Data.24 血戦
「レキ、また斧を投げる前に私の作戦を聞いて」
「大丈夫! 次はもっとザックリ首を斬ってやる!」
レキがまた斧を投げる体勢に入る。
やだ、この子言うこと聞かない!
「待ってレキ! そのブーメランみたいに戻ってくる斧はもう見切られてる。同じ投げ方じゃ二度と通用しない」
「じゃあ、どう投げればいいの?」
「私があいつに斬りかかって注意を惹くから、その隙を狙って投げるの。絶対鬼に近づいちゃダメだからね」
「うーん……わかった」
正直、レキが斧を飛び道具として扱えるのはありがたい。普通に近接武器として使うなら相手に近づかないといけないし、近づくということはそれだけ相手から攻撃を食らう確率も上がるということ。遠くからぶんぶん斧を投げられるなら、それが一番安全だ。
「さあ、斬るぞ……!」
鞘に収まっている刀の柄に手をかけたまま、一気に赤鬼の股下を目指す。当然、赤鬼もそれを阻止すべく攻撃してくる。だが遅い……! その大きなトンカチでは小柄な私は捉えられない!
「もらった! 雷虎影斬!」
股下に潜り込み、人間でいうとアキレス腱に当たる部分に刃を走らせる。そして、そのまま斬り抜ける! 剣道の胴を打つ時みたいに、斬ってそのまま前進するんだ。こうすれば斬り口から熱々の血が噴き出しても問題ない!
しかし、意外にも血は噴き出してこなかった。代わりに焦げ臭いにおいが立ち込める。まさか、雷の力で斬ったから傷口が焼けて血が出なかったってこと? もしそうだとすれば、【雷虎影斬】を使った時だけは血の脅威を無視出来る!
逆に【鹿角突き】はこの戦いでは使いにくい。突き刺す時はいいけど、引き抜く時に血が噴出するのが目に見えてるからね。この戦いは【雷虎影斬】の使い方がカギになってくるな。
「とりあえず、足をズタズタにする!」
赤鬼からすれば私は足元の小人。簡単に攻撃出来ない位置のはず……!
そう思っていたら、赤鬼はその場で地団駄を踏み始めた。あまりにも力強く地面を踏むものだから大地が揺れる……! しかも、たまにフェイントを入れて私を蹴ろうとしてくる! サッカーも出来るのかこの鬼は!
でも、これくらいの動きならば余裕で見切れる! 足が振り下ろされるたびに斬撃を入れていき、確実にダメージを与えていく。
ただ、念力消費を抑えるために【雷虎影斬】だけでなく、通常の斬撃も混ぜ込んでいるせいで斬った場所から血が飛び散る! さらにその斬られた足で赤鬼がジタバタするもんだから、スプリンクラーのように上から血が降ってくる!
「あっつ! あっつ! ……実はそんなに熱くないけどあっつ!」
本物の火傷の痛みを味わうことはないけど、血に触れた部分がほのかに熱い! これは確実に私もダメージを食らっている! おそらく体力は赤鬼の方が多いし、我慢比べは賢い作戦とは言えない。なんとかしなくては……!
「命の雨!」
その時、灼熱の血の雨に混じって冷たい雨がザーザーと降ってきた。雨は血の熱を奪い去り、私の体力を回復していく。この技能は確か……!
「トラヒメさん、体力は私が回復します! だから攻撃を続けてください!」
「うるみ……っ!」
彼女が持つレア技能【命の雨】は広範囲のプレイヤーを回復する雨を生み出す。さっきから血の熱で『草の葉衣』が燃えないか心配だったし本当に助かる!
「この技能は水氷属性を持っています! あの鬼は熱を持った血から考えても炎熱属性の魔物です! この雨を浴びている間は少し弱体化するはずです!」
「この雨を浴びても赤鬼は回復しないのね?」
「はい! 味方だけを選んで回復することが出来ます!」
そりゃ便利で強い! 奪い取ろうとする悪者が出てくるわけだ!
それにしても炎熱属性と水氷属性か……。属性に相性があることは知っているけど、その有利不利についてはまだ覚えられていない。
私も風雷属性の技能を習得したわけだから、その相性をちゃんと把握しておかないとね。まあ、それはログアウトした後に勉強するとして、今は……!
「もはや体力を気にする必要はない!」
ひたすらに斬る! 斬る! 斬る!
赤鬼さんもそろそろ立っているのが辛くなってきたんじゃない? そんな私の読みはドンピシャで、赤鬼は両膝と両手をつき四つん這いの姿勢になった。
つまりは首の位置が下がったということ! この高さなら祭壇を足場にジャンプして縦回転の【雷虎影斬】を……!
「うおおおおおおおおおおおおおっ!! 回帰刃旋斧!」
そういえばずっと斧投げてこないなと思っていたレキがここで斧を投げた! 確かにこれは大きな隙だし、私の言うことをちゃんと聞いてくれたのね。斧は顔面直撃コースだし、狙いもバッチリよ!
しかし、その時意外なことが起こった。赤鬼が飛んできた斧を拳で叩き落して砕き、四つん這いの姿勢からクラウチングスタートの体勢に移行したかと思うと、レキに向かって走り出したんだ。
まさか、四つん這いになっていたのは立てないと見せかけるための演技!? 異名持ちの魔物はそこまでしてくるのか……!
武器を失ったレキは立ち尽くしている。初動が遅れた以上、私が追いついてどうこうすることは出来ない! 頼みの綱は……!
「うるみっ!」
「蟒蛇水流!」
水の蛇は赤鬼がぶん回そうとしているトンカチではなく、その手首の方に噛みついた。人体で考えればそこも弱点の1つ……。鬼の手元は狂い、トンカチはギリギリのところでレキに当たらなかった。しかし、空振りでも風圧はすさまじく、レキは吹っ飛ばされて木に激突した!
「これ以上の追撃は許さない……! 鹿角突きっ!」
やっと追いついた赤鬼のアキレス腱に刀を突き刺す。そして、返り血を浴びることもいとわずに引き抜く! 流石にこれは効いたのか、赤鬼は片膝をついた。
「うるみ、レキを頼むね」
「わ、わかりました!」
「あいつは私が斬る」
異名持ちと言われてもしょせん魔物だと、心のどこかで舐めていたのかもしれない。しかし、多彩な戦法に圧倒的な力……こいつは本当の強敵だ。でも、まったく歯が立たないわけではない。
その証拠に見えなかった体力ゲージが今は見えている。残りは2分の1というところかな?
おそらく、異名持ちの魔物はある程度体力を削らないとゲージが見えないようになっているんだ。今までの攻撃で与えたダメージが約半分なら、残り半分を削るのも不可能ではない。
いや……絶対に可能だ!
一度刀を鞘に戻し、ふーっと息を吐く。そして、斬るべき対象をもう一度確認する。今の私の精神状態は、あのゲームを遊んでいた時に限りなく近い……!
「1対1でやろうよ……!」





