Data.105 蒼い刃をきらめかせ
東の丘は近い。もうじき森が終わって、景色は竹林に変わっていくはずだ。
あれから敵とは出くわさない。戰と言っても人数は120人だし、あまり暗殺にばかり戦力を割いてられないってことでしょうね。谷間の平原で押し負けると、小細工が働く前に決着がついてしまうもの。
その大事な大事な平原の戦いの様子がここからではわからないのはもどかしいけど、なんとか持ちこたえてくれていると信じるしかない。あと、ゼトさんがどう動いているのかも気になって……。
「……むっ!」
感じ取ったのは風を切るかすかな音と殺気……! 走っていた私は足で急ブレーキをかけ、飛来したそれを回避する。
あのまま走っていたら通ったであろう場所に刺さったのは矢! かなり精密な狙いのつけ方……! でも、射手は見当たらない。忍者衆が即座に周囲を索敵するが、それでも敵は出てこない。
そうしているうちに次なる矢が私に向けて放たれる。回避するのは難しくないけど、それを意識すると移動のスピードは確実に落ちる。それにこのまま敵を残しておくと、ザイリンとの戦いに水を差される可能性は高い。
やはり射手を見つけ出して始末するのが正解か……! 矢が飛んでくる方向はずっと一緒だから、そっちに向かって【雷兎月蹴撃】で一気に距離を詰める。バトロワで披露したこの技を今更出し惜しみする理由はないからね!
「あれからウヌも妙な技能を身につけたようだな!」
「っ!? あんたは……ライオー!」
自分から姿を現した射手、その正体は『惨堕亞暴琉斗』の総長ライオーだった! ヤンキーみたいな金の刺繍が入った黒い羽織袴を着ている赤いツインテールの少女……。相変わらず要素がごちゃごちゃしてるし、とても総長には見えない。
それに彼女たち『惨堕亞暴琉斗』がこの戰に参戦してることを私は忘れかけていた。矢による攻撃、それも私だけを集中狙いとくれば、ライオーの顔が思い浮かんでもおかしくないのに……。まあ、それだけ印象が薄いってことね!
「あの月詠山で受けた屈辱……! あれから我は矢の射程を伸ばすことを目標に修行を続けた! その結果がこれというわけだ!」
確かに以前より遠くから攻撃を受けた気がする。だから忍者衆もライオーを見つけられなかったのね。
でも、射程が長くなっても矢が飛ぶ速度は大して上がっていない。回避するのも斬り落とすのも簡単だ。ゆえにライオー自体はさして脅威にはならない。問題は彼女がそれなりに人数がいる組合のリーダーってこと……!
「わかっておる、わかっておるぞ。我の成長なぞ大したことはないと、高をくくっておるのだろう? 確かにあの戦いからそう時間は経っていないし、我の変化は微々たるものだ! しかぁし! 人の中には短期間で変わる者もおるのだ!」
「さっきからペラペラと……」
「サハラをこんなにした責任は取ってもらうからな!」
サハラ……? あの水色でセクシーお姉さんな副総長がどうしたって言うの?
その答えをライオーが語る前に、私の背後の地面が爆発を起こした! 即座に振り返り、飛び散る土の塊を刀でいなしていく。
そんな中、私は爆煙の中から飛び出してくる人影を見逃さなかった。その人影は私とは反対方向にいた忍者に飛びかかり、両手に持った2つの刃物でズタズタに斬り裂いてしまった!
土煙の中できらめく瑠璃色の刃……! あれは短い2本の槍……いや、あの先端の形状は刀に似ている。つまり、薙刀か!
「武具……変えたのね」
「ええ、武具も変えたんです」
ウェーブのかかった水色の髪、上半身は水色のサラシのみ、下半身はライオーと同じく黒の袴を履いている。外見に関しては、武具以外前回の戦いと変わっていない。ただの副総長サハラだ。
でも、なんだろう……。この雰囲気の変わりようは……! 無視することができない殺気のようなものが、今の彼女からは放たれている!
「さぁ、分隊長たちもであえであえ! ここで必ずやトラヒメを仕留め、あの日の雪辱を晴らすと共に、いけすかぬザイリンの鼻を明かしてやるのだ!」
ライオーとサハラの他にも3人伏兵が出現する。ライオーが分隊長と言っているのだから、彼らは『惨堕亞暴琉斗』に存在する2番隊から4番隊の隊長なのだろう。
ライオーが隊長を務める1番隊も含め、全部隊の部下がここに集結していたら、敵の数は20人にまで膨れ上がる。しかし、今回は姿が見えている5人が戦力のすべてだと思う。
120人の戦で20人って大人数すぎるからね。おそらく、ザイリンに無駄な戦力を動かすなと釘を刺されたんだ。それならライオーの不満げな態度も納得がいく。
相手が5人でこちらは6人……。数的有利はこちらにある。分隊長たちもおそらく私の敵じゃない。ライオーも少しは強くなっているようだけど、私はもっと強くなっている。勝てないはずはない。
さっき私が提案した撹乱作戦を使って1人ずつ私が仕留めていけばいいんだろうけど……どうしてもサハラが気になる。彼女だけは以前の彼女じゃない。
ならば囮作戦で先を急ぐ……? いや、サハラから不用意に目を離したくない。彼女もまた私だけをジッと見つめている。他の誰よりも優先的に狙うべき存在だと思わせてくる……!
「戦いたいように戦いなさいよトラヒメ。見過ごせない敵なんでしょ?」
「マキノ……」
「戦闘におけるあなたの判断を疑う人はもういないわ。やりたいようにやりなさい。それを全力で支えるのが私たちの役目なんだから」
「……うん! 私は蒼い薙刀使いサハラを仕留める! みんなは他を狙って!」
「了解!」
私の役目はザイリンの首を取ること……。でも、物事には順序がある。
「では、お手合わせ願います」
2本の薙刀をくるくると回すサハラ。瑠璃色の刃がきらめき、蒼い光の渦を描く。
「すぐに終わっても恨まないでよね」
「ええ、その時はまた鍛え直して挑むだけです」
サハラの表情は変わらず、ほんの少し微笑んでいるように見える。う~ん……不気味!





