Data.110 真の神速抜刀
ザイリンは光の刃を凝視し、分析する。刃の長さは以前の鹿角刀とさほど変わらない。光ゆえに多少伸び縮みする可能性はあれど、基本的にはあの長さが最大だろう。
インパクトは大きいが、カテゴリー的には所詮『刀』。刃が光であっても自由に伸ばせるわけではない。リーチの長さでは変わらず八咫八戒槍が勝っている。
さらに八咫八戒槍の装備技能【八重八苦陣】の効果はトラヒメに付与されたままだ。光の刀を手に入れても、トラヒメ自身が光の速さになるわけじゃない。依然としてこちらが有利であることに変わりはない……ザイリンはそう断定した。
「正直、イかしてると思う。光の刀ってのは最高にファンタジーしてるしな。だが、俺の武具だって負けてない。相手が光だろうと触れるだけで苦しみを与える呪われし槍……と言えば、なかなかに少年の心をくすぐるだろう?」
「まあ、わからないでもない。私は少女だけどね」
他愛のない会話の後、両者は戦闘を再開する。
ザイリンにとって重要なのは、槍をトラヒメに当て続けること。【八重八苦陣】の効果時間は長くない。定期的に攻撃を当てて効果を更新し続けなければ、簡単に解除されてしまう。
だがしかし、攻撃が当たらない。
まだ『加重』の効果が残り、体が重くなっているはずのトラヒメに、ザイリンの攻撃がまったく当たらなくなっているのだ! 刀を使って攻撃をいなすこともなく、トラヒメはひらひらと舞うように攻撃を回避する!
「くっ……! その刀には敏捷性を上げる技能でもついてるのか……!?」
「いや、さっきの【光昴六連星】が唯一の装備技能よ」
トラヒメは攻撃を回避しつつ、カウンターまで仕掛け始めた。こうなると、もはやザイリンの方が防戦一方となる!
「どういう……カラクリだ……!?」
「教えてあげない!」
冷静ならばザイリンもすぐに気づいただろう。六光六角刀の本当の強さは、その軽さにあるということに。
言葉を選ばずに言えば、鹿角刀はトラヒメの戦闘スタイルに合っていない刀だった。『VR居合』の頃に振るっていた刀に比べて刃が長く、重さは相当にある。代わりにとても頑丈なのだが、速攻でケリをつけたいトラヒメにとって、頑丈さはそこまで必要な性能でもない。
だが、鹿角刀はトラヒメの愛刀として戦い続け、吸い上げた血と共にその戦い方を記憶していた。血統覚醒はその武具が経験してきた戦闘データを元に、持ち主にとって最適な形に変化する。
そうして生まれたのが重さを持たぬ光の刃――六光六角刀なのだ。
今のトラヒメは修行のために身につけていた重りを取り払った状態に近い。普段以上に軽く感じる体から繰り出される斬撃は、もはやザイリンに見切れるものではない。
さらに悪いことに、攻撃が当たらないということは【八重八苦陣】のデバフを維持できないということ。トラヒメを縛っていた重りがさらに取り払われる……!
「グオオオオオオオオオオオ……ッ!?」
もはやどう斬られているのか、ザイリンにはわからない。ハッキリしていることは、彼の装備している防具『黒檀の陣羽織』がその性能をいかんなく発揮し、彼の命をかろうじて守っていることだけだ。
刃が光になってもカテゴリー的には『妖術』ではなく『体術』なので、体術によるダメージを軽減することができる黒檀の陣羽織は非常に役に立つ。
「しゅ……縮地法!」
ザイリンが持つ短距離ワープの技能【縮地法】が発動される。これを繰り返すことでなんとかトラヒメから距離を取ったザイリンは、回復しつつ反撃の作戦を練る。
とにかく【八重八苦陣】を発動させて少しでもトラヒメの動きを抑えなければ勝負にならない。確実に槍による攻撃を当てる手段としては、槍が伸びて追尾する【如意必中戟】か、広範囲を攻撃する【輝々万閃光】がいい。
まずは離れた位置から祈るように【如意必中戟】を放つ!
「当たれ……! 当たれ……!」
「風雷拳!」
トラヒメは右手に雷と風をまとわせる。そして、握った刀のお尻の部分でガツンッと槍を地面に叩き落とした!
【風雷拳】は異名持ちの魔物『飛脚の万雷兎』が落としたレア装備『疾風迅雷の籠手』が持つ装備技能だが、あまり使われていなかったためザイリンも知らぬ技能だ。
だが、今の彼にとってそんなことは重要じゃない。本当に重要なのは、なんであれトラヒメが槍に触れたということ……!
「防いだな? ならば効果は受けて……なにっ!?」
トラヒメの足元に魔法陣は出現しない! 攻撃を防いでも触れた時点で【八重八苦陣】は発動するはずなのになぜ……と、ザイリンの顔にはハッキリ書かれている。
「呪いを付与できるのは槍の先端……穂に触れた時だけなんでしょ? 戦いの中で私、気づいちゃったんだから」
「ぐぐっ……!」
その通りだった。効果を付与できるのは謎の文字が刻まれた穂の部分だけであり、他の部分は触ってもなんの問題もない。
トラヒメは迫りくる穂をギリギリまで引き付けた後、伸びている棒の部分を殴って槍を地面に叩き落としていたのだ。
もはや【如意必中戟】はトラヒメに通用しない。追尾する技能で当たらないのだから、他の技能だって当たらないだろう。頼れるのは敵を狙って当てるのではなく、広範囲に攻撃を繰り出して面を制圧する【輝々万閃光】のみ!
