Data.10 隙間の郎党
トラヒメこと姫神優虎がログアウトした後も、電脳戦国絵巻の世界は動き続ける。彼女が中殿竜美と買い物をしている今この瞬間も、ゲーム内では無数のプレイヤーがうごめいている。
電脳戦国絵巻の舞台となる大陸には、6つの国が存在する。
その中でも大陸の中央に位置し、他の5つの国に囲まれるような形で存在しているのが『無の国』だ。プレイヤーが最初に送り込まれる始まりの町『いろはに町』もこの国にある。
プレイヤーはまず無の国で装備を整え、技能を増やし、戦いを学ぶ必要がある。他の国は無の国よりも出現する魔物が強く、フィールド環境も厳しい傾向にある。初心者がいきなり足を踏み入れても良いことはあまりない。
逆にある程度力をつけたプレイヤーが無の国を拠点に活動し続ける理由もあまりない。無の国は難易度が低い反面、手に入る装備や技能もそこそこ止まりだからだ。さらに上を目指すなら、厳しい他国での冒険が必要になる。
以上のことから初心者とトッププレイヤーは自然と住み分けられ、狩場の独占などのトラブルも起こりにくく、みな自分に合った難易度で冒険を楽しめる。
それに『電脳戦国絵巻』はひたすらモンスターを狩って経験値を稼ぎ、レベルを上げつつ金を稼ぐ必要がある一般的なMMORPGとは少しシステムが違うため、言うほど1つの狩場にプレイヤーが殺到することはないのだ。
おかげでゲーム内はとても平和……というわけでもない。なぜなら、このゲームには『ツジギリ・システム』という他のプレイヤーを直接的に攻撃できるシステムが存在するからだ。
もちろんツジギリ・システムはルール違反ではないし、どのプレイヤーも使うことが許されている。上手く扱えば自分のステータスを効率よく強化できるのも事実だ。
ゆえに一部の中堅プレイヤーたちは、厄介者と思われることを承知で他者を狩る。自分たちの前を走るトッププレイヤーに追いつき、追い抜くにはそれが必要だと思っているから。
あの隙間鼠の異名を持つ男ズズマが所属している組合も、そんな考えを持った野心家が集まるチームだった。
「なぁ~にぃ!? うるみの技能を奪い取るどころか、返り討ちにあって自分の技能を失っただとぉ!? それじゃあお前……技能盗りが技能盗られじゃねぇか!」
「面目ねぇ、ジャビの兄貴……! でも、返り討ちにあったんじゃなくて、技能を奪って逃げている時に他の奴にやられたんす!」
「結果的には一緒だろぉ!?」
縮こまるズズマを怒鳴りつけている大男の名はジャビ。組合『隙間の郎党』のサブリーダーで、隙間蛇の異名を持つ。
彼はズズマの失態に対して怒り狂っており、その2メートル近い巨体と盛り上がった筋肉がぷるぷると震えている。
「び、微妙に違うんすよ! 俺を倒したのは【命の雨】の所持者うるみじゃなくて、まったく関係ないトラヒメって奴だったんす! 【体力増強】を取り返すならトラヒメを狙わないといけねぇ!」
「それはおめぇ……確かに話が変わって来るな! なるほど、俺らと敵対しようっていう命知らずがまた1人増えたってわけか!」
ジャビは大きな体を揺らしてうなずく。
それを見てズズマはやっと一息つくことが出来た。
組合『隙間の郎党』は、無の国に存在する『針岩山』を根城とし、各地でルールにのっとった悪事を働いている。悪事を働く理由はやはりトッププレイヤーに挑むため。ズズマによるうるみの襲撃はその計画の一部だったのだ。
しかし、トラヒメにまで襲いかかったのは完全にズズマの独断であり、判断ミスであった。
「だが、よくよく考えるとたくさんいる敵がまた1人増えただけだろ? 誤差の範囲だ! どっちもちゃっちゃと倒しちまえば解決じゃねぇか! なぁ、ザイリン!」
ジャビの後ろに控えるもう1人の男……『隙間の郎党』のリーダーを務めるザイリンは静かに口を開いた。
