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承 5

 戦場の空気にあてられ、多少足がおぼつかなかったが、それでもアパートが見えてくると無事に帰ってくることが出来たんだな、と何とも言いがたい想いが浮かび上がってくる。


「お兄ちゃん!」


 今日もアパートの入り口で俺を待っていた命が俺の姿を見るなり、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「あ、つむぎさん、こんにちは」


 命は隣に雨潟さんがいることもわかると彼女に挨拶をする。


「こんにちは、命ちゃん」


 挨拶をした後、命は何故か俺と雨潟さんを見比べて、何か言いたそうにしているが、それを口にしようとしない。


「では、廻さん。私は先に行きますね」

「ん。ああ。じゃあ、話したいこともあるからまた後でな」

「はい」


 雨潟さんが命の脇を通って、アパートのほうに向かい、距離が離れると命が口を開いた。


「お兄ちゃん、何でつむぎさんと一緒に帰ってきたの?」

「何でって、そりゃ」


 素直に俺の命が危機にさらされていて、それを狙ったわけのわからない生物から俺を護ってもらうため、ということを口に出来るわけもなく


「偶然だよ、偶然。帰り道で会って帰る方向が一緒だからだ」

「お兄ちゃん、今日、バイトじゃなかった?」

「何で知ってんだよ?」

「一昨日、お兄ちゃんの家のテレビ直したときにカレンダーに書いてあった」

「ああ、そうか。まぁ、今日、バイトはちょっとした用事があって休んだんだよ」

「バイトを休んで、つむぎさんと一緒に帰ってきたの?」

「だから、偶然だっての」

「・・・・・・じゃあ、何で後でつむぎさんとお話があるの?」

「それは」


 明日こそが俺が死ぬとされている日であり、何か対策を立てるための相談をしようと思って言ったのだが、それも言えるわけがなく、どう誤魔化したものか首を捻ったが


「ってか、何でお前にそんなことを言わないといけないんだよ?」

「それはっ、それは、・・・・・・もう!お兄ちゃんのバカ!」


 命にポカポカと殴られる。


 全く痛くはないが、何で怒っているのかわからないので困惑する。


「何だよ?いったい、どうしたんだ?」

「ふーんだ」


 そっぽを向いて拗ねているという意思表示をする命にどうしたものかと悩んだが、ふと昨日から異常事態ですっかり忘れていたが、命が行きたいと言っていた隣町のテーマパークのチケットを先輩からもらっていたことを思い出した。


 入れたはずのポケットに手を突っ込むと、昨日から出来事でだいぶくしゃくしゃになっていたが、それでもちゃんとそこにチケットがあることが確認できた。


「なぁ、命」

「ふーんだ」

「お前にプレゼントがあるんだが」

「ふ、ふーんだ」


 そっぽを向きながらも気になるのか、俺に対してチラチラと視線を向けてくる。


「実は」


 これで命の機嫌が直るだろうとポケットからチケットを出そうと思ったとき、ある考えが閃いた。


 しかし、この考えを実行するためには命にチケットを渡すのは躊躇われてしまうため、ポケットに手を入れたままの姿勢で固まってしまった。


「・・・・・・実は?」

「うっ、いや、実はな」


 そのまま何と言うべきか、言いあぐねていると命の目がどんどんジト目に変わっていき、それでもなお俺が何も言わない、何もしない状態が続くと眦がつりあがっていき、


「お兄ちゃんのバカーーーーーーーー!!」

「いてっ!」


 俺の脛を蹴り上げるとアパートの命が住んでいる部屋へと戻っていってしまう。


「お兄ちゃんなんかもう知らない!これからはお父さんに遊んでもらうもん!」


 ドアを開け、こちらを見ながら怒鳴り、舌を出すと部屋に入り、バタンと荒々しくドアを閉じてしまった。


「確かに俺が悪かったけどよ。あそこまで拗ねることないだろ」


 蹴られた部分を軽くさするとさっき思いついたことに関しても含めて、明日の相談をするために雨潟さんの部屋のほうにまで移動する。


「というか、翔太郎さん帰ってきてんのか」


 命の父親である天理(あまり) (しょう)太郎(たろう)さんは長距離トラックの運転手であり、家にいないことが多い。


 翔太郎さんがいない間はアパートの管理を命の母親である天理(あまり) 鶴子(つるこ)が一人で行っている。


 天理一家とはそれなりに仲がいいので、当然、翔太郎さんとも仲がいいのだが、今日帰ってきているとは知らなかった。いや、もしかすると、昨日、俺が雨潟さんに運ばれた昨日にでも帰ってきていたのかもしれない。