ザイリンも部下2人と同じく異名持ちゆえに、異名技能も習得はしている。しかも、彼の異名技能【透間穿孔術】はただの異名技能ではない。階級を上げ『極級』となった異名技能である。
ただ、それはトラヒメ相手にはあまり意味をなさない技能だった。
ザイリンは相手のわずかな隙に対して、針の穴に糸を通すような繊細なコントロールで攻撃を仕掛けるプレイングから『隙間男』の異名を授けられた。
同時に与えられた異名技能は、攻撃前や攻撃後など動作の『隙』が発生するタイミングで敵を攻撃するとダメージが上昇する……という変則的かつ永続的なバフ効果を持つ【隙間貫通術】だった。
しかし、彼の異名技能は昇級によって攻撃的かつ革新的に進化した。【透間穿孔術】は念力を消費することで一定時間防具や外皮をすり抜けて、敵の体内への直接攻撃を可能にする。
他の技能と併用することも可能で、特に重装備のプレイヤーや頑丈な殻を持つ魔物などは、威力の高い技能を直接体内にぶち込まれ、致命傷を負わされてしまう。
逆に言えば、そもそも大して守りを固めていない相手に使う意味は薄い。効果が効果だけに消費する念力は多い。さらに他の技能も併用するとなれば、すぐに念力が枯渇してしまう。
ゆえにトラヒメ相手にザイリンは異名技能を使わなかった。一応三つ星防具とはいえ、あまりにも布が少ない服を着ている相手に【透間穿孔術】はもったいないのだ。
つまり……ザイリンには本当にもう切り札がない。
だが、ザイリンは諦めていなかった。トラヒメの諦めない姿勢を見て、彼もまた絶対に勝負を投げ出さないと心に誓っていた。
希望があるとすれば……六光六角刀にそこまでパワーがないことだ。
血闘覚醒はプレイヤーの戦闘経験に合わせて武具が変化するシステムだが、覚醒前の武具と完全に別物になるというわけではない。ある程度は前の武具の特徴が受け継がれる。
防御重視の鹿角刀が覚醒した六光六角刀は、折れてもすぐに伸びてくる光の刃を持つ。折れても問題がないということは、ある意味では頑丈と言える。そして、刃の長さは覚醒前と変わらないのでリーチは据え置きだ。
大きな変更点は刃が金属から光に変わったことで非常に軽く扱いやすくなったこと。逆に言えば一度の覚醒で変化するのはこれくらいが限界……。
『頑丈な刀』から『軽くて頑丈な刀』にはなったが、『軽くて頑丈で斬れ味が鋭い刀』にまではなっていない。
ある程度攻撃を受けても構わない。その間になんとか槍を当てて【八重八苦陣】を発動し、鈍くなったトラヒメの動きに気合で食らいつくのだ……!
「そうだ……。恐れるのは最大チャージの神速抜刀のみ……! それ以外の攻撃などかすり傷だ! まだまだ俺に勝機はある……!」
接近してくるトラヒメに対して、ザイリンは魂のこもった技能を放つ!
「輝々……万閃光ォォォーーーッ!!」
連続で繰り出される突きと閃光! それに対してトラヒメは……刀から刃を出すこともなく、体1つで攻撃を避けながら突っ込んでくる!
「この技能に人がすり抜けられるだけの隙間があるのかよぉ……!?」
ザイリンは思わず笑いそうになる。心が折れそうだ。
しかし、トラヒメは【雷充虎影斬】のチャージを行っていない。あの技能のチャージには刀を鞘にしまい、右手を柄に置き続ける必要がある。モーションが独特ゆえに、チャージを開始すればすぐにわかる。
神速抜刀以外の攻撃ならば即死はしない。この【輝々万閃光】をすり抜けられても、また【縮地法】で距離を取り、もう一度攻撃のチャンスを作ることができる……!
「……ん?」
ザイリンは妙な違和感を覚えた。トラヒメの腰に鞘がぶら下がっていないのだ。
六光六角刀は刃を引っ込めることができるので、それを収める鞘は確かに必要ないかもしれない。だが、鞘に収めることが発動条件の技能は一体どうなってしまうのだろう?
その疑問の答えを察した時、ザイリンの体は雷に打たれたように震えた――。
「お、おいおい! それは嘘だろ……!? 理不尽すぎるぞッ!? 待て待て待て待て!ッ」
六光六角刀は刃を消している状態が納刀状態となる。それはつまり、刃さえ消していればどんな体勢でも【雷充虎影斬】のチャージが行えるということ!
【輝々万閃光】のせいで周囲がピカピカしてて見えにくいが、注意深く観察するとトラヒメの右手からは激しい稲妻がほとばしっている。
そう、トラヒメはずっと神速抜刀のためにチャージを行っていたのだ!
それこそ、右手に【風雷拳】をまとわせて槍を殴った時からチャージは始まっていた。あのタイミングでチャージを始めることで、チャージ中に発生する稲妻を、他の技能の効果なんだとザイリンに勘違いさせるために!
「実質チートだろ……! 効果処理の抜け穴、調整不足の仕様だ! さ、鞘がないのにっ! 納刀してないのに抜刀するつもりなのかぁーーーッ!?」
「悪い女でごめんね。でも、これも『ゲームシステム』みたいだからさ!」
トラヒメは槍の乱撃を潜り抜け、ザイリンをその刃が届く範囲に捉えた!
「これが真の……神速抜刀ッ!」
光の速さで繰り出された一太刀が、ザイリンの首を斬るッ!!





