Data.FINAL 神速抜刀トラヒメさん
「……それで戦利品ってどうやって選べばいいんだっけ?」
「ステータスと同じように戦利品一覧を呼び出して、そこから選べばいいですよ!」
「よし、いっちょ選んでみるか!」
戦利品一覧を開き、敵陣営のプレイヤーが持つすべての装備と技能を表示する。
……いや、多すぎるって! 相手の120人全員が複数の装備と技能を持ってるわけだから、表示されるものは1000個を超えてるんじゃない!?
「条件を付けて絞り込みやソートも出来ます! ちなみに1人のプレイヤーから奪い取れるものは1つだけですので、トラヒメさんが何かを奪ったプレイヤーからは、もうそれ以上誰も何も奪うことはできません」
うるみにこうやって隣で説明してもらうのも久しぶりな気がする。
要するに、ザイリンを集中狙いして複数人ですべての装備と技能を奪って、まったくの初期の状態に戻してしまうみたいなむごたらしい行いは、いくら勝者側でも許されないということだ。
それと、私は一番最初に戦利品を選ばせてもらってるので、私の選択が遅れれば後に続く全員の戦後処理が遅れることになる!
でも、最初だからこそ選択肢が多くて、迷っちゃうんだよなぁ~!
「まずは装備と技能のどちらかにするかを決めるといいと思います」
「確かに……じゃあ、技能にする! そして、武具カテゴリーを持つ技能は『刀』か『全』のどちらかに対応しているものだけを表示!」
これで増強系のような常時発動の技能と、任意発動の技能の中でも刀、もしくはどの武具にも対応しているものだけが表示されるようになった。
「あ、ちなみにですけど、異名技能だけは奪えません。その人だけの特別な技能ですからね」
「まあ、それはそうよね。じゃあ今度は……階級が極級の技能を表示!」
……何も表示されない。やっぱり極級技能は中堅クラスのプレイヤーにはまだまだ手が届かない存在なのかも。
「なら、上級を表示!」
今度はずらっと表示された。流石ザイリンが厳選したメンバーだけあって、上級技能はみんな1つや2つ持ってるみたいね。問題はこの中から選べるのは1つだけってことだけど……。
「うーん……よし! ちょっと悩んだけど、私はこれを貰っちゃおう!」
私が選んだ技能は……ザイリンが持つ【縮地法】! 短距離とはいえワープを可能にする高性能な移動技能だ!
◆縮地法
階級:上級 形態:体術 武具:全
属性:無 念力消費:中 修練値:0/1000
〈特殊な歩法により短い距離を一瞬で移動する〉
最初にこの技能を見た時から、便利そうでいいなぁと思っていた。短い距離とはいえ一瞬で敵との間合いを詰められるし、緊急時は連発して素早く脅威から逃れられる。
私は【雷兎月蹴撃】を移動の技能として使っているけど、あちらは結構長い距離スライディングしたり、高いところへジャンプしたりできる。そして、何より攻撃が可能だ。
その代わりに一瞬で移動とはいかず、ワープみたいに移動中に体が消えないので、攻撃を食らう可能性がある。つまり、2つの技能は使い分けることができるというわけだ。
この技能を選ぶうえで悩んだ点は、他の技能と役割が被るのを気にしてとか、他にも良い技能があったから……とかではない。
ザイリンはもっとレアな装備や技能を持っている。特に四つ星の八咫八戒槍なんかは、欲しくてたまらない人が『烏合の衆』の中にもいると思う。
そんな状況で、便利とはいえ戦利品としてはちょっと地味な【縮地法】を奪って、他のレアなものには手を出せない状態にしてしまうのは、反発を食らうんじゃないかな……って考えてしまった。
場合によっては、敵に情けをかけていると思われるかもしれない……。でも、本当にあの一覧の中で一番欲しくなったのが【縮地法】だったんだもん! 次点で【攻撃増強Ⅲ】だったけど、こっちもやっぱ戦利品としては地味だもん!
それに【縮地法】があればワープする神速抜刀ができる! 一瞬で敵の懐に飛び込んで首を斬ることができる……!
