Data.22 村の子どもレキ
森の奥へと進むにつれて、地面の線が途切れ途切れになってきた。線を見失ってしまった時は、2人で松明を持って周辺を捜索する。
「トラヒメさん、これを見てください!」
「これは……!」
うるみが見つけた樹木には大きな斬り傷がついていた。刀なんかじゃこんな傷はつかない。おそらくは斧……!
「木の下には中型の鬼が使う棍棒も落ちています。おそらく鬼を後ろの木ごと斬って倒し、奥に進んでいったのかと……」
「やっぱりレキはそこそこ強いんだね。だからこんなとこまで鬼を追ってきちゃったんだ」
まだ生きている可能性は高そうだけど、強いからどんどん奥に行ってしまう。いっそのこと彼女が目標にしている鬼を先に斬ってしまうっていうのも……。
あ、でも彼女がどの鬼を狙っているのかはわからないんだよね。
というか、レキには鬼の判別がつくんだろうか? おばさんの話だと村を襲ったのは血のように赤い肌をした鬼らしいけど、そんなまさに『赤鬼』みたいな姿の鬼は何体もいそうなものだけど。
「そろそろまったく情報のないエリアに入ります。ここからはどんな種類の鬼が出てくるのか私にもわかりません」
「刀を使う鬼とかいるのかな……」
まるでお化け屋敷の中にいるような気持ちで森を進んでいく。しかし、そんなドキドキ感とは裏腹に鬼はぱったりと出なくなった。それどころか、動物の骨で組まれた大型の松明がちらほらと設置されているので、奥に進むほど視界は良好になっていく。
「案外歓迎されてたりして?」
「まあ、歓迎はされているのかもしれません。手荒い歓迎になりそうですけど……」
地面の線はここらへんで何か確信を持ったかのように真っすぐに伸びている。それを追って私たちがたどり着いたのは……光が差し込む広場だった。そこだけ闇が払われ、天から日の光が降り注いでいる。
広場の中央には巨石を削って作ったと思われる祭壇のようなものがあった。出来栄えこそ粗い祭壇だが、どこか神聖な雰囲気を感じる。なんとなくこの祭壇のおかげで周りの闇が払われているのだと感じた。
そんな石の祭壇に我が物顔で座り込んでいるのは……『赤鬼』。
5メートル以上ある巨体は筋骨隆々で肩幅も広い! 祭壇がまるであいつのベンチみたいになってる! 確かにこれは1回見たら他の鬼と間違えることはなさそうだ!
そして肝心のレキは……いる!
赤鬼に目を奪われていたけど、その鬼と対峙するように斧を構えている女の子がいた!
ここからだとちょうど背中向きで顔は確認できないけど、腰まで伸びる三つ編みの黒髪や、ボロボロの着物から覗くほどよく筋肉のついた脚などはよく見える。
なんとか彼女が赤鬼とぶつかる前に追い付くことが出来た……!
「うるみ、なんとか間に合ったみたいね!」
「そんな……この森に『異名持ち』がいたなんて……!」
「ど、どうしたの?」
うるみは赤鬼を見つめて震えている。なので、私も赤鬼をしっかりと見つめてみる。すると、赤鬼の頭上に名前が浮かび上がった。
えっと、『血判の紅血鬼』でいいのかな?
モンスターを意識してにらみつけると、その名前と体力ゲージが表示されるというのは鹿の時に経験済みだ。でも、こいつの場合は体力ゲージが表示されない。それにうるみが言ってる異名というのは『血判』のことなのかな?
「道理で攻略難易度が高いわけだ……!」
「うるみ、私にもわかるように説明してくれない? 異名持ちってなんなの?」
「異名持ちとは、名前の頭に『~の』という形で文字がくっついた魔物のことです。あの赤鬼の場合は『血判』が異名になります。その個体数は少なく、通常の魔物よりもずっと強い……! また、異名持ちが存在するエリアの魔物は、全体的に強さが引き上げられるとも言われています」
「なるほどね」
だからうるみはビックリして震えていたわけだ。それに『悪鬼の森』の探索が全然進んでいなかったのも、あの赤鬼が森の魔物の強さを引き上げていたからだったのね。
「私たちはこの未開の森の秘密を偶然にも知ってしまったようです……!」
「いや、偶然じゃないよ。レキが狙っているのはあいつみたいだから、この森に入った時点で私たちはあいつと出会う運命だったのさ」
赤鬼もレキもまだ動かない。強者同士のにらみ合い……というわけでもなさそうだ。赤鬼からすれば目の前の小娘なんぞに興味はなく、レキの方は巨体の赤鬼相手に攻め方がわからないといった様子だ。
とはいえ、赤鬼だって攻撃されれば反撃するのは間違いない。このままの状態だと、いずれはレキがしびれを切らして赤鬼に突撃し、返り討ちにされるのが容易に想像できる。
私としては赤鬼に気づかれることなく先手を取りたい。でも、赤鬼がいる場所は広場のど真ん中だ。光が差し込み、視界が良好すぎる。しかも、身を隠せる障害物もない。
こうなったら……飛び道具でも使うしかない!
「うるみってさぁ……杖使いだよね?」
「はい……」
「魔法みたいなのって……使える?」
「はい……」
「それで赤鬼を攻撃してくれない?」
「……わかりました!」
うるみは手に持っている青い宝石がはめ込まれた杖を掲げ、自分の頭上に水を浮かべる。
「赤鬼の動きは私が止めます。その間にトラヒメさんはレキさんと合流し、手短に事情を話して彼女だけでも逃がしてください。彼女が無事に村へ帰れば私たちの勝ちですからね」
「おー、カッコいい……! 頼りにしてるね」
「言っておきますけど、そう長くはもちませんよ……!」
「大丈夫。あいつの懐にさえ潜り込めれば、後は私が何とかする!」
赤鬼をずっと見てると、赤色のせいなのか気分が高揚してくる! 森の奥地に潜む悪鬼の力……存分に見せてもらおうか!
「さあ、戦の時間だ……!」





