Data.112 戦後処理
そして、東の丘にいるトラヒメたちへと話は戻る――。
斬った瞬間に、私は勝利を確信した。
だが、相手はザイリンだ。普段は意識しない残心を意識し、最後の最後まで油断はしない。
しばらくして……いや、現実では数秒も経たない後に、私の目の前に『GAME SET』と『勝軍:烏合の衆』の文字が表示された。ここでやっと私は気を抜いた。
「ふぅぅぅ……! 危なかった……!」
鹿角刀が折れた時は完全に終わったと思ったね! 刀を失った私は、まさに牙と爪を失った虎だもの。勝てる可能性なんて万に一つもなかった!
でも、やぶれかぶれに折れた刀を振ったら、なんかピカッと光の刃が出た! ぶっちゃけ血闘値なんて半分忘れてたし、それを最大にすることで武具が覚醒するなんて、まったく考えていなかった。
そういう意味では偶然に助けられた……。でも、血闘値が溜まったのは偶然ではなく必然だし、それだけ戦いを積み重ねてきた私のおかげってわけね。
刀の変化に気づいた後は素早く情報をチェックし、その性能や装備技能を確認した。評価が四つ星なうえに、刃が光だから通常攻撃も光属性になるという夢みたいな情報に驚きつつも、私は心を落ち着けてザイリンとの戦いに意識を戻したんだ。
「うぐっ……クソォ……! 勝てる戦いだったのに……! それだけの準備をしてきたのに……! なのに、なぜ……!」
ザイリンは膝と手を地面につき、嗚咽するように悔しがる。
大将はやられた瞬間戰が終わるので、消滅することなくフィールドに残るようだ。どんな戰でも敗軍の将は消えてしまいたいくらい悔しいだろうに、残酷な仕打ちだ……。
だが、彼に慰めの言葉をかけてはいけない。勝者から敗者に贈られる慰めなど、悔しさを倍増させるだけだから……。
私としても、普通なら負けていたという意識はある。鹿角刀が六光六角刀にならなければ……。
でも、なってしまったんだから仕方ない。さっきも言ったけど、これが『ゲームシステム』。運ゲーではなく、何度繰り返してもあそこで鹿角刀を折ったら覚醒は始まるんだ。
ザイリンはMMORPGを積み重ねのゲームと言っていた。彼は確かに私より長く『電脳戦国絵巻』を遊び、それだけ多くのものを積み重ねてきたんだろう。
だけど、私だって初めて遊ぶゲームへの理解を友人や仲間と共に深め、自分なりに考えて冒険を積み重ねてきた。強い装備や技能を探し求め、自分を成長させるために戦いを続けてきたんだ。
その積み重ねの結果が六光六角刀であり、【雷充虎影斬】だ。『VR居合』で培ったプレイング技術とこれらを組み合わせることで、今回はザイリンを上回ることができた。
彼は強い。私が今までに出会った誰よりも……。次があれば、また新たな対策を講じて私を追い詰めるに違いない。
「……トラヒメ、さっきはみみっちいことを言って悪かった」
いつの間にか地面に大の字になって寝転んでいたザイリンが言った。謝る人の体勢ではないと思うけど、そこはスルーしておく。
「お前は卑怯でもなんでもない。ゲームシステムに従っただけだ。そりゃあ、少々理不尽だとは思っているが……それはプレイヤーのせいじゃない。お前は正々堂々戦って俺に勝った。ただ、それだけのことなんだ」
ザイリンは笑う。まだ悔しさがにじむ乾いた笑いだ。
「もし時を戻せるなら、もう一度最初から戦いたいと思うほど悔しい。だが、この大VR時代でも時間を戻すことは叶わない。一度限りの勝負……そう考えると、できる限りのことはやったよなぁ。むしろ、これだけ盛り上がる展開を作れた自分を褒めてやりたいよ」
「……ああ、あんたは強かった。本当にね」
私たちにそれ以上の言葉はいらなかった。
◇ ◇ ◇
しばらくして、戦後処理が始まった。
戰の中で死んだプレイヤーたちが復活し、それぞれの陣営に戻って戦いの感想を述べたり、褒め合ったり、反省会を開いたりする。その後はあらかじめ決めていた戦利品を勝利した陣営が受け取ることになる。
