Data.101 戰の掟
「あ、トラヒメさん! おはようございます!」
「おはよう、うるみ」
すでにログインしていたうるみと合流。私1人じゃ戦場に着く前に迷子になっちゃいそうだからね。
「では、時間の余裕もそこまでないですし、戦場に向かうとしましょうか。あ、自分が戰で使う道具類は昨日のうちに揃えてありますよね?」
「うん、問題ないよ」
道具……これがまた戰では重要になってくる。普段の冒険で道具は異空間的なアレ、通称アイテムボックスに収納されている。だから、いくらでも持ち歩けるし、いつでも取り出せる。
それが戰となると、そうはいかない。戰ではアイテムボックスは使用不可で、リアルと同じように道具を取り扱う必要がある。
道具をたくさん持ち歩くには入れ物が必要になるし、たくさん持ち歩けば持ち歩くほど重荷となって動きを鈍らせる。
それは装備に関しても同じだ。刀を2本持ち歩きたいなら、常に2本腰からぶら下げる必要がある。必要に応じてボックスにしまったり出したりして切り替える戦法は使えない。
とはいえ、私の場合はそこまで困ることはない。刀を切り替えて戦う機会は今までもあったけど、基本的には鹿角刀1本に頼る場面の方が多かった。
優れた斬れ味とやや長めの刃、少々重みはあるけど、過酷な戦いでも壊れない頑丈さ……鹿角刀は素晴らしい。このゲームでは誰よりも付き合いが長い相棒だ。
『VR居合』の時は刀そのものに愛着を抱くことはなかった私だけど今回は特別。鰻斬宝刀には悪いけど、今回は鹿角刀1本で戦う。
もちろん、持てるなら2本持っておいた方が戦いの幅が広がるし、もしもの時も安心ではある。ただ、刀を2本持つと重さで私のスピードが殺されてしまう……。こればっかりは仕方がない決断だ。
「着きましたよトラヒメさん。ここが双丘の竹林、西側の丘です。私たちが所属する『烏合の衆』の本陣がある場所です」
「ここが……! でも、なんか結界みたいなのが張ってない?」
うるみが指差す先には、青白い光の壁が立ち塞がっている。
「それはこの先が関係者以外立ち入り禁止だからですよ。戰の6時間前には戦場が区切られて、部外者は一切立ち入れないようになるんです」
「それって、無関係な人がここを探索できなくなるってことよね?」
「はい、そうなりますね。はた迷惑な仕様かもしれませんが、仕様は仕様ですので……。まあ、一応『双丘の竹林』および『谷間の平原』は探索しつくされて特に旨味がない場所とは言われてますけどね」
「なら、よかった……のかな?」
仕様にビックリしつつ、青白い光の中に入っていく。私たちは関係者だから当然弾かれることはない。
その後は丘を登り、高いところにある本陣を目指す。リュカさんは大将だから、当然本陣にどっしりと構えているはずだ。
「あわわわわわ……。どうしよう、勝てるのかなアタシたち……。そもそも、ちゃんと人は集まるんだろうか……。今で大体80人ってところだし、以前よりはかなり集まってるけど、相手は120人だし、贅沢を言えばもっと欲しいよねぇ……」
どっしりとはしてなかったけど、布で仕切られた陣の中にリュカさんはいた。
ここに来るまでにあわただしく動いている人たちをたくさん見かけたから、そこそこ戦力は集まってると思っていたけど、80人は結構な数だ!
一番最初にリュカさんから戰の話を聞いた時は、『烏合の衆』のメンバー200人中40人しか集まらないって言ってたし、そこから考えれば戦力は2倍になっている!
私たちが『月読山』で異名持ちを倒したり、バトロワで優勝したりして雰囲気を盛り上げてきたのは、決して無駄じゃなかったんだ!
「リュカさん、おはようございます」
「あ、トラヒメちゃん……! えー、コホンッ! よく来てくれたねぇ! トラヒメちゃんがいてくれたら100人力だよ! 今日も期待してるから……!」
私は刀に関してはプレッシャーに強いからいいんだけど、ここまで期待を前面に押し出してくるリュカさんはなかなかすごいと思う。普通の人なら重荷になりそう。
「話、聞こえちゃったんですけど、戦力は今80人くらいなんですね」
「まあ、そんな感じだねぇ。組合のメンバー全員にメッセージを送って参加を呼びかけてみたんだけど、ウチはそもそも緩い繋がりを看板に掲げてる組合でさ。断るのもまた当然の権利なんだよ。むしろ前日の時点で正式に断りのメッセージをくれた子には感謝しないとね!」
「それはそう……ですよね」
「もちろん、やる気を見せてくれた子もいたし、迷ってる子もいた。というか迷ってる子が一番多かった! だから、開戦の直前の直前まで戦力がどうなるかはわからない。勇気を出してくれることを祈って、待つくらいしかできないのさ」
私はほとんど『烏合の衆』のメンバーと会ったことがない。だから、その性格もわかりはしない。リュカさんの言うように、それに関しては祈って待つとしよう。
「敵の方の戦力は……120人で確定ですかね?」
「ああ、それは間違いなさそうだね。『隙間の郎党』はそういう組合だし、連合を組む組合もちょっとやそっとで戦いから抜けるような無責任なところは、最初から選んでないみたいだよ。あの『惨堕亞暴琉斗』を連合に加えても、零番隊の方は加えなかったりね」
「へー、『惨堕亞暴琉斗』に零番隊なんてあったんですね」
「いや、これがちょっとややこしい話なんだけど、『惨堕亞暴琉斗』と零番隊は別の組合なんだよねぇ~。熱狂的で厄介なファンが作った非公式の隊みたいな感じで、こいつらは本隊と似て非なる別物なのさ」
「そ、そんなことがあるんですね……」
「そうなのよね……ネットの世界って。それでこの零番隊は素行が悪い奴らの集まりで、人としてとて信用できる集団じゃないのよ。でも、ゲームの実力だけは本隊よりも強い! だけど、ザイリンは自分の連合軍に彼らを招き入れることはなかった。プレイヤーの人格も最低限チェックしたうえで戦力を固めてるってことね」
それはつまり、仲間割れなどには期待できないということだ。少なくとも表面上では連携を取り、1つの軍団として動ける状態にはなっている。
だが、それはこちらも同じだ。ここにいるメンバーは戦う意思があるからここにいる。劣勢になっても戦いを投げ出すことはない……と思いたい。
「まあでも、相手が何で戦力を固めようと、こっちにはすべてを切り崩すトラヒメちゃんがいる! これからトラヒメちゃんを敵陣まで送り届けるための作戦を確認するよ!」
「りょ、了解です!」
相変わらずプレッシャーのかけ方がすごい!
でも、それも納得せざるを得ない。リュカさんは大将なんだ。自分が死んだら戰に負けるというプレッシャーを背負っている。そりゃ他の人間にもプレッシャーをばら撒きたくなるって!
リュカさんの心の平穏のためにも、素早く決着をつけよう。私はそう心に決めた。