 そんなことを考えながら、雨潟さんの部屋の前に着き、このアパートにはインターホンがついていないのでドアをノックしようとしたときにタイミングよくドアが開いた。


「どうぞ、中へお入り下さい」

「あ、ああ」


 タイミングよく出てきたことに驚きつつも、そういえば、センサーを持っているらしいからそれで俺がドアの前まで来たのを察したのだろうと考えた。


 女性の部屋にしては少々殺風景で物が少ない部屋の奥に進んでいく。


「そちらにお座り下さい」


 彼女が手で指し示した先には座布団が用意されていて、俺はそのままその上に座った。


「それで、お話というのは明日のことについてでよろしいでしょうか?」


 彼女は俺と向かい合う位置にあった座布団に座るとそう切り出した。


「明日が俺の命日なんだろ?それをどうにかするためにも対策を決めとかなきゃならないだろ」

「そうですね。ある程度、行動の指針を決めたほうがいいでしょう」

「で、だ。雨潟さんは俺が死んだってのは知ってるだろ?その死因や場所がわかれば、だいぶ対策が打ちやすくなると思うんだが」


 俺の至極真っ当な意見に彼女は困ったように眉を顰めた。


「それが、ですね。確かに廻さんが死亡されたときの調書が残っていて、そこから死んだ場所などは割り出せたのですがそれが妙なことになっています」

「妙なこと?」

「はい。まず事故にしては原因がわからず、殺人にしては犯人も捕まっておらず、どういった経緯で死んだのかが当時の警察ではわからなかったみたいです」

「迷宮入りってやつか。とりあえず、わかってることは?」

「死亡推定時刻が明日の午後六時ごろと見られ、場所は昨日私たちがいた田園の一角です。廻さんが死んだと推測された日の翌日の朝、第一発見者が死体を見つけ悲鳴をあげ、それを聞きつけた近所の住民が腰を抜かしている第一発見者と田んぼの真ん中で死んでいる廻さんを発見しました。警察が死体を解剖に回した結果、心臓麻痺とされています」

「心臓麻痺?今まで特に心臓が悪いなんて言われたことはないぞ」

「はい。それは警察もちゃんと調べたようです。そして、廻さんは特に何も問題ない健康体であるということも証明しました。といいますか、どうも心臓麻痺という鑑定自体が違う可能性が高かったみたいです」

「解剖では心臓麻痺だったんだろ?」

「いえ、死んでいるということはわかったんですけど、何が原因で死んだのかがわからない。と言った感じで、とりあえず一番それっぽい死因にしたみたいです」

「適当に検死したんじゃないんだろうな」

「いいえ。私も資料にあった発見当時の遺体の写真を見てみたのですが本当に傷一つなく安らかな様子で廻さんが眠っているだけのような状態でした」


 つまり、俺は死因がいまいちはっきりしていない綺麗過ぎる死体になったわけか。


「当初、容疑者がいたらしいのですけど、廻さんが亡くなるのと同時に失踪。その後の行方が全くわからなくなったそうです」

「そいつの名前は?」

「不明です」

「不明?」

「ですから、わからないんです。確かに調書に書いてあるはずなんですけど、私が調べたときにはそこだけが取り除かれていました」

「誰かがその部分を持ち去ったってわけか。調書に触れられる奴となると警察関係者が俺の事件に関与してたのか?」

「誰が隠蔽を行ったのかはおろか、いつ隠蔽が行われたかも分かりませんでした」


 予想外に俺の死に関しての謎が多く、部屋に来る前よりも考えることが増えてしまった。


「ん?じゃあ、博士はどうなんだ?俺の死を強烈に覚えているってことは俺の死に関する何かしらのものを見たりしたんじゃないか?」

「いえ、それが・・・・・・。博士は事件当時の一ヶ月前後の記憶を失っているんです。廻さんの推測通り、おそらく犯行に関わる何かを目撃したとは思われていたのですが、そのときの精神的ショックが原因で自身の心を護るために忘れてしまったらしいです。それでも、廻さんが死んだというイメージは振り払えなかったようですが」

「手詰まりか」

「はい。ですので、博士は廻さん行動を微調整して死を防ぐという手段をとらずに、周りを巻き込むという選択をしたんです」


 俺の命を爆弾にして奴らを牽制するしか手段がないってことか。


「あれ?待てよ。もうその起爆装置とリンクしている機械が俺の心臓に埋め込まれてるんだろ?」

「はい。昨日、治療のついでに埋め込みました」

「じゃあ、何で今日、襲われたんだ?爆弾が抑止力になるなら今日、奴らが襲ってくることはないと思うんだが?」

「廻さん、あちらが私達の動きを常時監視でもしていないかぎり、爆弾のことを知るのは不可能ですよ?」

「あ、そうか」


 爆弾のことを俺が知ったのも少し前の出来事だ。それなのに、奴らがそのことを確実に知ることが出来るという可能性は低いだろう。


「しかし、先程の戦闘中では廻さんに埋め込んだ機械からの微弱な電波が発せられてましたからあちらがそれに気づけば迂闊に手を出せないでしょう」

「けど、気づかない可能性もあるだろ?」

「それはそれで大丈夫です。明日以降、彼らが襲ってきたときにそうであることを伝えればいいだけです。早く知らせすぎて対策でも練られたら駄目ですからね」

「爆弾を封じる手段が奴らにあるのか?」

「ないはずですが、念には念をおしたほうがいいでしょう。今後、対策が練られるとしても一朝一夕でどうにか出来ることでもありませんし、それまでの間に廻さんには奴らが手出しできないように自分の存在の重要性をあげてもらいます。」

