Data.102 水先案内人
「まず大前提として、トラヒメちゃんにはひたすら相手の大将……つまり、ザイリンを狙ってもらうことになる! 今回の戰は大将制だから、どれだけ劣勢だったとしても相手の大将さえ倒せれば勝てるのさ!」
「はい、それは重々承知してます」
「なら、よし! それで具体的な移動ルートだけど、南の森林を直進して敵陣のある東の丘に向かってもらうことになるよ」
「南の森林……!」
この戦場には東西に2つの丘があり、その丘の間に平原が広がっている。そして、それらを挟み込むように南北に2つの森が広がっている。
この森は姿を隠しながら敵本陣のある丘に接近するのにうってつけなため、奇襲および暗殺を行うためのルートとして広く知られている。
そう、広く知られているということは、当然ザイリン側も森から敵が来ることは警戒しているし、なんなら向こうもリュカさんを暗殺するための部隊を送り込んでくる可能性が高い。暗殺チーム同士が森の中でぶつかるなんてことも全然ありえる!
「戦場の地形をよく知らないトラヒメちゃんを最短ルートでザイリンまで送り届けるため。そして、立ち塞がるであろう敵の戦力からトラヒメちゃんを守るため。私たち『烏合の衆』の中でも選りすぐりの精鋭たちをここに集めたわ!」
リュカさんの言葉を合図にシュタッと地上に降り立ったのは……忍者! それも1人や2人じゃない……7人の忍者が目の前に現れた!
「トラヒメちゃんのスピードに合わせるためには、それなりにスピードにこだわったメンバーを選ぶ必要があった。となると、それは必然的に忍者になる……! 烏合の忍者衆が水先案内人だよ!」
「よ、よろしくお願いしま……あっ、マキノもいるじゃない」
「そりゃ私だって忍者だもの」
知らない顔ぶれの中に見知った顔がいるのはちょっと嬉しい。私、人見知りだからね。
「あなたも含めて8人の暗殺部隊……。現在の戦力が80人と考えれば、これはなかなかの大戦力よ。でも、それも当然のこと……。この戰の勝ち筋はあなたがザイリンに勝つこと、ただそれだけなんだから。頼りにしてるわよトラヒメ」
「……なんか、昨日よりもっと素直になったねマキノ」
「わ、悪い!? 私はただ事実に基づいた現状の分析を述べたまでよ! 全体の戦力で劣る以上、正面から戦って勝つのは難しい。森林ルートを使った奇襲を成功させることが、最も現実的な勝ち方なのよ」
「うん、それはわかってる。でも、ザイリンだってそのことは考えているはず……」
「ええ、間違いなく奇襲に備えて本陣の防御は強固なものになっているでしょうね。でも、それでいいのよ。本陣に戦力を留めれば、前線の戦力は削れる。結果として、本来不利であるはずの平原の戦いを有利に進められる可能性が出てくる」
「平原の戦いが劣勢になったら、ザイリンも防衛のために待機させている戦力を前に出さざるを得ない。すると、今度は私たちの奇襲が通りやすくなる!」
「私たちの勝ち筋がトラヒメなのは事実だけど、だからといって他のプレイヤーが不要なわけじゃない。全員が頑張らないと、勝ちなんて拾えないわよ!」
マキノの言葉に忍者たちやリュカさんがうんうんとうなずく。勝つためには戰に参加する『烏合の衆』のプレイヤー全員の力が必要なんだ!
