1-61 隣村へ(お仕事モードで)
近所でいただいた藁のシートを敷き詰めた我が家の『韋駄天壱号』は初の運行開始となった。
もう試運転は終了しており、車輪や軸の耐久性も少し改善が行われ、マイナーチェンジ済みだ。
今のままでも通常の速度なら十分なのだが、引いているのが一応は魔物さんなので、かなり速度は出そうな気がする。
車を引くのは得意と言っていたしな。
ただ道が荒れているので、あまり速度は出ないだろう。
通常の荷馬車の時速五キロでも十分早いのだが。
あれでも四時間で隣村まで着くからな。
こいつもスキルで増やしてあるので、無理遣いして壊れたって交換はきく。
さて、いざ出かけようかという時になって、村長の息子のゲイルが汗をかきかき駆けてきた。
「おおい、隣村まで行くんだってな。
わしも乗っけていっておくれ」
「おや、あんたがあっちの村まで行くだなんて珍しいな。
どうした」
そう言って彼に手を差し伸べるカイザ。
彼が韋駄天壱号に上り、藁の座布団に座ったのを見越して、俺はフォミオに出立の合図をくれた。
彼はにっこりと笑って車に取り付けられた鉄棒を引き歩き出した。
何しろ身長三メートルはあるので、腕をほぼ伸ばし切って引く感じになるかなと思っていたので、もっと引きにくいのかなと思ったが、案外とそうでもない。
よく考えてこのフォミオは、足は短めで腕が異様に長い、やはり人間とはやや異なるフォルムの持ち主なので、余裕の体勢で引き始めた。
あの三メートルはある高身長で、幼女様の手を引いて歩けるほど低い位置に手があるからな。
まるで人間の幼子の子守りをするためだけに生まれてきたような魔物だ。
フォミオが気を使って引いてくれているので、この荒れ地でも乗り心地はまあまあだ。
淡々と歩くだけの馬と違って、こいつは常に地面の起伏に合わせてリアルタイムに歩幅、膝の曲げ具合、速度、腕の曲げ伸ばしなどに気を使い、自分の巨体を利用してクッションを利かせ、乗り心地優先にしてくれている。
それでいて、こののんびりモードでも普通の馬車よりは若干早い。
時速六キロくらいは出ていそうな感じだ。
やろうと思えばもっと速度も出せるのだが、わざと抑えてあるだけなのだから。
だからフォミオは『街道整備』にも言及している。
魔王軍は、そうやって歩兵や兵站を担当する部隊の進軍速度を上げているのかもしれない。
いやマジでパネエぜ、魔王軍。
なんかこう、こいつと付き合っていると魔王軍上げの言葉しか紡げなくなってくる。
もしかしたら、これも洗脳の一種なのかもしれない。
「実は隣村で村長と会合せんといかんのだが、向こうが来られないようでねえ。
うちの親父もそうなんだが、神経痛が酷いらしくてトイレに行くのも一苦労だそうだ。
向こう方面に行く荷馬車が都合つかんくてね。
さすがに、わしも歩きであそこまで行くのはしんどい。
そうしたら、お前達が荷馬車に敷く藁を貰いにきたというんで、慌てて来たんだよ」
「そうだったのか、そいつは大変だな。
うちのは普通の荷馬車よりも広めだから大丈夫だ。
安心して乗っていってくれ。
打ちのメンバーのうち二人は小さな子供だしな。
会合はどれくらいかかるんだい」
「まあ二時間っていうところじゃないかな。
今から行って会合が終わったら、飯を食った後で今日中に帰ってくるという感じか」
「ああ、それなら大丈夫だ。
たぶん、うちの方が待たせる事になるだろうよ。
何しろ、うちの子達が初めて隣村まで行くんでな」
「なあに、今日中に帰ってこられればいいさ。
たまにはのんびりしよう。
最近は親父もあんな具合だから忙しくて敵わん。
畑の具合も気になるし」
「ここの村長は、本業以外に務めるボランティアみたいなもんだから大変だよなあ」
「まったくだ。
誰か替わってくれよ」
「無理だな。
代々、お前のところがやると決まっているんだ。
元々は神殿を治めていた家系だろう。
今は形骸化してしまって、神殿で儀式があったって呼ばれもしないが」
そう言ってカイザが屈託なく笑う。
いつもは些か厳しめな表情をしている彼も、今日は娘達とお出かけだというので、少し表情も柔らかくよく笑う。
「お前さんだって当該案件担当の役人なのに、儀式があったって呼ばれないじゃないか」
「仕方がないよ。
俺なんかは日頃の現場担当の役職だ。
いざって時には偉い人達が出てくるんだから。
むしろ呼ばれない方が気楽だ。
何しろ俺は……」
「それは違いない。
はっはっはっは」
旧知の仲同士で語り合い笑い合う大人達がお仕事モードのマシンガントークなので、せっかくの初隣村行きなるも、快適な乗り心地と揺れも相まって幼女様方はあっという間に轟沈なさった。
初めての景色が拝めなくて勿体ないけど、まあ無理もないかな。
まだこの村も出ていやせんのだがね。
代わりにフォミオが満喫しているよ。
もっぱら体全体で。
いや楽しそうだな。
今日に限らず、こいつはいつも本当に楽しそうだ。
よっぽど、あのザムザのところが嫌だったんだな。
こいつは絶対に雑用仕事が向いていると思うのだが。
むしろ雑用なら世界一レベル?
俺はそんな子供達の様子を伺いながら、昨日の続きであれこれと想いに耽りぼんやりとしていたので、道中で俺達を見つめていた人物の視線に気がつかなかったのであった。
だが精霊のエレだけは違っていたようだった。
鋭い目で辺りを見回し、一人だけ場違いな緊張を纏わせているようだった。
「ん?
エレ、どうかしたかい」
「ああ、何でもないよ、なんでも。
子供達はよく寝ているね」
「ああ、まあその方がいいかもな。
向こうへ行ってから、たっぷりと楽しめるんだ。
今の内に体を休めておけばいい」




