Data.111 戰の終わり
少し時間は戻って、北の森林ルート――。
「流石はザイリンが選んだ組合のリーダーたちだ。なかなか歯応えのある戦いになったんじゃないか?」
差し向けられた刺客をちょうど全滅させたゼトは、ふうっと息を吹き2丁の銃を腰のホルスターに収めた。
その余裕綽々の仕草を恨めしそうに見つめるのは、ちょうど今ゼトに負けて消滅しかけているとある組合のリーダーだ。
「くぅ……! あのゼトがまさか……仲間を引き連れているなんて……! 自分のこだわりを捨てる男だっただなんて……!」
彼の言う通り、今回ゼトは3人の仲間を引き連れていた。仲間たちは敵の背後に突然現れることで敵をかく乱し、その後の戦闘を有利に進めることに貢献した。
しかし、この仲間たちはゼトが望んで連れてきたわけではない。彼らはリュカの命令でゼトを尾行していたに過ぎないのだ。
ゼトに集団行動ができないのはリュカも十分理解している。しかし、この大勝負で彼ほどの大戦力を好きに泳がせておくほどの度胸がある女性でもない。
開戦前にゼトを見つけたリュカは3人の仲間に彼を尾行するよう指示を出し、彼が危ない時は助けてあげてほしいとお願いしていた。3人にゼトが追い込まれるような状況をどうにかできる実力はなかったが……これはリュカの気持ちだった。
ゆえにゼトは尾行に気づかないフリをし、仲間が戦闘に参加するのも容認した。たとえ、それで自分のこだわりを曲げていると勘違いされようとも気にしない。彼にとってはリュカの気持ちを無下にする方が、自分を曲げていることになるのだ。
「私たち、ゼトさんのお役に立てましたでしょうか!?」
仲間たちは目を輝かせてゼトに問う。正直、彼らがいなくてもゼトは戦いに勝っていただろう。だが、多少戦いが楽になったのは事実だ。ゼトは慣れないながら愛想よく返事をした。
「ああ、役に立ったとリュカに伝えてくれ」
「はい! ……もしかして、最初から尾行に気づいてました?」
「さあ、なんのことかな」
ゼトはまだ固い表情を崩さない。戰の決着がついていないからだ。
ザイリンは強敵とはいえ、トラヒメならもう決着をつけていてもおかしくはない。それが思った以上に長引いているということは、ザイリンがゼトの想像を超えて強くなっていると考えるしかない。
現在のザイリンの強さに興味を持ちつつも、ゼトはトラヒメの勝利を疑ってはいなかった。敵が想像を超えた強さを持っていたとしても、それを超えていく強さを彼女は持っている。根拠はないが、そう思えてならなかった。
「一仕事終えたとはいえ、ここで時間を潰しているわけにもいかない。どれ、中央にでも加勢に行ってみようか」
「おおっ! ゼトさんが参戦すれば百人力ですね!」
「……いや、やはりその必要はないようだ」
彼らの前にでかでかと表示された『GAME SET』の文字はこの戰の終わりを表し、その下に表示された『勝軍:烏合の衆』の文字は彼らの勝利を証明していた。
トラヒメはゼトの信頼を裏切ることなく、ザイリンに勝利したのだ。
「もう俺では勝てんかもな。お前たち2人には……」
ゼトは普段人前で見せない笑顔を見せる。それがあまりに珍しいので仲間たちが騒ぎ始めると、ゼトは彼らを振り切るようにどこかへと走り去っていった。
◇ ◇ ◇
少し時間は戻って、谷間の平原――。
長い戦いで戦線は崩れ、両軍入り乱れての大乱戦の中、『烏合の衆』の大将リュカは優雅蝶に乗って平原の空を飛び回っていた。
「ひぃぃぃぃぃぃーーーーーーッ!! 調子に乗って前に出てくるんじゃなかったぁぁぁッ!!」
少しでも敵陣に圧をかけるため、平原の戦いを有利に進めるため、勇気を振り絞って前線へとやって来たリュカ。最初は地上で仲間たちに守られながら戦っていたが、そのうち奇襲を恐れるあまり空に逃げ、降りられない状態になっていた。
この行動はハイリスクではあるがリターンも生んだ。敵からすれば倒したら終わる大将がひらひらと空を飛んでいるわけで、否応なしに視線を奪われる。そこへ『烏合の衆』の戦士たちが攻撃を仕掛け、確実に撃破していく。
リュカのおかげで平原の戦いは『烏合の衆』の優勢で進んでいた。しかし、敵味方がいろんな場所に散らばった終盤戦では、リュカはどこから来るかわからない飛び道具に悩まされることになった。
油断して優雅蝶の羽に穴でも開いたら……。そう思うとリュカのガラスのハートは自壊寸前だった。
「負けられない……負けられない……。トラヒメちゃんが絶対になんとかしてくれる……!」
祈りと共に空を舞う優雅蝶。その真下では、うるみが2種の雨の技能を維持しながら敵と戦い続けていた。
味方を回復する雨と敵を弱体化する雨……。終盤戦ともなれば人数が減り、その雨の発生源が明確にわかるようになってくる。そして、真っ先に狙われることになった。
仲間たちに守られながら、自身も【虹の閃光】や【蟒蛇水流】で敵を迎撃。さらに後方支援部隊から念力回復の小瓶をじゃんじゃん渡され、その中身をどんどん飲んでいく。
兵士の質で劣る『烏合の衆』が、リュカが来る前から十分に『隙間の連合軍』と戦えていたのは、ひとえにうるみのおかげと言ってもいい。それくらいの彼女は陣営に貢献してる。
しかし、ここに来て厄介な敵が追加されていた。『隙間の郎党』幹部ジャビとズズマ……。彼ら2人はとにかく執拗にうるみを狙った。
「くらえッ! 脚斬群像鉄鼠ッ!」
低い姿勢で突進し、敵の脚を斬るズズマの異名技能【脚斬鉄鼠】が昇級した【脚斬群像鉄鼠】。
この技能はズズマによく似た『影』を複数生み出し、散り散りに突進させることで広範囲+複数の敵の脚を斬り裂くという、今の戦況に適した効果を持っていた。
うるみは脚を斬られて膝をつく仲間を回復しつつ、自身に迫りくる斬撃を回避していく。さらに油断ならないのは、あらゆる方向からコブラのような形状の鞭が襲い掛かってくることだ。
攻撃の主はジャビ。彼は他のプレイヤーの陰に隠れながら、ひたすら鞭による攻撃を仕掛けてくる。今までの彼ならその大柄な体を人前に晒し、威圧的な言動をとっていただろう。
しかし、今回はズズマもジャビも余計ことは言わず、余計な行動もしない。ただひたすらに、ひたむきに、勝利に向かって合理的な戦闘を続けている。すべては『隙間の郎党』、そしてザイリンのために……!
うるみは襲いかかってくる鞭を杖で受け止めるが、これでは杖にも杖を握るうるみの手にも、ダメージが蓄積していく。それに集中力も限界に近かった……。
「はぁ……はぁ……。やっぱりトラヒメさんみたいに華麗には戦えませんね……! でも、それでも、雨に打たれた土のように泥臭く、最後まで戦います……!」
泥沼の戦いの中、雨はまだ止まない。止ませるわけにはいかない。
だが、止まない雨はない。平原の過酷な戦いを生き抜いたプレイヤーたちの目の前に『GAME SET』の文字が表示された時……雨は止み、歓喜の涙と無念の涙が大地を濡らした。
そして、物語はクライマックスへ――





