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Data.109 星の輝きよ

 慎重に、慎重に――。

 決しておごり高ぶることなく戦いを進めてきたザイリンも、流石にこの状況では勝利を確信した。


 相手は自分よりも優れたプレイヤー……。しかし、武具を()くしてはただの人。もはや脅威になり得ないのは、誰の目から見ても明らかだった。


 トラヒメには蹴りの技もあるが、それ1つがこの状況を覆す力にはならない。予備の刀を持っていないのは見ればわかる。あの布の少ない装備のどこに武具を隠せるというのだろう。


 ザイリンは妙な高揚感に包まれ、少しの間トラヒメにトドメを刺さなかった。創作物の中で敵がなかなか主人公にトドメを刺さない気持ちがわかった気がした。トドメを刺してしまえば、この高揚感は失われるような気がするのだ。


 だが、いつもまでもそうしてはいられない。ザイリンの戦いを見守るリスナーたちは、トドメの瞬間を待ち望んでいる。


 それにザイリンにとってはこの戦いが最後ではない。トラヒメを倒した後は、大将であるリュカを倒しに行かなければならない。そうなれば、ゼトも立ちはだかるだろう。


 だが、今のザイリンは誰にも負ける気がしなかった。大いに警戒していたゼトさえ、簡単に倒せてしまえそうな万能感の中に彼はいた。


「お前はよく戦ったよトラヒメ。あらゆるステータスで俺に負けているのに、プレイングだけでここまで食い下がった。とても凡人とは言えないよ……。でも、その快進撃もここまでだ!!」


 ザイリンは槍を握る右手にグッと力を込め、動作の溜めを作る。この後に繰り出されるのは【如意必中戟(にょいひっちゅうげき)】。槍が伸び、曲がり、くねり、敵に当たるまで追い続ける追尾の技能だ。


 刀を折られたトラヒメの行動は逃げ一択。逃げるのならば蹴りの技能【雷兎月蹴撃】を使うのはわかり切っている。【如意必中戟】はそんなトラヒメの背中を貫くための一撃!


「貫けッ! 如意必中戟ッ!」


 八咫八戒槍がトラヒメに向けて伸びる! しかし、トラヒメはそれを回避する素振りを見せない!


(いさぎよ)く負けを認めるか……!」


 武人ならばそれもアリだろう。ザイリンはそのままトラヒメの心臓へ槍を伸ばす。


 ガキンッ――――――――――!


 ザイリンは槍を通して強い衝撃を感じる。自分の攻撃が……何かによって弾かれたのだ! 順調に伸びていた槍は地面に突き刺さり、情けなくしなしな(・・・・)と元の長さに戻る。


 一瞬、理解が及ばず口が開いたままになるザイリン。だが、何かによってトラヒメへの攻撃が防がれたことは事実だ。その何かとは……。


「さっきの忍者の横槍か!?」


 ザイリンは周囲を見渡しマキノの姿を探す。その姿は見つけられなかったが、代わりに遠くからやまびこのような声が返ってきた。


「私は何もしてない!」


 声を聞く頃にはザイリンも少し落ち着いていた。そうだ、マキノの仕業ではない。他者の横槍に気づけないほど自分の感覚は鈍っていない。【如意必中戟】を防いだのは他でもない……トラヒメ自身なのだ!


 不自然に動かないトラヒメに向き直るザイリン。純粋そうな顔をして、誰にもわからないような切り札を腹の中にずっと隠し持っていたのだろうか……。思考は混乱するばかりだ。


「一体何をやったトラヒメ……!」


「変なことは何もしてないよ。ただ、私だってあんたと同じようにこのゲームで戦いを積み重ねてきた……それだけよ!」


 トラヒメは刃を失った刀を構える。本当にまったく刃は残っておらず、柄と(つば)だけになった刀とも呼べない代物だが、ザイリンはそれに妙な違和感を覚えた。


 トラヒメが使っていた刀の鍔って……あんな形状だったか?


 鹿角刀の鍔は特に特徴がない無難なデザインだった。しかし、今トラヒメが持っている刀の鍔は6つの角を持つ星の形をしている! 違う、まったく違う! 鍔の形状が変わっている……!


