Data.103 開戦、そして初手
東の丘でザイリンもまたほら貝の音色を聞いていた。
相手の戦力が最終的に120人にまで膨れ上がったという情報はすでに把握している。開戦時に両陣営の人数がシステム側から通知されるからだ。
この120という数字……ザイリンにとっては大変満足のいくものだった。そもそもプレイヤー1人1人の質は『隙間の連合軍』の方が上。そこに数まで上回っているとなれば、面白い戦いなど生まれるはずもない。
33対11人のサッカーは物珍しくとも10分も見れば飽きる。どちらが勝つかわからない拮抗した勝負こそ見世物として至高なのだ。
トラヒメの参戦で戰の注目度が上がっている今、たとえ敗北のリスクが高まろうとも、敵戦力の充実はザイリンにとってありがたい。これならば手加減や台本は必要ない。ただ全力で戦うだけで筋書きのないドラマが生まれることだろう。
「さて、要注意人物は……4人」
ザイリンは思考を巡らせる。
まず一番危険なのはゼト。『烏合の衆』で最も強く、謎めいた男。彼が仲間と肩を並べて仲良く中央の平原で戦うことはまずありえない。確実に奇襲を狙ってくる。この奇襲を事前に察知できるかが勝敗を分けるかもしれない。
次にトラヒメ。突如現れたゴールデンルーキー。彼女の場合は、力任せに中央を食い破ってくる可能性も考えられる。しかし、周りのリュカやうるみにその度胸があるとは思えない。森林ルートからの奇襲がもっとも考えられる作戦だ。
そして、大将のリュカ。本人は自覚していないが、なかなかの実力者。その召喚獣たちは飛行能力を持ち、移動に戦闘に大いに役に立つ。前線にいられると厄介だが、今回は大将。あの臆病な性格で前に出てくるとは思えない。
最後に忘れてはいけないのが……うるみだ。全体回復技能【命の雨】を持っているのはザイリンもよーく知っている。しかも、最近は全体弱体化技能まで手に入れているという情報もある。間違いなく中央の平原に出てきて戦線を押し上げてくる存在だ。
危険なゼトとトラヒメが奇襲を狙ってくる可能性が高い以上、本陣の防衛にはそれなりの戦力を割かないといけない。しかし、そうなると中央の戦いが手薄になる。
この微妙な状況でどう戦力を配置するかが、序盤の戦況を左右する……!
とはいえ、ザイリンはあまり悩んでもいなかった。要注意の4人は性格がハッキリしていて、どう動いてくるのかをある程度予想できるからだ。
「質の面で戦力はこちらが勝っている。そして、勝っている側の戦い方は王道であるべきだ。番狂わせが起こりやすい奇襲をケアしつつ、中央の戦線を押し上げて、敵本陣へと至る……!」
時間が経てば不利になるのは『烏合の衆』の方だ。ならば、奇襲作戦は早い段階に行われる可能性が高い。特に好戦的なトラヒメは電撃的に仕掛けてくるとザイリンは考えていた。
ならば、守ろう。平原の戦力を削ってでも本陣で待ち構える。ザイリンはそれを最初の一手とした。
◇ ◇ ◇
一方その頃、トラヒメたちはザイリンの予想通り電撃的な奇襲を仕掛けるべく、南の森林をひた走っていた。
地面には思った以上に凹凸があり、進む場所を間違えると時間のロスが発生する。さらにこの凹凸は伏兵を配置するのにも向いている。
森林のちょうど真ん中を越え、東の敵陣側に入ったトラヒメと忍者たちは、敵との遭遇を考えながら前進するようになっていた。
「……思った以上にスムーズかも」
トラヒメとしては早い段階で敵の暗殺部隊と鉢合わせることを想定していた。しかし、現実は敵陣側の森の入っても誰も待ち伏せすらしていない。
忍者たちの案内に従っているのだから、進むべき道を間違っているはずはない……。だが、敵を斬る気満々だったトラヒメにとって、今の状況は不安であり不満だった。
同時に忍者たちもまた静かすぎる立ち上がりに不安を感じていた。敵に攻める気配がないということは、それだけ守りが固いということ。果たして自分たちでその守りを切り崩し、トラヒメを送り届けられるか……。
忍者衆はそれなりにベテランのプレイヤーたちで構成されているが、プレッシャーに強いかと言われると……そうでもない。みな普通の人間である。
それに彼らはトラヒメの戦いを肌で感じたことがない。ルーキーでありながら恐ろしく強いという情報は出揃っているが、実感はないのだ。
彼女を送り届けたところで本当に勝てるのだろうか? 自分たちの組合の命運を突然現れた人間に任せていいものなのか?