短い距離、短い時間とはいえ、一瞬で移動するということは光速に迫るということ。つまり、私自身も実質的に光になるというわけだ……!
ただ、まったく武士の情け的な気持ちがないと言えば嘘になる。あれだけ必死に戦った相手ですもの。これで八咫八戒槍を奪われなくてよかったねと少しは思ってしまう。
でも、情けをかけるためにザイリンから【縮地法】を奪ったわけではない。さらなる次元の神速抜刀に必要だから選んだんだ。あくまでも気持ちがあるってだけで、情けはかけていない。それは彼に対する侮辱だものね。
ということで、八咫八戒槍およびレア技能を狙っていた人にはすいません。どうしても欲しい人は……ツジギリ・システムでザイリンから奪い取ってもらうしかないね!
「さっ、私は選んだから、みんなもじゃんじゃん選んじゃって!」
その後、戦利品の受け取りはスムーズに進んだ。みんな私よりゲーム歴が長いだけあって、今の自分に必要なものをすぐに選択できるようだ。
こうして、戦利品の振り分けが終わったところで、『竹林の双丘』および『谷間の平原』を囲っていた関係者以外立ち入り禁止の結界が解かれる。戰に参加したプレイヤーたちは、ここでやっと解放されるというわけだ。
「えー、みんなよく集まってくれた! よく戦ってくれた! 全員の活躍でアタシたち『烏合の衆』は勝つことができたんだ! みんな胸を張って帰ろう! でも、参加しなかった仲間たちに嫌味とかは言わないように! また大きな戦いがあれば、今回以上に集まって戦おうじゃないか!」
リュカさんの言葉にメンバー全員が『おー!』と声を上げる。本人は謙遜してるけど、リュカさんはやっぱり大将の器だ。リュカさんが中心じゃなければ、こんな不利な戦いに120人も集まるわけがない!
「以上……解散ッ!」
みんなそれぞれの冒険に戻っていく。私はザイリンとの戦いで神経をすり減らし過ぎたから、今日はもうログアウトして休もうかな。また元気があれば、夜にでも再ログインするとして……。
「トラヒメちゃん!」
「えっ、竜……リオじゃない! どうしてここに!?」
リアルの自宅にいるはずの竜美が、リオとしてこちらに来ている!
「早くトラヒメちゃんに会いたくって、一旦家に帰って自分のデバイスからログインして来たの! ちゃんと家の戸締りはしたから安心して!」
「いや、戸締りは心配してないけど……うわっ!」
リオがいきなり抱き着いてきた! 2人だけの時は別に恥ずかしくないけど、今はまだ周りに人がいっぱいいる……!
「よく頑張ったね~。カッコよかったよ~。お~、よしよし!」
「あ、ありがとう……。でも、ここは人目があるからさ……! よしよしはまた後でゆっくりね」
「うん! 2人きりでね……」
耳元でささやくリオ。なんかいかがわしいことみたいじゃない! 私と竜美は今のところ健全な関係なんだからね!
「それで来てくれたところ悪いんだけど、私はもうログアウトを……」
《朗報! 朗報!》
今度は誰だ!? ……と思ったらシステムボイスだった。同時に私の目の前に音声と同じ『朗報』の文字が表示されたシステムウィンドウが出現する。
《これまでに築き上げた名声を讃え、このたびプレイヤー『トラヒメ』に異名を授与することを決定いたしました!》
「私に……異名を!?」
驚く私、あんまり驚いてない周りの人たち。うるみも、リュカさんも、マキノも、リオですら特に驚いている様子はない。みんな『当然だろ』って顔をしている。その中で代表して口を開いたのは……いつの間にか合流していたゼトさんだった!
