３－４７　勇者の翳り

　ナナには「王都まで空から送ってやろうか」と言ったのだが、奴は固辞して、王家の紋章付きの例の馬車で護衛の騎士を引き連れながら地道に帰っていった。

　道々、王女としての扱いを受けながら、任務の成功を喧伝していくつもりらしい。

　それはもしかしたら国内での『お婿さん探し』のアピールも兼ねているのかもしれない。

　お姫様も案外と大変だな。

「さあてっと。

　なあ……采女ちゃん」

「なあに？」

　俺の少し意味深そうに切り出した話に彼女は少しばかり首を傾げた。

「王都の女の子達を、今晩ここに呼んでもいいか？

　あと国護のおっさんと本家勇者陽彩も。

　特におっさんは若年層勇者の保護者的な意識が強いので、いなくなってしまった君らの事を非常に気にかけていてな。

　君らに会えたら無事な姿をとても喜んでくれるだろうし。

　それに……もう、あのおっさんを楽にしてやってくれ。

　あのおっさんも、あれこれと結構抱えすぎなんだよ。

　俺の事も、物凄く気に病んでくれていた。

　女子全員とあの二人は俺とも交流があるし、君らの事を王国には内緒にしておいてくれるだろう」

「そっか……」

　彼女は、しばらく真剣な表情であれこれと秤にかけるような感じで考えていたが、軽くはにかんだような笑顔を添えて頷いた。

「いいよね、佳人ちゃん」

　姉に促された彼女は、何故か硬い表情をしてずっと俯き加減にしていたのだが、数秒の間を置いて無言で小さく頷いた。

　これは何かあったか？　

　おそらく脱走の原因になったのは妹の方で、今まで聞いた限りでは、きっと妹思いの姉の方が容認できないような事態が襲ったのだろう。

　多分、今まで聞いた話からすると、勇者である事からくる戦闘なんかに関わるような精神的な内容のはずだ。

　だが、俺があのヤンキーどもに対して抱くような感情とは異なり、王都の勇者達を絶対忌避というわけではなかったようだ。

　結構仲良くしていたみたいだしな。

　これは少し気に留めておくとするか。

　これは、もしかしたら俺が思っていたよりもずっと深刻な内容なのかもしれない。

　とにかく、この子達が精神的に孤独であるのはよくない。

　俺だけではなく、同じ日本の女子達や保護者的立ち位置のおっさんに、生粋の勇者である陽彩、せめてこれくらいの人間は今も彼女らの味方であると心に留め置いてくれれば、きっと精神を病んでしまうような事もあるまい。

　それは、ハズレ勇者として荒野を一人絶望だけを友に彷徨った俺には痛いほどよくわかるのだから。

　カイザ一家が、あの村やベンリ村の住人達が、一体どれほど俺の荒んだ心を癒してくれたものか。

　今も俺は、心の底からあの場所を離れたくない気持ちでいっぱいなのだから。

「じゃあ、決まりだな」

　

　俺は通信の宝珠を出して泉を呼び出した。

「あ、もしもし泉～。

　あのさあ、今日ビトーの冒険者ギルドでまた新人の歓迎会をやるから、みんなで遊びに来ない？

　というか、実は秋祭りのメンバーに全員来てほしいんだ。

　ちょっと訳ありでなあ」

「あら、もう仕事終わったんだ。

　早かったね」

「ああ、これはお前の上司である王様には内密にしてほしいんだが、件の冒険者ギルドの新入会メンバーの中に、あの子達二人がいる」

　一瞬の沈黙の後に、彼女は声を潜めつつも驚きを子機からの通信に乗せてきた。

「え、マジで⁉

　それってあの二人の姉妹の事だよね」

「そうだよ。

　今晩、忙しいかな」

「いや、今日は暇。

　例の小競り合いも、もう収束したみたいだしね。

　あたしも少し待機命令が出ていたけど、特に出番もないまま待機が解除になったよ。

　一応、みんなを誘ってみるわ。

　ただ、ちょっと心しておいてね。

　別にそれが直接の原因で出ていった訳じゃないんだけど、女子メンバーの内の一人と妹ちゃんの方が、その、かなり揉めたのよ。

　どちらの言い分も無理のない話だったんだけど、ちょっとその子の言い方も悪くて。

　彼女も宗篤姉妹が出ていった後で後悔していたから、多分誘えば来てくれると思う」

　やっぱり、そういう話があったのか。

　まあなんだ、そのあたりの話については泉と坪根濔の姐御の奮闘に期待しようか。

　別に今すぐあの姉妹が王都に戻るわけでもないし、その場でさっと仲直りとかできなくてもいいんだから。

　ほんの少しだけ心のしこりというか、蟠りのような物が多少でも解ければ、今はそれでいい。

「わかった。サポはよろしくな」

「まかせて！

　じゃあ、連絡したら迎えに来てちょうだいね」

「イエスマム！」

　それから時間もない事なので、日頃から用意していた有り合わせでパーティの準備をした。

　有り合わせといっても、俺がデートで王都へ行く度にあれこれと金に飽かせて仕込んでくるので、膨大な種類の料理や酒、材料なども用意されていた。

　別に王家だの貴族だのという面々が集まるようなパーティを開くわけではないので、これで十分間に合うだろう。

　むしろ量の方が重要視されるシーンなのだ。

　それに関しては俺に抜かりはない。

　特にスーバイの鉱石を入手してからは。

　よく有りがちな事で、うちのギルドは結構甘党な奴らも多いので、しっかりと甘味の準備も忘れない。

「今日は青山の姐御も来なさるんで？」

　準備を手伝ってくれている若手の中堅冒険者にそう聞かれたので、俺も笑顔を返しておく。

「ああ、他の勇者の女の子も来てくれるんで、結構美味い物を食わせてくれるんじゃないのかな」

「やったあ」

　それもあるが、勇者は可愛い子が多いので、喜んでいるのはそれもあるのだろう。

　しかし女の子はみんな、日本に帰れなかったら本当にどうするんだろう。

　一生独身か、勇者の男どもと結婚するか、現地の男を取るのか。

　まあどれをとっても結構難しい内容を含んでいる。

　勇者の男は若い奴が少なめだし、その上異世界へ来て妙なテンションで弾けてしまっているのか、何かこう変な奴も多い印象だ。

　それもあって、本来ならお見合いパーティっぽくしてやってもいいのだが、俺も男勇者はイベントなんかでも呼びにくいのだ。

　連中は女子にもあまり評判はよくないしな。