Data.106 気楽にやろう!
「待て待て待てぇーい! 我は1対1での戦いなぞ認めておらんぞ! 我の弓術とサハラの槍術のコンビネーションこそ『惨堕亞暴琉斗』において最強の……ぐえーっ!」
私とサハラの戦いに割って入ろうとしたライオーに大葉手裏剣が突き刺さる! 早速マキノが仕事をしてくれてるみたいね。
「ぐ、ぐぬぬ……不意打ちとは卑怯な……! 流石は忍者といったところか!」
「不意打ちも何も隙が多すぎるのよ。長射程の弓術を身につけてきたみたいだけど、あんなのは敵の位置と動きを常に把握し、接近には敏感かつ繊細に対応できるプレイヤーじゃなきゃ扱えない戦闘スタイルだわ」
「ふんっ! つまり、我のような選ばれし者にこそふさわしいということではないかぁ!」
面白い戦いになりそうだけど、あっちの会話に聞き耳を立てている余裕はない。みんなが時間を稼いでくれているうちにサハラを倒す……!
「来ないのならこちらから仕掛ける!」
戦いを望む割に積極的な動きを見せないサハラだけど、向こうからしたら私を足止めしてザイリンのもとに行かせないのも役割の1つなんだろう。
速攻で勝負を決めるなら【雷充虎影斬】フルチャージによる神速抜刀が有効……。でも、ここは技能ナシの攻撃でサハラの実力を測る……!
「やあっ!」
一撃、二撃、三撃! 刀を打ち込むたびにサハラはそれを薙刀でいなしていく。やはり前回戦った時よりも動きが良くなっている。反応速度も、武具の扱い方も! そして何より、この落ち着き……精神的な変化も大きいことがわかる!
「ずいぶん鍛えてきたものね……!」
「それだけじゃありませんよ。そもそも私、いろんなことをそつなくこなせるタイプなんです」
「……え?」
サハラの予想外の答え……いや、自慢? 私たちは戦いを続けながら会話も続けていく。
「それは一体どういう……」
「私、ライオー総長にハマる前はいろんな人の追っかけをしてたんです。そして、憧れの人に近づくためにいろんなことをしてきたんです」
「い、いろんなこと……」
「とあるプロ野球選手に近づこうとして球団のチアリーダーを目指し、入団テストを受けられるレベルまで技術を磨いたり、とある漫画家に近づこうとしてアシスタントを目指し、漫画力を高めた結果コンテストで佳作を取ったり、まあいろいろはいろいろです。ただ、すべて結果が出る頃には追っかけることに飽きていますが……」
「へぇ……それはすごい……。ということは、ライオーに近づくためにも何か?」
「ええ、総長の生配信にコメントしたり、投げ銭したり、マネージャーとして雇ってみないかとアタックをかけてみたりと、いろいろやった結果信用を得て、バーチャルアイドルの中身に接近することができたというわけです。最後までやり切ったという意味では、ライオー総長は私の中で特別な存在なのかもしれません。今も特に飽きた感じはしませんし」
「な、なるほど……」
「でも、今は新しいことにハマってます。あなたと戦って負けた時、私は『戦い』の楽しさに目覚めたんです。そう、VRゲームにおける戦いは、リアルでは許されない殺人の娯楽化。この時代でしか体験できない禁じられた遊び。そこへ古くから愛されるRPGの要素を詰め込めば、全人類を魅了する最新鋭のエンタメとなる……!」
なんか壮大な話になってる……!?
「もしかしたら、私は本当に熱中できるものを探し求めていたのかもしれません。誰かに左右されない、自分がやりたいからやると胸を張って言えるものを……。そして、VRゲームの中にある戦いこそがその答えだと……!」
とりあえず、『今度はトラヒメさんに熱中しそうです!』とか言われなくてホッとした!
私の大好きなゲームを好きになってくれるのは嬉しいけど、やりたいことをずっとやってる先輩として言わせてもらえば、なんかごちゃごちゃ考え過ぎ! いわゆる『境地』にはたどり着けていない!
サハラの変化に対する疑問が解消され、気持ち的に戦いやすくなった。それに会話をしながら戦ったことで、サハラの実力も完璧に把握できた!
まだまだ私とは力の差があるってことを、今からわからせてあげる!
