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Data.25 角と刃と雷と

 赤鬼は私の言葉を聞いて振り向いた。そして、深紅のトンカチを構えて私と対峙する。うるみとレキの方は振り返らない。


 彼女たちを見逃してくれたというより、最も戦闘能力が高い私を野放しに出来ないという判断かもしれない。どちらにしても、ありがたい。


 周りを気にせず純粋に相手と向き合う……。私が一番得意としている状況だ。


「いざ……!」


 まずはこちらから動きを見せる。赤鬼に向かって突撃し、そこから相手の出方をうかがう。そう、戦いとは自分が何をするのかだけでなく、相手が何をするのかを観察することが肝心。


 赤鬼はトンカチを大きく振り上げ、私に向かって振り下ろした。しかし、予備動作が大きい。振り下ろされるタイミングと場所を読み切っていた私は素早くその場から離れ、トンカチが地面に触れる直前にジャンプした。そして、トンカチの棒の部分に跳び乗った!


 我ながら上手い!

 トンカチを振り下ろせば自然と体が前かがみになる。そして、当然トンカチも地面に近くなり、私でも跳び乗れる足場になる。この足場からさらに跳べば、頭に刃を振り下ろせる!


「雷虎影斬っ!」


 頭に対して真っすぐに刃を振り下ろす! 私にとってはやりなれた動作だ。しかし、相手は鬼。その頭には1本の角が生えている。


 あまりにも正確に頭に斬りかかった結果、私は鬼の1本角に刃を当ててしまった。角は見た目通りに頑丈で、刀でも斬れない!


 私はほとんど弾き飛ばされるような形で地面に転がる。くっ……追撃が来る……!


「……あれ? なんか向こうの方が苦しんでる?」


 ピンチかと思いきや、鬼は頭を抱えてうずくまっている。しかも体力ゲージもそれなりに削れている!? まさか……角が弱点なのか? いや、角そのものには傷一つない。


 じゃあ、なんでなんだろう? もしかして、角の下にある脳が衝撃で揺れているの?


 人間も顎に強い衝撃を受けると脳が揺れると聞く。それと同じように頭から伸びる角は頑丈でも、そこから伝わる衝撃に脳が耐えられないとか?


 なんにせよ、これは大チャンス! あれだけ低い姿勢なら普通に首を狙える!


「雷虎影斬っ!」


 首にズバッと斬撃!

 体力ゲージもゴリッと削れる!

 しかし、2撃目を入れる前に赤鬼は立ち上がった。その角をよく見ると、稲妻がバチバチとほとばしっている。


 これは……衝撃だけでなく電撃も角を通して脳に届いている!?


 属性を使った戦闘は、相性の有利不利だけじゃないんだ。雷なら斬り口を焼いて血を止めたり、感電させて体を一時的に麻痺させることも出来る。やっぱりこのゲームは奥が深い!


 赤鬼は反撃されると学習したので、もうトンカチを振り下ろさない。薙ぎ払うように横向きにトンカチを振り回し始めた。


 でも、重い物を振った後って体の筋が伸び切っちゃうし、バランスも悪くなるのよね。私もよく相手に1回刀を振らせた後、その隙を斬るっていう戦い方をしていた。


 重いトンカチを振って筋が伸びた足に【雷虎影斬】を食らわせた後、タックルも食らわせる! 私の小さい体でも適切に使えば、巨体を転ばすことが出来る!


 それに足には今まで斬りまくってきたダメージが蓄積されている。勝利への道は見えた!


「お命……ちょーだいっ! トドメの雷虎影斬っ!」


 倒れた赤鬼の首に全力の一太刀を浴びせる! 今までにない手ごたえとと共に、噴き出す赤い血で私の体が焼かれ……ることはなかった。これは撃破演出なんだ。


 異名持ちの死に様は、通常の魔物とは違う。噴き出す血は赤色の霧に変わり、やがて赤鬼自体も霧となって散った。


「……強い!」


 今までで一番の強敵だった。知能が高く、力も強い。勝つためには一芝居打ってくる狡猾(こうかつ)さも見せた。


 同時に人間にはない魔物ならではの弱点の存在や、属性を生かした戦い方などを私に気づかせてくれた。それと相手を観察するという戦いの基本も思い出せた。


 ここでこの鬼と戦えてよかった。レキも無事助けられたし、万々歳……。


「あっ! レキは大丈夫!?」


 戦いに夢中でレキをうるみに任せっぱなしなのを忘れていた! 彼女たちがいた方向に目をやると、2人とも立ち上がり元気そうにしている。あ~、良かった……!


「ごめんね! うるみも大丈夫だった?」


「私は大丈夫ですけど、トラヒメさんの方が大丈夫ですか?」


 うるみの視線は私の体に注がれている。釣られて私も見てみると、防具である『草の葉衣』が完全に焼失し、全年齢ゲームとして守るべき最低の部位を隠すための黒いインナーだけが体に着せられていた。


 わおっ、これはこれでフラダンス・サムライとは違うセクシーさ! 気持ちよく勝った後だから、こんな姿も笑って受け入れられる。ゲーム内の私の体って、リアルよりはスタイル良いしね!


「まあ、防具のことは置いといてさ。私……勝ったよ!」


「はい! 本当にカッコよかったです! 私、好きになっちゃいました!」


「ふふっ、やっと素直になったね」


 なんてキザなことを言いつつ、地面に大の字になって寝転ぶ。闇に包まれた森の中でも、ここだけは青空が見える。


 流れる雲は雄大でゆっくりと……いや、今日は雲の流れ速いな! びゅんびゅん流れていってるじゃん。こういうのを風雲急を告げるって言うんだっけ?


 ……うーん、なんか違う気がするなぁ。


「トラヒメさん、【命の雨】で傷を癒しましょうか?」


「いや、今はこのままで風を感じていたいわ」


 確かに体は熱いんだけど、雨で冷ますよりは風で冷ましたい気分だ。まさに血沸き肉(おど)る戦い……! 本当に楽しかった!


 でも、得るものは戦いの楽しさだけじゃないはずだ。レキをこのまま無事に村まで連れ帰れば、緊急依頼クリアでレアな報酬が貰えるはず。


 そして、それ以前に……きっとあるんでしょう? 異名持ちを倒したことによる特別な報酬が! じゃないとこんな強い魔物と誰も戦わないよ!


 私を除いて……ね!

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