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Data.104 純粋な戦意

「中央は拮抗しているか……」


 戰の最中にチャットは使えない。外部との連絡も取れない。そのため、戦況は足の速い伝令や、空を飛ぶ能力を持った者からもたらされる情報で把握する。


 戰の序盤、ザイリンは本陣でジッと動くべき時を待った。そして今、待っていた情報が彼の元へと運ばれてきた。


「トラヒメを確認! 南の森林ルートです!」


「見つけたか……!」


 トラヒメが南の森林で戦う様子を離れた位置から観察していた伝令係は、トラヒメたちに見つかる前に来た道を引き返し、ザイリンの元にやって来た。


「仲間の忍者7名と共に、森に配置していた2部隊と交戦! 結果こちらの部隊は全滅しましたが、相手の忍者を1名撃破することに成功しました!」


「トラヒメと忍者たちの情報は把握しているか?」


「はい! 武具、技能、得意戦術に至るまですべて!」


「フフッ、そうか……ありがとう。急いで『あいつら』に伝えてくれ」


「了解しました!」


「待ってくだせぇザイリンの兄貴! 俺もトラヒメを倒してぇよ!」


 ザイリンの前に現れたのは『隙間の郎党』幹部、隙間鼠のズズマ。そして、共に現れた巨体の男もまた幹部、隙間蛇のジャビだった。


「俺からも頼むぜ、ザイリン! こちとら2人してトラヒメにしてやられてるんだ! 大事な復讐の機会をあんな外部の組合(ギルド)の奴らに与えるなんざ……!」


「まあまあ、そう焦るんじゃない。『あいつら』はあくまでも当て馬だ。最初からトラヒメを倒せるとは思っていない」


「じゃあ、なんでわざわざ……」


「トラヒメを護衛している戦力を排除するためだ。伝令からの情報によると、忍者を6人ほど連れているらしい。『あいつら』にはその取り巻きを撃破し、あわよくばトラヒメを多少消耗させてくれることに期待している。その後は……」


「俺たちの出番ってことっスよね、兄貴!」


「いや、俺の出番だ」


「ええっ!? だって兄貴は大将で……」


「ハッキリ言って俺以外にトラヒメは倒せない。相当の大戦力をトラヒメだけに集中させたりしない限り……な。だから、トラヒメを孤立させたところで俺が戦う」


「し、しかし、危険すぎやしませんか? 兄貴の口ぶり的に、1対1で戦うつもりっスよね……?」


「だからこそ、盛り上がるんだ。複数人が入り乱れる乱戦なんて、リスナーにとってはどこを見ればいいのかわからない不親切な戦いだ。それが1対1なら情報量が少なく見やすい。ゲームのシステムをよく知らない人間でも理解しやすくなる。そうは思わないか?」


「それは確かに……。ゲームに限らずマンガやアニメでも複数の戦いはごちゃごちゃしてて、なんか内容も中だるみを感じるっスね……」


「もちろん、乱戦には乱戦の良さがあるから戰を仕掛けたわけだが、大将である俺の戦いは1対1の方が盛り上がる。人に隠れて見えないところで大将が死んでましたでは困るからな」


「むむむ……それもそうっス」


「そして何より、負けた時のリスクが大きいほど勝負事は面白い。やってる俺は大変だが、ただ見てるだけのリスナーは間違いなくリスクのある戦いを求めている。負けたら連合軍もひっくるめて全員終わりの真剣勝負なんか、絶対目が離せないじゃないか」


「ザイリン……。お前、思った以上に男だな! そうまで言われたらこのジャビ様もトラヒメを譲るしかあるめぇ! 絶対に勝てよ!」


「……ここだけの話だが」


 ザイリンの声が生配信に入らないモードに切り替わっていることに、幹部の2人はすぐに気づいた。


「負けないように、いざとなったら戦いを妨害する伏兵を用意してある。もちろん、リスナーの目にもトラヒメの目にもわからないような、とっておきの伏兵だ。俺はハイリスクの戦いを披露したいが、それで負けたいわけじゃない。使うべき時が来たら、この切り札も躊躇(ちゅうちょ)なく切る……!」


 ズズマとジャビは押し黙るしかなかった。目の前の男の勝利への執念、エンターテイメントの追求。どちらを取っても自分たちでは及ばないと悟ったからだ。


 彼らと因縁浅からぬトラヒメとの戦いも、この男に託すのなら文句はない。


「俺たちは兄貴の勝利のために何をすればいいっスか?」


「中央の加勢だ。戦力を防衛に回しているとはいえ、谷間の平原の戦いは少々劣勢になっている。原因は間違いなく……うるみ。彼女の持つ【命の雨】の強さが遺憾なく発揮されている」


「うるみ……! 命の雨……!」


 ズズマが強い反応を示す。元はと言えば、彼がうるみから【命の雨】を奪った帰り道でトラヒメにちょっかいを出してしまったがために、【命の雨】は奪いきれず、それどころか自分自身の【体力増強Ⅰ】を失った。


 その時の後悔は今も強く残っている。そう、恨みや怒りも……!


