくいと……。
根気よくこの世界を冒険し続ける以外に、強くなる方法はなさそうだな。あ、一応ツジギリ・システムみたいな抜け道もあるけど、私はやらないしね。
「さて、そろそろダンジョンに入るとしようか。ちなみに、ここのダンジョンにはどんな魔物が出てくるの?」
「滝の裏なだけあって、水氷属性の魔物が多く出るらしいです。ちょうど今トラヒメさんが斬った鮭たちも水氷属性だと思います。そして何より、水氷属性には風雷属性の攻撃がよーく効くんです!」
「なるほど、つまり今の私にピッタリなダンジョンってわけだ。でもいいの? なんか私の都合ばかり優先されてる気がするけど……」
「いえ! どちらかと言えばこのダンジョンを選んだのは私の都合なんです。というのも、水氷属性のダンジョンはそれだけ水氷属性の装備や技能を手に入れやすいんです。でも、水氷属性に対して同じ水氷属性による攻撃は効きにくくて……」
「ふーん、だから私に頼ったってわけだ」
「ご、ごめんなさい……!」
「謝らなくていいよ! うるみにはお世話になってるしね。それに私って人に頼られたことあんまりないから、頼りにしてくれるとなんか燃えてくるわ!」
水の冷たさをものともせず、私たちは滝壺へと突っ込んでいった。





