Data.108 八咫八戒槍
四つ星とは、武具の『評価』が四つ星ということか……。私の持ってる鹿角刀は三つ星だから、ザイリンの持つ槍はワンランク上の武具ということになる。
でも、1つ評価が上だからといって、それが勝敗を分ける絶対的な差にはならない。そりゃもちろん、多少は有利になるんでしょうけどね。
「気を引き締めて、最初から全力で……!」
刀の柄に手をかけ、【雷充虎影斬】のチャージを開始する。あっけなくても勝ってしまっても構わない。むしろ、それが神速抜刀であり、『VR居合』で磨き上げた私の戦い方だ!
「チャージ系の技能か……。報告はすでに受けているぞ!」
ザイリンが突っ込んでくる! 【雷充虎影斬】はバトロワの後に手に入れた技能だから、撮影されて拡散されているはずはない。
つまり、この戰の最中に私を観察し、ザイリンに報告していた奴がいるってことね! 流石の私もあんまり遠くから見られると気づかないこともある。
とりあえず、ザイリンに私の手の内はバレバレと思って動いた方がいい……! そして、バレていようが防げない攻撃を心がければいい!
後の先……相手の攻撃の後にカウンターを食らわせる!
「おっと、お前の考えていることは大体わかる。あんまり近づくと危なそうだし、このあたりから……輝々万閃光!」
ザイリンは私の刃が届かない位置から目にも留まらぬ連続の突きを繰り出す! その攻撃範囲は広く、懐に潜り込む隙間がない! しかも、突きが繰り出されるたびに光が走り、とっても前が見えにくい!
「ええい、ここは防御だ……!」
神速抜刀を諦め、連続の突きを刃でいなしていく。目にも留まらぬというのは普通の人から見た光景であって、私にはこれくらいの突きは十分見えている。どちらかと言うと、チラつく閃光の方が目に優しくない!
「技能ナシでこれを受けきるか……。その刀は本当に頑丈みたいだな。あの時奪っておけばと、ズズマがまた落ち込みそうだ。しかしなぁ、その刀……少し重くないか?」
「ふん、そんなのもう慣れて……あれっ!?」
刀が……重い! 普段から重みのある刀ではあったけど、今回は特別重くなっている! というか、体全体が妙に重い……! 体調が悪いとか、気のせいとか、そんなレベルじゃなく……!
「よし、効いてるな……【八重八苦陣】が」
私の足元に八角形の魔法陣のようなものが浮かび上がっている!? それは走ってもジャンプしても私から離れることはない。ぴったりと追尾してくる……!
「その陣はあくまでも演出であって、それ自体が何か効果を及ぼすわけじゃない。効果を受けているのはトラヒメ……お前自身だ」
「槍の武具技能ね……!」
「ご明察! まあ、どちらも『八』ばっかりだからわかりやすいか。この【八重八苦陣】はその名の通り8つの苦しみを8つ重ねて同時に味合わせるデバフ技能だ。発動条件はこの槍で触れる……ただそれだけ。武具に触れても持ち主のプレイヤーに影響が及ぶ」
「そんな簡単に8つも苦しみを与えられるなんて楽なものね……」
「ああ、その代わりに8つのデバフ効果は影響が小さいし、そんなに長持ちしない。攻撃力低下や防御力低下は誤差とは言わないが、極級技能としては物足りない下げ幅だ。他のデバフも似たような微妙さ……。だがしかし、その中の1つ『加重』の状態異常付与はプレイヤーへの影響が大きい。特にお前のようなスピード特化のプレイヤーからすれば、重い体がもどかしくてしょうがないだろう!」
ご丁寧に全部説明してくれる! 要するにあの槍に触れないように戦えばいいんだろうけど、すでに重くなった体では回避より防御の方が安全ではある。
本当は効果が切れるまで一度退避するのが正解なんだろうけど……いや、重くなった体でザイリンに背中を向けるのは一番ヤバいか。
それに一度逃げるというのは、あんまりカッコいい選択じゃない。ここは意地を張らせてもらう!
「これくらいちょうどいいハンデよ。最後の戦いがすぐに終わっちゃつまらないからね!」
本当はすぐに終わらせるつもりだったけど……ここはハッタリハッタリ!
