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Data.20 未開の地

 話をしている間に、私たちは村の近くを流れる川までやってきた。川幅はそこそこあるけど水深はかなり浅い。これなら重い斧を持っていても渡れるかもしれない。


「というか、橋とかかかってないんだなぁ……」


 つまり、村人たちが川の向こうへ行く理由はないということだ。それほどまでに危険な場所なのか、『悪鬼の森』は……。ゾクゾクするなぁ……!


「トラヒメさん! あそこを見てください」


「どれどれ……」


 うるみが示した地面はわずかに湿っており、何かを引きずったような跡もついている。レキがここを通ったのは間違いなさそうね……!


 それに地面が湿っているということは、川を渡ってまだ間もないということ。もしかしたら、森の比較的浅いところで会えるかもしれない!


 そうと決まれば私たちも川を渡る。装備が濡れることもいとわずジャバジャバ渡る。うるみは服が水を吸って重そうだけど、私は草と葉っぱの服だから問題なし! ただ、水が冷たいなぁ……!


「ふぅ……。浅くても川は川だったね。ここを渡って鬼と戦いに行こうってんだから、そのレキって子はかなり根性ありそうだなぁ」


「まったくです……」


 うるみは袴が吸った水を絞っている。大変そうなので私も手伝っていると、聞こうとしていた疑問を思い出した。


「そういえば、村は戦闘禁止区域なのにどうして鬼に家を破壊されたんだろう? 建物の破壊は戦闘行為じゃない……ってわけないよね」


「それは戦闘行為を禁止されているのがプレイヤーのみだからです。この世界の住人であるNPCや魔物はいくらでも町中で戦闘が行えます」


「えっ!? じゃあ、町中で戦闘が起こるとプレイヤーは抵抗できないんじゃ……」


「いえ、戦闘が発生した時点で禁止は解除されます。過去にはとある町に大量の魔物が押し寄せた際、そこに住むNPCとプレイヤーが協力して町を守ったという例もあります」


「ほー、それはなかなか熱い展開ね。でも、さっきの『芝草村』みたいに人が少ない村が大量の魔物に襲われると、守り切れずに村が破壊されちゃいそうだね」


「……はい、その通りです。守り切れなければ村は崩壊します。崩壊した村はもはや普通のフィールドと変わらないので戦闘禁止区域にもなりませんし、安全にログアウトもできません」


「へー……ええっ!? じゃあ、『芝草村』とか結構危ないんじゃ……。あのボロボロの柵じゃ魔物どころか野良犬の侵入も防げなさそうだし……」


「はい。それがまた『悪鬼の森』の探索が進まない理由の1つなんです。森に最も近い村なのに探索の拠点とするにはあまりにも小さすぎる……。なにより村が破壊されてしまうと、そこでログアウトしているプレイヤーは死んだ扱いとなり、デスペナルティが適用されてしまうんです」


 つまり、私が『芝草村』でログアウトしたとして、次にログインするまでに『芝草村』が破壊されてしまったら、私は村と一緒に死んだ扱いになるってことか!


 ログアウト中は学校や普段の生活があるから、村の危機にすぐ気づけるとは限らない。まったく抵抗できないことも十分あり得る。そりゃ、あの村を冒険の拠点にする人がいないわけだ……。


「そろそろ移動を再開しましょう。これ以上は袴が吸った水を絞れそうにありませんし」


「そうだね。この袴の生地めっちゃ硬いし」


 地面の線を頼りにレキの追跡を続ける。すでに見えている『悪鬼の森』はかなり広そうだし、何より暗そうだ……。うっそうと木々が茂っているのはもちろんのこと、まるで森の周囲に闇が張り付いているような不自然な暗さがある。


 果たして、入るのはいいが出てこられるのか……。目的地を目の前にすると流石に恐怖心も出てくる。だって、私はまだいたいけ(・・・・)な中学生だもの!


「ねぇ、デスペナルティって具体的にどうなるの? もちろん負けて帰る気はないけどさ? まあ、一応聞いておこうかなって……?」


「デスペナルティは先ほど説明した所持してる道具とお金の一部をランダムでばら撒くというものと、48時間の基礎能力減少というものがあります」


「よ、48時間も能力が下がっちゃうのか……。基礎能力ってすべての元となる能力だから、それが下がると通常攻撃や技能攻撃の威力も下がっちゃうのよね?」


「その通りです。でも、48時間ずっと低い能力のままというわけではありません。死んだ直後は通常の52%まで能力が下がりますが、そこから1時間ごとに1%ずつ能力が戻っていくんです。48時間経てば減っていた48%が戻ってくるという流れですね」


「なるほど。最後の数時間は90%以上の能力を発揮できるし、さほど普段と変わらない動きができるってわけね。そう聞くとまあ温情(おんじょう)かも?」


 このシビアなバランスで成り立っている電脳戦国絵巻において、死が軽いものであるはずがない。死んでバラまくのが道具だけで、ツジギリ・システムで襲われない限り装備や技能を失わないというのも優しく感じる。


 ……私ってすでにこのゲームにかなり染まってる?


「いつも私の疑問に答えてくれてありがとう、うるみ。おかげでスッキリした気持ちで戦いにのぞめそうよ!」


「頼りにしてますよトラヒメさん! お察しの通り私は杖を使う後衛タイプで、正面切っての戦闘はあまり得意ではありません! それに昨日ズズマに殺されてますから、1日経った今でも通常の80%程度の力しか発揮できません!」


「大丈夫! うるみは私が守るわ!」


 地面の線がついに『悪鬼の森』に入った。私たちも臆することなく森の中へ入っていく。すると、急に周囲が暗くなり、一瞬で世界が夜になったような感覚に陥る。


 外はまだ昼なのに、この森にはほとんど日の光が届かない。闇の力で閉ざされた樹海……それが『悪鬼の森』なんだ。


「話には聞いていましたが……これほどまでとは……」


 うるみの体はかすかに震えている。濡れた装備と森の冷たい風のせい……だけではない。この感覚、私たちはすでに……。


「トラヒメさん急ぎましょう! こんな森の中で1人なんてきっと耐えられません! 早く助けに行かないと……!」


「まって、うるみ」


 走り出しそうなうるみの腕をグッと掴んで離さない。ここで焦って動き出したら……『奴ら』の思うつぼだ。


「もう囲まれてる」

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