「活動期間がまだ短いとはいえ、当然の評価だろう。今回の戰もお前が決着をつけたようなものだ。怖気づくことなく受け取れ……新たな名を!」
《プレイヤー『トラヒメ』の異名は……神速抜刀! 異名技能は【神速V字斬】です!》
それはよく知った言葉だった。
『VR居合』を遊んでいた頃、本当に調子の良い時だけ繰り出すことができる完璧な一太刀を、私は心の中で『神速抜刀』と呼んだ。いわゆる1つの必殺技みたいなものだったけど、恥ずかしくて誰にも話すことはなかった。
少しの時を経て、戦場となるゲームを変えて、神速抜刀はよみがえった。【雷充虎影斬】をフルチャージすることで自由自在に扱えるようになった神速抜刀は、本当の必殺技となった。
そして、今……神速抜刀という言葉は私を讃える異名となった。恥ずかしくて心の中にしまっておいた言葉が、多くの人に知られることになるなんて、少し前は想像もしてなかったな。
「これからは神速抜刀トラヒメさんですね!」
うるみが屈託ない笑顔で言う。実際に他の人からそう呼ばれると、やっぱり少し恥ずかしくって思わずにやけてしまう。
「いやいや、呼び方は今まで通りでいいよ! それじゃ長すぎるからさ!」
そう考えると、異名ってズズマみたいに自分から名乗らない限り、あまり使いどころがないんだよなぁ~。重要なのはやはり……異名技能!
和風のゲームなのに【神速V字斬】って思いっきりアルファベット入ってるけど、果たしてどんな性能の技能なのか……!
◆神速V字斬
階級:上級 形態:体術 武具:刀
属性:無 念力消費:極大 修練値:0/1000
〈神速かつ神秘の一振りは二度の斬撃を生み、勝利の紋章を刻む〉
ね、念力消費が極大って、一体どれだけの威力があるんだ……! それに説明も少しポエムっぽさあるし、まったく今までと雰囲気が違う……!
あと、この世界で『V』という文字は勝利の紋章なのね! ぶいぶい! VICTORYだ!
「1回使ってみれば、その性能がわかるはず!」
私はその場で一度【神速V字斬】を発動してみることにした。
戰は終わったので攻撃が他プレイヤーに当たることはないけど、気分的に一応私から遠ざかってもらう。これを試したらログアウトしてゆっくり休むとしよう。
「ふぅぅぅ……神速V字斬ッ!」
それは私ですら完璧には把握できない速さを持つ一太刀だった。説明の通り、一振りの中に二度の斬撃の感覚があり、さらに……この斬撃は飛ぶんだ。
私の正面、同じ直線状に位置する大木には、くっきりと『V』の字の斬り傷が刻まれていた。そして、その傷は太い幹を貫通しているため、Vの字を通して向こう側の景色が見える。
すさまじい速さ、すさまじい威力、そして飛ぶ斬撃……。これは『念力消費:極大』も納得だ。今の一撃で念力ゲージの5分の2を失ったけど、それに見合う性能はあると思う。
唯一の弱点は、発動前に力を溜める動作が強制的に入ることかな。私と戦う人はその動作に注意して、兆候が見られたらすぐさま私の正面から離れる必要がある。
うーむ、一度の発動でいろんなことがわかったけど、これはなかなか興味深い技能だ。もっと他にも知りたいことがたくさんある。
今は立って発動したけど、走りながらでも発動できるのか? はたまた、空中でも発動できるのか? 飛ぶ斬撃といっても、どこまで飛ばすことができるのか? プレイヤーや魔物に放った時の威力はどれくらいか?
すぐにログアウトして休もうと思ってたけど、これは休んでる場合ではないのでは? 神経をすり減らして人を斬ったばかりなのに、もう次の何かを斬りたくてウズウズしている……!
「あー、斬っても心が痛まないド悪党が、いっそのこと五つ星くらいの武具を振り回して、私に襲いかかってこないかな~」
本能が人斬りを求める……!
みんな、私の私らしい発言にニヤニヤしている……!
だが、それでいい! 誇ればいい!
これが神速抜刀とうたわれるトラヒメの生き方だ!
◇ ◇ ◇
神速抜刀トラヒメさん ―VR剣客浪漫譚―
~完~
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
人が斬りたくてしょうがない女の子という1つのネタだけで書き出した本作ですが、やはり勢いだけでは書き切れず途中で更新が止まってしまうこともありました。
ですが、そこから全編改稿し、こうして最後まで書き切れたのは、たくさんの読者さんが本作を読んでくれたおかげです。大変感謝しております。
またそのうち新しいVRものを書くこともあると思いますので、その時はよろしくお願いします!
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