1-58 伝令
結局、子供達は動物っぽい小さな置物にチャレンジしたようだ。
なかなか可愛らしく出来ていて幼稚園や小学校の頃を思い出した。
あの頃の俺はどんなものを作り、どんな夢を粘土に込めたのだろうか。
もうまったく思い出せない。
今は異世界で粘土を捏ね、それを用いて兵器なんかを作ろうとしている。
俺は追加で可愛い猫の箸置きと、おつまみを置くための分厚い和風料理皿に挑戦したのだが、どうにも不格好でカイザの事を笑えそうもない。
あえて形を歪に作り、侘び寂びを現わそうとしたのだが、なんだか不格好に歪んでしまっているだけだ。
こんな物を作るのは初めてで、子供の頃に一回親父に付き合って陶芸教室へ行った事があっただけなんだよな。
あの時も湯飲みだったけど、あそこにはろくろがあったからなあ。
ああそうだ、足で回す奴でいいならフォミオに頼んで、ろくろ製作にチャレンジしてもらえばいいんだ。
あいつならば、きっとやってくれるはずだ。
いっそフォミオに回してもらっても!
いや全部フォミオに作ってもらった方が絶対に早いよ。
出来も素晴らしいのに決まっているし。
そして、そろそろ日が暮れてきたので子供達のお腹が鳴った。
頃よく台所からいい匂いが漂ってきたのだ。
「皆さん、もうすぐ御飯ねー。
もうちょっと待ってねー」
「わーい」
「いい匂い!」
俺も陶芸の時間は終わりにして、製作物を陰干しにした。
直射日光で一気に乾かすと割れそうだし。
「今日は御近所さんから鳥をいただきましたので、山羊の乳を使った鳥ときのこのシチューと、隣村パンを使った揚げパンでーす」
フォミオめ、もう近所の人とそこまで溶け込んでいるのか⁉
おそるべし魔王軍諜報部。
よかったぜ、親玉がすぐに部下をぶち殺すような駄目駄目な奴に代わっていて。
魔王軍、人材はともかく人事はからっきしなのだろうか。
きっとトップの魔王が、現場に口を出し過ぎる駄目な組織なのに違いない。
元は人間のくせに長生きし過ぎたので、老害になっているに違いないのだ。
人間軍が魔王軍につけ入る隙があるとしたらそこか。
あれ? 何か外で馬の嘶きがする。
誰か物好きな奴がこんな地の果てまで馬で来たというのか?
「たのもうー」
「あれ、誰かお客さんがきたね。
カイザは?」
「お仕事してるよ。
あたし呼んでくる。
もう御飯の時間だし」
「そうか」
代わりに俺が外に出て、客人に挨拶した。
「やあ、こんにちは。
カイザを訪ねて来られたのですか?」
「いかにも、私は王国通信使モールス・リントンです。
王国辺境砦監視官カイザ・アルクル騎士殿に伝令でございます」
あいつ、そんな名称の役職だったのか。
それにあいつが騎士なんだと?
聞いてねえよ。
それにモールスさんなのに電信ではなくて馬で伝令に来たらしいな。
何か紐で結んだ羊皮紙らしき書簡を手に持っているし。
「ああ、今彼の娘が呼びに行ってくれているから、中で楽にして待っていてくれ」
俺は彼に椅子を薦め、丁度フォミオがポットに入れてくれてあったお茶をカップに注いでやった。
「これは恐縮です」
「あんた、まさか王都から走ってきたのかい?」
「いえ、近隣の街からなのですが、王都からは魔道にて通信が入りますので」
「そうか、ビックリした。
あそこはさすがに遠いよね」
「ははは、王都は遠ございますなあ。
さすがにあそこからでは馬で来ても厳しい。
持ってきた情報が古くなってしまう。
ところで、あなた様はどなた?」
「何、俺はただの居候さ。
どうだい、飯は食っていくだろう?」
「あー、いえ。
今から隣村まで戻らねばなりませんので」
「そうでしたか」
「それに」
彼はニヤリとドヤ顔で笑って、懐から焼き締めパンを取り出した。
それを見て俺はゲンナリしたのだが、アリシャはケタケタと笑い出した。
案外とカイザもこれを持ちネタにしているのかもしれないなあ。
まったくこの王国の連中と来た日には、王様からしてあれだもの。
部下にもしっかりと躾が行き届いているようだった。
まあ腑抜けているよりはいいのかもしれんが。
そこへカイザがマーシャに誘われて現れた。
「ああモールス殿、毎度御苦労様だ。
失礼、机で仕事をしていたので。
何か危急の要件かな」
「王国から危急の連絡です。
それに」
彼は眉を顰めて、カイザに囁くように言った。
「少し風向きがよくない事になった。
王も頭を抱えられておる。
そこで、その指令だ」
「なんだと?」
そして、その書類、どうやら命令書だったらしいそれを見て、カイザもみるみるうちに顔が曇っていく。
そして何故か俺の方をチラっと見るカイザ。
あれ? 何故だ。
俺はもう王国には何の関係もないぞ。
「こいつは……」
「というわけで、君のお仕事の時間だとさ。
まったくなあ」
「ああ、まったくだ」
なんだろうな、あまりよくない事のような気がするが。
そして彼らは外へ出て一頻り話をしていたが、やがて伝令の彼は馬を走らせ帰っていった。