「ま、まさか……! 血闘覚醒したのか……! このタイミングで……!?」


「ふふふっ……!」


 ザイリンはほぼ確信した。戦闘中にいきなり武具の形が変わる理由は、そもそも変形能力がある武具であること以外では『血闘覚醒』しか考えられない。


 血統覚醒とは、その武具が持つ血闘値が最大値の1.00に達した状態で決められた条件を満たすと、武具の評価が1つ上昇するというシステムだ。


 血闘値はその武具を使って戦いを重ねることで自動的に上昇していくが、上がり幅はかなり渋い。本来、トラヒメ程度のプレイ時間で最大値に到達することはない。


 だが、トラヒメはロクに装備も技能も揃っていない状態で強敵と戦い続けた。血闘値は自分よりも強い敵と戦うとボーナスを得られ、多く数値が上昇する。


 トラヒメのプレイング任せの無茶な戦いの数々は、それに付き合ってきた鹿角刀の血闘値を最大値にするほどだったというわけだ。


 しかし、血闘値を最大にしただけで武具は覚醒しない。その状態でさらに武具ごとに独自に設定された条件を満たす必要がある。この条件についてヒントがある武具もあれば、まったくのノーヒントの武具もある。


 鹿角刀がそのどちらであったか……それは今、重要ではない。重要なのは、偶然とはいえトラヒメが覚醒の条件を満たしたということ。


 そして、ザイリンはその条件を『武具の破壊』だと断定した。頑丈さがウリの鹿角刀すら砕け散るほど過酷な戦いが、その硬い殻を破り覚醒する条件になっているとは、粋な(はか)らいだと心の中で笑うしかない。


 トラヒメは今、四つ星武具を手にした。これで武具に関するアドバンテージはなくなり、ザイリンとトラヒメは対等になった。そう、まだ武具が対等になっただけだ。


「なんて悪運の強い奴だ……。しかし、俺の優勢は揺らがない。カッコよく覚醒したところ悪いが、その刀の使い方もわからないまま死んでもらう!」


 ザイリンは再び【如意必中戟】を発動し、少し離れた位置からトラヒメを攻撃する。積極的に間合いを詰めない理由は……トラヒメの刀の正体が掴めないからだ。


 あの刀には未だに刃がない。その正体が『見えざる刃』ならば、どこまで伸びているのか、その間合いが掴めないことには積極的に攻撃を仕掛けられない。


 だが、トラヒメはまたもや一瞬の何かで槍を地面に叩き落してしまった。これでは刀の正体がまったく掴めない……!


「今度はこっちから行くよ!」


 トラヒメがザイリンとの間合いを詰める! 恐れるべきは変わらず神速抜刀! ザイリンは【砂塵(さじん)大薙(おおな)ぎ】であたりを砂煙で満たし、風雷属性の攻撃に備える。


「その刃を受け止めれば、化けの皮をはがせるはずだ!」


 砂煙の中で防御姿勢を取るザイリン。ここは攻撃を考えない。刀の正体を掴むことだけに意識を集中させる!


「初めて使うから、酷いことになっても許してね! 光昴六連星(こうぼうむつらぼし)!」


 瞬間、ザイリンの体の6か所に衝撃が走る。それも同時に……!


「ぐあああ……ッ!? な、なんだ!? 見えないぞ……!」


 神経を研ぎ澄ませ、どんな攻撃でも見逃さない自信があった。しかし、ザイリンに見えたのは(またた)く星のようにチカチカと輝くわずかな光のみ……。


「いや、それが正体か……! お前の刀は、光の刃なんだ……!」


「流石ね。ご名答よ」


 星形の鍔から白銀の光の刃が伸びる。それは『見えざる刃』ではなく、トラヒメの意思1つで出たり消えたりするスイッチ式の刃だった。


 トラヒメは攻撃の瞬間、ほんの短い時間だけ刃を出して、あたかも『見えざる刃』かのように演出していたのだ。


「星の光を刃に変える『六光六角刀(ろっこうろっかくとう)』……これが私の新たな牙よ!」

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[一言] プレイスキル高い人に光剣持たせたらジェダ○マスターやん
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