「トラヒメちゃああああああんっ!!」
「あ、リュカさん。お疲れ様です」
「なになに? 落ち着きすぎてない? こっちは本当にギリギリの戦いだったけど、トラヒメちゃんにとっては余裕の戦いだったの!?」
「いえ、私だってそれはもうギリギリの戦いで、人生で一番ヒヤヒヤしたかもしれません」
「だよねだよね! いやぁ、アタシも何度も死線をくぐってみんなのために生き残ってきたのさ!」
「おかげさまでザイリンとの決着はつけられました。ありがとうございます!」
「いやいや、お礼を言うのはこっちの方さ! 戰を終えたからわかるけど、トラヒメちゃん抜きだったら絶対に負けてたね! 本当に、ほんっとうに! ありがとう!」
何度も頭を下げるだけでは飽き足らず、土下座までしようとするリュカさんを止めつつ、私は他の仲間たちと戦いを振り返る。
「まったく……私もヒヤヒヤさせられたわ。特に刀が折られた時なんか、心臓が止まるかと思ったんだから!」
「あはは、ほんとにねぇ」
ザイリンとの戦いを一番近くで見てたマキノにとっては、本当にハラハラドキドキの手に汗握るバトルだったでしょうね。
「あんなことが起こっても助けに入らなかった自分を褒めてあげたいわ。まあ、助けに入ったところで、私なんかがあの戦いについていけるとは思えないけど……。あなたはすごいわ、本当に」
「いやぁ、戦いは私の得意分野だからね。それにマキノだってすごいんだよ? ゲームを初めて1週間くらいなのに中堅プレイヤー相手に全然引けを取らないし、戦場の地形もキッチリ把握して私をザイリンのもとへ導いてくれた! マキノは本当に頼りになるね!」
「ふ、ふんっ……! おだてたって感謝の言葉以外出ないわよ!」
出会った頃はツンツン100%だったのに、今となってはツンツンもちょっとしたスパイス程度の存在だ。まあ、このちょっとがマキノのかわいさを引き立てているんだけどね。
「トラヒメさん、私は最初から最後まであなたの勝利を確信していましたよ」
「流石はうるみ! 一番付き合い長いもんね!」
うるみがいつも着ている白い巫女服はボロボロだった。それだけで平原の戦いの激しさが伝わってくる。一方で、私の装備もまたボロボロだった! そりゃあれだけきわどい回避行動を続けてればこうもなるよね。
というか、見渡せば生き残った人のほとんどがボロボロだ。でも、それ以上にみんな笑顔で、楽しそうに自分たちの武勇伝を語り合っている。中には私にお礼を言いに来る人もいるくらいだ。
ただ自己満足のために人を斬り続けていた『VR居合』の頃は考えられなかったな。私の欲望を満たすための行為が、誰かから感謝されるようになるなんて。
愛したゲームとの別れは悲しかったけど、おかげで新しい世界を知ることができた。そして何より、新しい友達を作ることができた。それがこの『電脳戦国絵巻』を選んでよかったと思う一番の理由だ。
「じゃあ、気持ちよく『いろはに町』に帰るとしましょ……」
「まだですよ、トラヒメさん。私たちは勝利したわけですから、敵陣営から1つ装備か技能を受け取らなくてはいけません」
「あ、そうだったね」
「ちなみにお金の方はもうすでに全員に配られています。60万両を戰に参加した120人で山分けして、1人の取り分は5000両です」
最終的に多くのメンバーが参戦してくれたから、1人当たりの分け前は無難な数字に落ち着いたな。でも、それでいいんだ。お金よりも得がたい勝利を私たちは得たのだから!
正直、お金に関しても、装備や技能に関しても、正々堂々戦ったザイリンたちから奪い取ってやりたいという気分にはならない。でも、ルールはルール。それを覚悟の上で私たちは戦ったんだ。
ここで情けをかけるのはむしろ侮辱……! 最後まで正々堂々、ルールに則って戦利品をもらい受けるとしましょう!





