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3 血風の大神殿

「えー、どうも勇者様は混乱なさっておられる御様子で。

 しかし、それはいきなりお呼び立ていたしましたので無理もない話。

 つきましては、麓にある近隣のアルフェイム城にて事情を御説明させていただきたく存じますが」


 神官の長と思われる者が恭しく蘭丸の前にて膝をついた。

 当の蘭丸は数人がかりで取り押さえられているのだが。


「勇者⁇ なんだそれは。

 あ、あのなあ、ふざけるなよ。

 わしは今から殿のために酒を買って来にゃあならんのだ!

 そこをどけ。

 いや、まずわしを放せ~」


 それはもう気が気ではない様子の森蘭丸は、背後にどっしりと座っている信長の方をチラチラと見ながら焦っていた。


「殿?」

「そうじゃ、そこにおられる信長の殿の事じゃ」


「信長? 殿とは、もしかして貴君の主の事でありますかな」


「そちらにいる者は、どう見てもハズレ勇者にしか見えんのだが。

 鑑定してもランクレスとしか出んのだし」


 勇者のスキルを鑑定する専門の神官が首を捻った。


「ええい、おぬしらは天下に名を轟かせた織田信長を知らんと申すか。

 貴様らは光秀に雇われた傭兵団であろう。

 我が主の名は、またの名を第六天魔王という偉大なお方であられるぞ。

 ええい、控えぬか。

 そしてわしを放せ。

 そろそろ殿の御機嫌が限界なのじゃあ~」


「なんだとおおおお。ま、魔王だと⁉」


「魔王!」


「よりによって、勇者と一緒に向こうの世界の魔王を召喚してしまったのだとー」


「な、なんじゃ」


 神官や兵士達が口々に騒ぐのに森蘭丸が驚くのも無理はない。

 辺りは蜂の巣を突いたような騒ぎとなったので。


「コ、コト王よ、御下がりください。

 こやつは魔王ですぞ。

 あぶのうございまする」


 王? その言葉に首を捻る森蘭丸。

 確かにそこには何やら立派そうな格好をした威厳のある感じの老人が立っていた。

 しかも酷く戸惑っている様子であった。


「はて、南蛮人の王が来ておるのだと?

 確かに外国には王を上に置く国も少なからずあるとは聞くが、南蛮の王とはこのような外国の戦場に身を置くものなのか⁇」


 この迂闊な小姓は、今自分が会話している言葉がすべて日本語だと信じて疑わない。

 何しろ、彼は日本語以外の言語を喋れないからだ。

 きちんと意味は通じているのだし。


「はて、コトなどという王の名が南蛮人の国々の中にあったものかな……」


 時代を先取りし、いつも海の向こうを見据えて、宣教師などとの話にも多くの時間を費やしていた信長に仕えている森蘭丸。

 自然と海の向こうの事情にも多少は明るい。


 だが、その森蘭丸の暢気な呟きとは裏腹に、その殺気だった兵士どもの様に、彼の主が眼に狂気を走らせて音もなくすーっと立ち上がった事にまだ蘭丸は気づいていなかった。


 そして異様な雰囲気に、思わず振り返った彼の眼には【魔王】が映っていた。


「と……」


 思わず後に続く言葉である「の」を喉の奥に飲み込んだ蘭丸。


 そこにあったのは殺気ではなく、周囲の空気まで塗り込めてしまうほどの濃密な狂気であった。


 手には既に抜かれて、刃にまるで濃密な液体を纏わせたかのような殺気を帯びさせて怪しく光る長尺の大刀。


(む、無茶だー。この人数を相手に御一人で。って、いやいやいや)


 そこでようやく自分も周囲の兵士による拘束を振り切って、再びスラリと刀を抜いた森蘭丸なのであった。

 どうにも武人ではなく、小姓根性が身についていた。


 だが、彼は気が付いていた。

 常に主のために逃げ道を捜す習性が身についている小姓の森蘭丸だからこそ気がついたと言えよう。


 それは薄暗がりの中、うっすらと炎に滲む【帰り道】であった。

 蘭丸は知らぬが、それはここにいる彼の主君由縁の次元通路に他ならない。


 もっとも戻ったところで、燃え盛る炎、そして恐れ多くも第六天魔王の首を取りに来た荒くれ者の兵団が待っている。

 後門の光秀、そして前門の魔王を狩る者達。


 だが、さすがにこの勝手のよくわからない場所で、この人数を相手に活路を斬り開くのは無理がある。

 森蘭丸は、慌てて狂気を放つ殿の背後に回ると己の主を促した。


「殿! ここは一旦、元の場所まで引きましょう。

 そこから抜け道までなんとか血路を開いて。

 さすれば、やがて猿どもも援軍に駆けつけてきましょうぞ」


 だが次の瞬間に血路は違う方向へと開かれた。

 そう、逃げ道とは正反対の方向へと。


「ブシュウ」とも「ズバン」っとも言わなかった。


 ピーンと張りつめた緊張が解き放たれた刹那、無音の凶刃が一閃し、そこにいた全ての敵が切断された。

 地上九十センチほどの高さで。


 横一線に断ち、斜めに斬っていないので、敵が倒れ伏すまで僅かな時間を要した。


 その猛然とした血煙が篝火に照らされて妖しく舞った後も、信長は左膝を地に落とし右手で刀を振り切った美しい姿で微動だにしていない。


 まるで芝居か、あるいは何かの折りに繰り広げられる武技の披露のように美しく、またその狂刃は一切の血にも濡れておらず、刃はおぼろな篝火の照らす中、美しい光の衣をまるで刀自身が生きているかの如くに纏っていた。


「ひっ」


 今まで信長を怒らせて成敗された馬鹿者の末路は何度も見てきたが、ここまで凄絶な物は初めて拝んだ。


 しかし、なんという威力の技か。

 多くの離れた場所にいる敵を。たった一太刀で一刀両断にしてしまったのだ。


 このようなものは初めて見た。

 主の放った凄まじい武技に度肝を抜かれた森蘭丸は、目を皿のように見開いたまま大地に根を生やした。


 もしも迂闊に主の前に出ていたままであったならば、彼自身も連中と同じ運命であったはず。


 だが、今度は主君に促されてハッとした。


「蘭丸、何をボーっとしておるか。

 とりあえず、ここからずらかるぞね。

 敵の総大将と思われる王もまとめて一緒に斬ってしもうたからのう。

 これはもう南蛮軍が全軍をもって追ってくるのではないか?

 いやはや、これはまた楽しくなってきたものよのう」


「は?」


 しかし、当の信長はすたこらさっさと、先程までとは打って変わった逃げ足の速さを見せつけた。

 つまり、相当ヤバイ展開だという話なのだった。


 それを聞いて、思わず顔を歪ませながらも正気に返り、大慌てで主に追随する森蘭丸。


「なんという事だ。

 逃げるどころか、敵陣奥深く討ち入る事になろうとは。

 しかも、たった二人きりで!」


 嘆いたところで始まらない。

 何せ、彼の主ときたら『魔王様』なのだから。

 ただの自称第六天魔王が、今度から『異世界の第六天魔王』となるだけの話なのであった。


「おっさんのリメイク冒険日記」コミカライズ8巻好評発売中です。

 頑張ってよく続いております。

 自分が思っていた以上に御支援をいただけているようなので、このまま行けば、そのうちには帯に部数が載るのではないかと密かに期待しておるのですが、如何なものでしょうか。 

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