「ほう、言うじゃないか。俺はもう終わらせるつもりだがな!」
ザイリンの猛攻が始まった! 舞うような槍捌きから繰り出される連続攻撃に対して、私は反撃のチャンスを掴めない……!
体は立っているのもしんどいほど重くなっているわけじゃない。ザイリンの連撃の中に反撃の隙が見えないわけじゃない。普通の状態ならこんなに押されてはいない……!
「本当なら勝てる相手なのに……と思っているだろう? ああ、俺もそう思ってるよ。おそらく……いや、プライドを捨てて言えば、間違いなくお前の方がプレイヤーとして優れている。俺自身、それを認めている」
「くっ……!」
「この『電脳戦国絵巻』はVRゲームだ。リアルの運動神経がそれなりに反映され、運動音痴はその時点で大きなハンデを背負うことになる。それと同時に『電脳戦国絵巻』はMMORPGだ。そのゲームに捧げてきた時間の長さが物を言う、あらゆるゲームジャンルの中でも積み重ねが重視されるジャンルだ」
「つまり、何が言いたいわけ?」
「俺の方がプレイングでは劣るが、俺の方が長くゲームを遊んでいる。その積み重ねの差が今の状況を生んでいるということだ。武具はお前に勝る四つ星で、実は防具も四つ星だ。しかも防具には体術によるダメージを抑える技能もついている。体術メインの敵を相手にする時、これほど頼れる技能はないよぁ」
芝居がかったしゃべり方だけど、その間にも攻撃は続いている。ザイリンが槍を振るうと砂塵が巻き上がり、私たちの周囲を砂煙が覆う。
土石属性の技能による砂煙は、私の風雷属性……【雷充虎影斬】の威力を弱める……! これじゃあ、大きな隙が生まれてもザイリンを仕留めることができない。
経験と時間、2つの力でザイリンは私への対策を積み重ねてきたんだ。まさに戦いは戦う前から始まっていたということ……!
それでも、私に諦める気はない! 少しずつ体の重さにも慣れてきたし、ザイリンの攻撃もより鮮明に見切れるようになってきた。それに私の攻撃技能は風雷属性だけじゃない!
「火激流血刃!」
「……っ! 渦潮流涙刃!」
サハラと同じ技能! 薙刀は槍の亜種だから、ザイリンが同じ技能を使ってもおかしくはない。
問題は炎熱属性と水氷属性に有利不利の関係があること……。結果としてザイリンの頬に浅い傷を負わせただけになってしまった……!
「……お前、もう加重に慣れてきてるな。心底恐ろしいよ。本当は陣を発動させた時点で重くなったお前を仕留められると思っていた。流石に俺のプレイングも捨てたもんじゃないだろう……とな。そうでなくても、重い体で心が折れると思っていた。なのに……まるで諦めてないじゃないか」
「この大一番で諦める馬鹿がいるわけないでしょ! みんなが私のために用意してくれた最高の舞台なんだから、死ぬまで死ぬ気で戦い続けるわ!」
微々たるものとはいえ、一撃は入った! それに私はザイリンの攻撃を防ぎきれている! この調子で戦いが続けば、逆転の目は大いにある!
「怖い、怖い……。きっと俺なんかじゃお前の心を折ることはできないんだ。だから……」
ゆらりと脱力していたザイリンの体が急に動き出す。この動きは突きの技能【螺旋岩窟穿】だな。槍をドリルのように回転させて敵を削る技だけど、これは前の戦いの時も見たから十分対応できる!
「螺旋岩窟穿!」
「火激流血刃!」
前回と同じく流れる灼熱の血で刃をコーティングして防ぐ!
「ぬかったなトラヒメ。前と今では何もかもが違うんだ……!」
真顔になっていたザイリンに余裕のある笑顔が戻る。同時に鹿角刀からミシミシという異音が聞こえ始めて……。
パキッ――――――――――。
「いくら耐久力の高い武具でも、格上の武具の攻撃を正面から受け止め続ければダメージが蓄積され……いずれ壊れる。これは才能や技術ではくつがえしようのない『ゲームシステム』だ。俺ではお前の心を折れない。だから、その牙を折らせてもらった」
鹿角刀の刃が粉々に砕け、破片が足元に飛び散る。
「チェックメイトだ、トラヒメ」





