Data.13 草原のトラヒメ
それから特に変なことが起こることなく草原に到着した。見渡す限り広がる緑の大地は、都会に生まれた私にとって何だかメルヘンな光景にも思える。
「うふふ……あはは……!」
両手を広げて草原の中を走っていく。ガサガサと草と体がこすれて、なんだかかゆい……。それに足元が見えないから走りにくい……。
「ってか、草長すぎぃ!」
想像していた草原と全然違う!
草は私の胸に迫るくらい長く、走るのも一苦労だ。両手を広げていたのも手に草が当たるのを避けるためで、決して乙女チックになっていたわけじゃない……はず!
こんな場所じゃ、満足に刀を振るのも難しそうだ。それに見えない部分が多すぎるから、草の中から奇襲を食らうと厄介ね。
大自然を体で体験出来たのは事実だし、ここらで引き返すとしようかな。空も曇り始めて、あたりが薄暗くなってきている。吹き抜ける風も肌寒くって、今まで気にならなかった孤独感を煽る。
私、人見知りで内向的なんだけど、それはそれとして寂しがり屋なんだよねぇ……。ひとりぼっちで薄暗い草原の中に立っていると、なんだか不安になってくる。
ただ、同時に何だか心がざわつく感じもする。この不安感は……寂しさだけじゃない?
「とりあえず、戻ろう」
草をかき分けて森の方向を目指す。
その時、自分のものではない草をかき分ける音が背後から聞こえてきた!
「ふっ……!」
振り向き様に刀を振るい、接近して来たものを斬り落とす。それは毒々しい色をした蛇だった。蛇はまるで何かに引っ張られるように草の中に退散した。
むぅ……一撃では倒せなかったか 頭を正確にぶった斬った気がしたんだけど、【虎影斬】を使えなかった分、威力が足りなかったのかな?
とにかく、毒蛇っぽいのが潜んでいるとわかった以上、急いで草原から出なければ! しかし、調子に乗って結構奥まで走ってきたから森までが遠い! かくなるうえは……!
「あああああああああああああああッ!!」
狂ったように刀を振り回し、行く手を阻む草を刈りまくっていく! 草さえ短くなればどんな敵が向かってきても対応できるし、これはなかなかの妙案!
それに……案外楽しい! リアルじゃ外で奇声を発しながら刀を振り回すことなんて出来ないから、すごい気持ち良い! この解放感はストレス発散になるし、クセになりそう……っ!
「ああああああああッ! 虎影斬ッ!」
でも、油断してはいない。背後から気配を感じたので、今度はしっかり技能も発動して斬る!
さっきとは違う手ごたえがあり、ボトリと何かが地面に落ちる音が聞こえた。その正体は……先ほどの蛇の頭だった。
「なんか生き物を斬った感じがしない……」
確かに手ごたえはあったけど、それは魔物を斬った時の手ごたえとは違う。まるでぶにょぶにょと弾力のあるゴムのようなものを斬った感覚……。落ちた蛇の頭をよーく観察してみると、それは精巧な作り物のように見える。
……ってか、倒しても消滅しないんだからこれは魔物じゃない! もしかして、これは何らかの武具で、私はすでに……!
「おおっ、マジかい。俺の不意打ちが完全に見切られてやがる。大事な大事な毒蛇鞭ちゃんもこんな無残な姿になっちゃってよぉ」
草の中からむくりと現れたのは、2メートルはあろうかという巨体の男だった。その体には揺らめく赤いオーラをまとっている。これはツジギリ・システムを発動している証。じゃあ、さっきの蛇の作り物による攻撃はこいつの仕業か!
それにしても、あの巨体でずっと草の中に隠れていたの? ちょっとシュールな光景だけど、私がその気配に気づけなかったということは、相手がそれなりの手練れということだ……!
「おい、お前らも出てきて良いぜ。不意打ち作戦はおしまいだ。今度は数の力で正面からぶっ潰すとしようや……!」
大男の号令で草の中から複数の男が現れる。全員あわせて10人といったところか。私を取り囲むように展開し、ギラギラとした目でこちらを見ている。
これだけの数に気づけないなんて、私もまだまだね……。まあでも、草原でテンション上がったり、寂しくなったり、狂ったりと忙しかったから仕方ないよね!
「トラヒメェ! 冥途の土産に教えてやるぜ! 俺は『隙間の郎党』のサブリーダー! その名も隙間蛇のジャビだ!」
『隙間の郎党』ってことは、こいつらズズマの仲間か! ならずっと感じていた視線も説明がつく。ゲームを始めたばかりの私をストーキングする奴なんて、私に技能を奪われたズズマ本人か、その仲間たちしかありえないもの!
「自己紹介が終わったところで……死ねぇ! お前らツジギリ・システム発動だ!」
「あら、挨拶にしてはずいぶん一方的ね!」
ジャビの合図で男たちが一斉にツジギリ・システムを発動する。つまり、この時点でこいつら全員斬っていい奴になったわけだ。あぁ……今日も私は運が良いみたい……!
「鹿角突きっ!」
まず、1人で突出してきた不用意な男の喉に刃を突き立て【鹿角突き】の追加攻撃を発動。男は傷口を広げられながら天高く放り投げられた!
……思った以上に高く飛んだなぁ。あれなら地面に落下した時のダメージで死んじゃいそうだ。
ならば次!
天高く舞う仲間の姿に気を取られていた男を肩から腰にかけて袈裟斬りにした後、タックルで地面に転がす。倒れたところで刀を心臓に突き立てトドメを刺す。
それなりに強いらしいズズマを【鹿角突き】と刺し傷グリグリだけで倒せた時から感じていたけど……プレイヤーって魔物より脆いよね?
技能なしでも弱点に数回斬撃を浴びせれば簡単に散っていく。このサクサク感……少し懐かしさを感じる!
「うふふ……」
また別の男が振り下ろした斧をかわし、脚を斬りつけて体勢を崩す。前のめりに倒れてきたところに左の拳を食らわせ、のけぞってガラ空きになった首に刃を走らせて断つ。これだけで相手を倒すことが出来る……!
それでいて、倒すまでにはほんの少しの工夫がいる。そこが一撃で決着がつく『VR居合』とは違う。この少しの工夫が生み出す、斬るに至るまでの焦らしの時間が……いいっ!
「ふふっ……はぁ……はぁ……」
「い、一瞬のうちに3人も……!? なっ、なにもんだこいつ……! どうかしちまってるのかよ……!? ええっ!?」
そうだ、今日の私はどうかしている。
私ったら……やだっ、今までにないくらい興奮してる……っ!