「先を急ぐから、そろそろ決着をつけさせてもらうね!」
「さっきから防戦一方なのにですか? この【渦潮流涙刃】に!」
サハラが2本の薙刀をぐるぐる回すと、刃から水が噴き出す。そして、その水は薙刀の回転に合わせて激しい渦を作り出す! これこそが【渦潮流涙刃】。高速で回る水には刃のような切断力がある!
だが、この技能は会話をしながらの戦いですでに見ている! 確かに2つの渦の攻撃が及ぶ範囲は広くて、こちらの攻撃を打ち込む隙がないように見える。実際、私はここまでこの技能に対して防戦一方だった。
しかし、それはサハラの動きの隙を見極めるための作戦! 今からは攻勢に転じる!
「……そこだ! 雷兎月蹴撃!」
サハラは攻撃に夢中になると薙刀を持つ腕がどんどん上にあがる。その結果、足元を渦潮がカバーしきれなくなり、攻撃の余地が生まれる!
私の攻撃を察知した後も、高速で振り回している薙刀を即座に足元のカバーに持っていくのは難しいし、そんな雑なガードでは水氷属性に大して有利な風雷属性の蹴りを防ぐことはできない!
「ハッ……! 跳魚群脚!」
サハラは華麗にバック宙返りを決めたかと思うと、そのまま連続で魚のように跳ねまわり、私から距離を取ってしまった! うむむ……これは初見の技能だぞ……!
「でも、関係なし! さらに雷兎月蹴撃!」
この連続で飛び跳ねる技能、緊急回避には向いているようだけど、あまり遠くまで移動できる技能ではない。【雷兎月蹴撃】で今度は着地を狩りにいく!
「そう来る気がしてました……濁流穿ッ!」
サハラは2本の薙刀を正面に突き出す。すると、その刃の先から泥水のようなものが噴き出し、前方へと鋭く伸びる! 前方とはつまり……私がいる方向だ!
本来なら属性相性的にこのまま突っ込んでも問題ないはず……。でも、あの水はいつもの澄んだ水ではなく、土や泥が混じったような濁流だ。もしかしたら、ただの水氷属性技能ではない可能性も……。
「ええい、強行突破だ!」
私は迫りくる2つの濁流の間を通り抜けるべく、無理やり体を傾ける! 隙間はギリギリもギリギリで、ただでさえ薄い胸と背中の布が削り取られそうだ!
でも、結果として私の体は致命傷を負うことなく【濁流穿】の間を通り抜け、サハラの懐に潜り込んだ! そして、【雷充虎影斬】のチャージはすでに完了している!
「神速抜刀!」
至近距離で薙刀が刀の攻撃を防げるはずもなく、私の振るった刃はサハラの首をするりと通り抜ける。彼女も私と同じく防具は薄着の部類だ。この極級のダメージに耐えられるはずはない。
これで決着だ……!
「こ、こんなあっけなく負けるなんて……! 私は、私が想像している以上に未熟だったということなんですね……!」
「いや、どちらかと言うと、あなたが想像しているより私が強かったんじゃない? 私が新しく身につけた【雷充虎影斬】は強力だからねぇ~。でも、サハラもずいぶん強くなったと思う。あとは難しく考えないことね」
「難しく……考えない?」
「考え過ぎると、そのうち遊ぶのが億劫になっちゃうからね。ゲームは背負い過ぎず気楽にやるのが一番! それにあんまり熱中しすぎると逆に飽きやすくなると思うんだ。ゲームは1日1時間とは言わないけど、食べ物みたいに毎日適量を摂取するといいよ」
私も『VR居合』を長く遊んでいたけど、1日中やっていたのなんて最初の方だけだ。もし1日中斬り続ける生活を続けてたら、すぐに飽きてたと思う。
毎日少しずつ人を斬り続け、斬り続けた結果……人斬りがライフワークになったというわけだ。
好きな食べ物も毎日ドカ食いし続けると飽きる。適量を定期的に食べ続けるからこそ、これがないと生きられないと思うようになるんだ。
まあ、私は特殊な人間かもしれないから、他の人にとってはあんまり共感できない考え方かもしれない……。
でも、消えゆくサハラは私の言葉を聞いて少しほほ笑んだ後、こう言った。
「あなたは憧れようにも遠すぎる存在みたいですね。では、いずれまた……」
サハラは消滅した。この戰から脱落したんだ。
結果として短時間で勝つことができたけど、サハラはこの短期間であの変化だ。次に会った時は今みたいに会話をする余裕はないかもしれないな……!
「さて、残すはいよいよ……!」
ザイリン……あんたを倒して戰を勝利で終わらせる!