「俺、うるみを倒してくるっス! そして、あの時の過ちに決着をつけてくるっス!」


「ああ、期待している。ジャビも一緒に行ってくれると助かる。今のうるみは以前よりもかなり強力なプレイヤーになっている。舐めてかからないことだ」


「しゃーねぇ! かわいい弟分と頼れる兄貴分のためだ! ちょっくら中央を制圧してくらぁ!」


「頼んだぞズズマ、ジャビ」


 2人の幹部を送り出したザイリンは、来るべきトラヒメとの決戦に備えて自らの武具を取る。それは以前『浮草の滝』でトラヒメと戦った時のものとは別種の槍だった。


 鮮やかなオレンジと黒のカラーリングに長い(つか)、先端に取り付けられた()は三角形を引き延ばしたような鋭さで、刃には読むことができない謎の文字列が刻まれている。


「あの滝の戦い以降、俺だって遊んでたわけじゃない。お前以上に腕を磨き、技能を集め、武具だってこだわってきたつもりだ。負ける気は……しない!」


 ザイリンはまるで舞うように槍を振るう。洗練された演武のようなその動きは、周りにいる仲間たちが思わず見惚(みと)れてしまうほどだ。


 しかし、それには目もくれずにザイリンに接近してくる伝令係が1人いた。彼はあわや槍に薙ぎ払われてしまうギリギリのところで足を止めた。


「おい、危ないぞ! 戰はとにかくリアル路線なんだ。味方の攻撃でもダメージを食らうし、それが原因で死に至ることもあるって知らないのか?」


「も、申し訳ございません! ただただ、急ぎの報告でしたので……」


「なら、仕方ない。用件はなんだ?」


「ぜ、ゼトです! 北の森林ルート、それもこの丘にかなり近い位置で確認しました!」


「なっ……にぃ……!?」


 流石のザイリンもこれには驚き、槍を取り落としそうになる。


 ゼトと言えば、実力者であるにも関わらず目立つことを嫌い、とにかく裏方に徹することに異常なこだわりを見せる男だ。


 それが暗殺の王道とも言える森林ルートを通り敵陣に接近してきたとなれば、それは普通の攻め方……。トラヒメがやっていることと大差ないというか、同じではないか……。ザイリンはゼトの行動をいぶかしんだ。


 大事な戦いなので主義を曲げて普通に攻めてきた……と考えることもできる。しかし、この界隈で実力者と呼ばれる者たちは奇人変人ばかりだ。ゆえに戰だからと言って簡単に主義を曲げてくるとはどうしても思えなかった。


「ゼトは……どういう状態だった?」


「は……?」


「普通ならそうそう誰かに見つかったりしない男だ。どういう状況で奴を確認した?」


「えっと……森の中に立ち尽くしてました。特に動く様子もなく静かに……。何かの罠なのでしょうか?」


「……いや、それは俺に対するメッセージだな。ゼトには少数精鋭で対処しろ。連合を組んでいる各組合(ギルド)の幹部クラスを向かわせるんだ」


「それだと本陣の防衛が手薄になりますが……」


「それがお望みなんだ、お客様は」


「りょ、了解しました……!」


 伝令はまたどこかへ走っていった。その背中を見送った後、ザイリンは槍を地面に突き刺して一息つく。


「お前ほどの男がわざわざお膳立てをするほど、トラヒメは強いのか?」


 ゼトの目的は防衛戦力の一部を自分に振り分けさせることだとザイリンは判断した。そうでなければ、森でボーッと突っ立って見つかるのを待っているはずはない。


 そして、防衛戦力を削る理由は……トラヒメをザイリンの元へ向かわせるため。『烏合の衆』はとにかくあの1人のプレイヤーにすべてを賭けているようだ。


「言われなくても勝負するさ。今となっては戰の勝ち負け関係なく、純粋に手合わせ願いたい気分だからな……!」


 純粋な勝負……。そう、ジャビやズズマに語ったような都合のいい『伏兵』などザイリンは用意していないのだ。自分の腕を磨く過程で、小細工で得た勝利など無意味だと悟った。


 純粋なる実力でトラヒメを倒し、上位に君臨するトッププレイヤーたちに追いつき、追い抜く!


「来い、トラヒメ……!」


 本陣で()して待つザイリン。彼の元へトラヒメがたどり着くためには、倒さなければならない『あいつら』がいる。その中にはザイリンと同じく純粋な戦意に目覚め、トラヒメとの再戦を心待ちにしている者がいた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 盛り上がってるのはいいんだけど、序盤というか所詮中堅どころのザイリンくん程度に手こずったりしたらトラヒメのリアルチート的なのが崩れちゃいそうだし、どんな感じに話を纏められるのか期待して…
[良い点] 純粋な戦意に目覚め、再戦を希望してる者…? ハッカクさんですね!!わかります!! まともに勝負すると見せかけての計略ですね! 楽しみです! え、ライオー?そんな人は知りません。  
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