「そうだな……。どうあっても広範囲かつ複数の対象を同時に回復できる【命の雨】を奪う計画は変わらないし、ズズマの【体力増強】も取り返す必要がある」
「そうだよなぁ! やられっぱなしじゃ舐められるぜ!」
「もちろんメンツのためでもあるが、これからの戦いに必要な技能だから奪うということを忘れてはいけない。なぁ、ズズマ?」
「は、はいっ! わかっていますっす!」
油断していたズズマはいきなり話を振られてビックリする。
ザイリンはそれに構わず話を続ける。
「このゲームには蘇生手段がない。体力がゼロになれば問答無用でデスペナルティを受け、町へ強制送還されてしまう。だからこそ、体力を維持するために強力な回復技能が必要だし、そもそもの体力も増やしておく必要がある」
ザイリンは戦国の世界観に合わない金の髪を持った細身の男だ。しかし、その威圧感は巨体のジャビを上回る。
「しかしながら、そのトラヒメというプレイヤーは少し気になる。防具は初期のまま、武具もその場で手に入れたばかりの刀を振るっていたという話だが……事実か?」
「へっ、へい! それは間違いありません!」
「ならば、このゲームに関しては初心者ということだろう。しかし、刀の扱いに関しては初心者と考えにくい。『電脳戦国絵巻』の武具は割とリアル思考。重量もそれなりにある。ゲームにも刀にも触れたことがない人間が、突然刀を持たされてズズマに勝てるとは思えない」
「じゃあ、トラヒメはリアルで刀を振るっているってことですか!? この22世紀に!?」
「……いや、他のゲームタイトルから乗り換えてきた刀使いのプロゲーマーあたりが現実的だと思うが、そこのところは調べたか?」
「ええ、俺もその可能性は考えたっす。でも、今のところ名の通ったプロゲーマーが『電脳戦国絵巻』に移動してきたという話は出てないっすね」
「ふむ……。情報通のお前が言うなら間違いないな。要するにまだ世に知られていない才能が眠っていたということだ。とても気に入らないな。そのポジションは俺が狙っているというのに……」
ザイリンは微かに笑みを浮かべ、ジャビの方に向き直る。それに気づいたジャビは彼の意図を察してニヤリと笑う。
「若い芽は早めに摘んでおけと言いたいんだろう?」
「その通りだ。今度はお前が行け。決して油断せず、いつも通りにやれ」
「おう! いつも通り不意打ちでビビらした後、大人数で囲い込んで殺してくらぁ!」
「それでいい。上には上がいるとわからせてやろう」
「よし! じゃあ、早速野郎どもにトラヒメの捜索を命令して……おう?」
隠れ家から出ていこうとするジャビの前にズズマが立ちはだかる。
「待ってくだせぇ兄貴たち! 俺もあいつを倒してぇよ!」
ズズマの懇願に対し、ザイリンは首を横に振った。
「技能を奪われ、デスペナルティまで受けている今のお前を同じ相手にぶつける理由がない。俺たちの組合を強化するプランは他にもある。お前はそっちを進めるんだ」
「しかし……!」
「いくらイキのいいルーキーとはいえ、組合の上位3名のうち2名は過剰だ。無駄な労力を割くことは、トップの奴らに差をつけられる原因になる。お前は今まで通り情報を集め、有用な装備や技能の獲得に動け。情報の取捨選択、真実を見抜く嗅覚は誰よりも優れているのだからな」
「わ、わかりました……! 俺は俺の役割を果たします!」
「ああ、頼んだぞ」
ズズマが引き下がり、この場に残ったのはザイリンとジャビだけになった。
「そろそろ俺たちと同等の中堅組合を1つくらい潰したいと思っていたところだ。戰は準備が命……。ここが頑張り時ってことだな。ジャビ、そっちも頼んだぞ」
「ああっ! 久々に面白い初心者狩りが出来そうだ……!」
作戦会議は終わり、郎党たちが各地に散らばる。彼らの魔の手が迫っていることを、現実世界でお料理中の優虎は当然知らない。