「トラヒメさんが奇襲を成功させるまで、私は全力で前線を維持しますからね!」
うるみは全体回復能力や全体弱体化能力を買われて、最前線となる『谷間の平原』に配置される。正直な話をすると、私も複数人が入り乱れる戦場には興味がある。でも、今回はザイリン……一番の強者との対決を優先する。
「アタシは本陣でどんと構えてるよ! ヘマして死んだら終わりだし、あんまり前に出れなくて申し訳ないけど、これが今回のアタシの役目だから……!」
リュカさんは本陣のある西の丘で待機だ。とはいえ、リュカさんには飛行能力を持つ召喚獣たちがいる。謙遜しているけど、後方でもそれなりに戦いを支援できるはずだ。
「そういえば、ゼトさんは来てるんですか?」
「ああ、私よりも早く戦場に来てたよ。今どこで待機してるのかはわからないけど、あいつのことだから、きっと勝つための作戦でもあるんだろうね」
「それは心強いですね」
ゼトさんは絶対に戰に参戦するとは思ってたけど、居場所までは掴めずか……。あの人からは強者の匂いを感じてならない。私と一緒に奇襲作戦に参加してくれれば、成功率はぐんと上がる。
でも、人には自分だけのこだわりがある。1人で戦うというのなら、それもまた正解だ。
「さて、開戦前の立ち位置だけど、アタシたちは西側を区切る青白い結界の中しか動けない。いきなり敵本陣の手前で待機……みたいなことはできないのさ。だから、青白い結界のギリギリで待機して、開戦と同時に東へ進攻する!」
「了解です!」
「正直、厳しい戦いになるよ……。でも、少し前に比べれば全然勝てる戰になってる! もし私たち『烏合の衆』が勝ったとしても、それは奇跡じゃない。ただ実力で、チームワークで、勝ち取っただけなのさ! だから、胸を張っていこう!」
「おーーーっ!」
みんなの声が丘の上にこだまする!
開戦まであと少しの緊張感。いや、期待感? とにかく負ける気だけはしない!
◇ ◇ ◇
そして、時は流れて開戦直前――。
私の目の前には半透明の青白い結界、その先に広がる南の森林がうっすら見えている。
私を守る忍者衆の人たちは物陰に隠れているから、その姿を見ることはできない。でも、マキノだけは私の隣で開戦の時を待っている。
「ねえ、マキノ。戰の前に伝えておきたいことがあるんだけど……」
「ちょ……! 何よいきなり! へ、変なことじゃないでしょうね……」
「うーん、ちょっと変かな。というのも、このゲームって忍者になる人多くない?」
「……はぁ?」
「町中を歩いてても忍者をよく見かけるし、バトロワでも忍者と戦ったし、今日は忍者の人たちと一緒に戦うわけじゃない? だから、忍者って人気なのかなぁって」
「あのねぇ……忍者は人気に決まってるじゃない! 和風VRMMOで何になりたいかと聞かれれば、忍者になりたいって言うのが普通なのよ! そもそも職業の選択肢がそんなにないのよね、和風のゲームって。忍者か、侍か、あとは巫女とか? その中じゃあやっぱり忍者がナンバーワン!」
マキノって忍者であることに相当こだわりがあるタイプだったんだ……。
「ちなみに私は『くノ一』じゃなくて『女忍者』だからね。女を武器にここでは言えないような手段で情報を集めるんじゃなくて、バリバリ敵を倒す隠密戦闘派だからね。そこんとこ、よろしく……」
《ボオオーーーーーーーーーッ!!》
鳴り響くほら貝の音色。これは……開戦の合図だ!
「ウソ……! この流れで開戦!?」
「いくよっ、女忍者のマキノさん!」
「ちょっと、からかわないでよねっ!」
最終的に集まった『烏合の衆』の戦力は……120人! 『隙間の郎党』およびその仲間の組合で構成された『隙間の連合軍』と同数の戦力を集めることに成功した!
その120人のうちの大多数は戦場の中央に広がる『谷間の平原』で敵とぶつかり、押し合いへし合いで前線を相手の方に押し込む役割を負っている。
そして、そこに含まれない少数の戦力は大将を守るために本陣で待機するか、南北に広がる森を駆け抜け敵の大将へ奇襲を仕掛けるか、2つに1つだ。
敵がどの方面にどれほどの戦力を置いているかはわからない。でも、私のやるべきことはわかりきっている!
「首を洗って待ってなさい、ザイリン!」
大将の首を斬る……それだけだ!