そういった疑問や不安は、どうしても心の片隅にある。
「敵兵を確認……! 数は4! 全員が鎧武者のような重武装タイプ! 直進してきますが、まだこちらの存在は気取られていません!」
先行して偵察していた忍者が敵の存在を仲間に報告する。全体に緊張感と安心感に似た感情が駆け巡る。ああ、やっと敵さんのお出ましだ……と。
「数が4なら戦力が減る囮作戦を使わず、一気に片付けてしまうのもアリだな……」
忍者の1人が提案する。囮作戦はその名の通り、数人の忍者があえて敵に見つかり注意を惹きつけ、その隙にトラヒメを先へ進めようという作戦だ。
これは忍者衆の基本戦術であり、本来ならば敵の数が少なかろうがこの戦術でトラヒメを先に進める予定だった。
しかし、思った以上に敵の防御が厚そうだという認識が、戦力を減らしてしまう囮作戦を拒む決め手になった。
忍者たちはサッと四方八方に散って4人の鎧武者を取り囲むと……一斉に攻撃を仕掛けた! 乱れ飛ぶ手裏剣、クナイ、石!
しかし、防御力に優れた鎧を着こむ武者たちは、初動の攻撃を耐え防御系の技能を展開した。水の壁、土の壁、炎の渦、風の渦など、4人全員が身を守る術を持っていた。
それに対して忍者たちは7人全員で攻撃を続ける。忍者たちは攻撃力よりスピード重視とはいえ、人数で勝る状況なら火力は十分。敵が倒れるのも時間の問題……のはずだった。
「ぐわあああッ!?」
攻撃に夢中になっていた忍者の1人が、どこからか飛来した矢を食らって倒れる!
「なっ……! さらに4人の伏兵だと……!?」
鎧武者たちは隠れている敵をおびき出すエサだったのだ。重武装ゆえに動きがノロく、数もそんなに多くないとなれば、一斉攻撃で殲滅しにくるのは目に見えている。
一斉攻撃とはつまり戦力が丸見えになるということ。人数、武具、技能、得意戦術に至るまで出し惜しみしないから一斉攻撃なのだ。
そうして把握した敵に対して隠れていた4人が攻撃を仕掛け、逆に一気に殲滅する! 動揺した忍者たちの攻撃の手は緩み、防戦一方だった鎧武者たちも攻勢に転じる!
これぞザイリンの攻撃的防御! 完全に形勢逆転……のはずだった。
「ぎゃあああッ!?」
攻撃に夢中になっていた弓使いの首に、雷を帯びた刃が通る!
「こっ、こいつは……トラヒメッ!?」
弓使いの仲間が恐れおののく。大将ザイリンが要注意人物に挙げてたプレイヤーが突然物陰から奇襲を仕掛けてきたのだ!
「お前の相手は役割じゃないんだがぁ!?」
トラヒメに近づかれる前に彼女の周りの護衛を減らせと言われていた彼らにとって、トラヒメの急接近はまったくの想定外だ。
なんとか応戦しようと武具を構えるも、森の地形を生かしたヒット&アウェイを繰り返すトラヒメを捉えることはできなかった。
結果として最初の一撃から約25秒、回数にして4度の【雷充虎影斬】フルチャージによる神速抜刀で1つのパーティが全滅した。
その間に忍者衆は鎧武者たちへの攻撃を再開し、なんとかこれを撃破。一連の戦いで最終的に敵戦力を8人減らすことに成功した。
……が、犠牲者ナシというわけにはいかなかった。最初に矢を食らった忍者は鎧武者の攻撃によって撃破され、忍者衆は残り6人となってしまった。
「敵の罠だということに気づかず、申し訳ない……!」
忍者衆の中でもリーダー格の男がトラヒメに謝罪する。しかし、トラヒメは特に気にする様子もなく、先に進もうと促す。
「囮作戦でも戦力が減るのは一緒ですし、それなら敵の戦力を多く削れる今の作戦の方が正解だったと思います。下手に敵を残して背後を取られる方が怖いですからね」
トラヒメは今の戦いに満足していた。【雷充虎影斬】を最大までチャージするためには、右手を刀の柄に置き続けるという窮屈な姿勢のまま、敵の攻撃を回避する必要がある。今の戦いはそれを十分に実行できていた。
ザイリンと戦う前の前哨戦で4人を斬り、全体で8人も敵戦力を削れたのなら結果オーライだろう。バリバリの武闘派であるトラヒメはそう考えていた。
「これから先、敵と出会った時はかく乱を優先してください。上手く敵の意識を乱してもらえれば、その間に私が全部斬りますので!」
「……はい、了解しました!」
忍者たちはもう疑わなかった、トラヒメの実力を。彼女をザイリンの前に送り届ければ、自分たちの陣営が勝利する。そんな共通意識が忍者衆の間に生まれていた。