「重要性をあげるってどういうことだ?」

「例えば、『変革の賢人(ミーミル)』の誰かと結婚することです」

「はぁ!?」


 いきなりの発言に思わず、大声を出してしまう。


「け、けけ、結婚って」

「『変革の賢人(ミーミル)』は世界にたいして大きな影響力を持っています。当然、その伴侶ともなれば相手にとっても廻さんの影響力は強くなります。また、『変革の賢人(ミーミル)』の方々は尋常ならざる天才であり、天才である故の苦悩や孤独というものを抱えています」


 一昨日にも先輩にも似たようなことを言われたな、と思い出しつつ話を聞く。


「ですので、伴侶に選ばれる方というのは何かしらの思惑で婚約させられた方でない限り、その方の苦悩などを受け止めてくれる方であり、そういった人に惹かれやすいのです。自分を受け入れてくれる方であるからこそ愛情も深くなり、その影響力も一般的な夫婦に比べて大きいと言えます」

「ま、まぁ、その推論が正しいとしてだ。それだと俺が『変革の賢人(ミーミル)』の誰かと付き合わなくちゃならないだろ?自分で言うのもなんだが、俺みたいな人相の悪い奴を相手にする奴がいるとは思えないぞ」

「そんなことはないと思いますよ。目つきは少し悪いとは思いますが、全体の顔立ちとしてむしろ整っている方ですよ」

「そ、そうか?」


 雨潟さんのような美人に褒められ、それが自分にとって僅かながらもコンプレックスになっていた顔のこととなるとどうにも気恥ずかしさを感じる。


「幸い、廻さんの周りには『変革の賢人(ミーミル)』の方々が複数いますし、憎からず思われているようなので他に方法がないわけでもないですが、結婚をするという方法が一番適していると思われます」

「・・・・・・ちなみに聞くが、他にどんな方法があるんだ?」


 恥ずかしさで赤くなっているのを自覚しながらも他の方法がどんなものかを尋ねた。


「他の方法は無理だと思いますよ。世界を統一してその頂点に立つことや第三次世界大戦において英雄的活躍をするなどですから。言っておきますが、これらの場合、私に頼っても無理ですよ?技術発展を促進することにはなりますが、その分対応策も早く出来てしまいますから」


 ・・・・・・それは確かに無理だ。


「と、とりあえず、先のことはさておき、明日のことなんだが」


 結婚という話が現実味を帯びてきて、『変革の賢人(ミーミル)』になるであろうという二人、先輩やアンリミズの顔が浮かび上がってくるのを必死に振り払いながら話題を変える。


 ポケットからさっき、命に渡すことを躊躇ったチケットを取り出して、広げる。


「明日、ここに行かないか?」






「―――以上が今日の出来事です」

『そうか。特に問題もなく終わったか』

「しかし、やはり詳しい死亡状況が分からないというのは対応しにくいのは事実です」

『そう言われても覚えていないものはしょうがないだろうが』


 昨日と同じく、皆が寝静まり夜も更けた頃、つむぎは未来と通信をして創造主である博士と連絡をとっていた。


『私が目覚めたのは廻が死体で発見された三日後、それも病院のベッドの上だ。周りも私を気遣って情報を遮断してたから、当時のことを知ることは無理だった。ったく、あのときは訳も分からず入院させられてやってらんなかったぞ』


 嫌そうに顔をしかめる女性は相変わらず目の下に隈を作ったまま、ボサボサの髪を放置している。


「私が知っている通りの状態でしたら仕方のないことだと思います」

『それは今は私も分かってるっての。寝てるときはずっとうなされていて、たまに自覚症状もなく暴れ回っていたらそりゃ、精神を病んだかと思って病院にぶち込むわな。まぁ、そんなことはどうでもいい。武装はちゃんと稼働しているんだよな?何か問題はないか?』

「十全に稼働しています。実際の戦闘でも十分にその威力を発揮しました」

『エネルギー形成機『木の葉』と近接武装『葉切』は今日は使わなかったようだが?』

「それは昨日、確認しましたから本日はこちらに来てから使っていなかった武装のチェックも兼ねてそちらの武装を使いました」

『全武装問題ないんだな?』

「はい」

『ならいい。しかし、気を緩めるなよ。明日が本番なんだからな』

「承知しています」


 そこで博士は言葉を切るが、通信を終了しようとはしない。


 どうしたのかとつむぎが尋ねようとしたとき、先んじて博士が口を開く。


『まぁ、こんなことは万が一にもないとは思うが、一応言っておく』

「何でしょうか?私は全身全霊を賭して廻さんを護るつもりですが」


 つむぎは失敗を気にされているのかと思った。


『テーマパークに、二人で、行くからと言って護衛をおろそかにするなよ。お前は、護衛対象の、廻を護ること、だけ、を考えていればいいんだからな』

「はい?もちろんです」


 つむぎは所々をやけに強調し、妙に力のこもった博士の言葉に疑問を持ったが、当然のことを聞かれたのであっさりと答えた。


 その答えを聞くと博士は通信を切った。最後に


『―――女性型を創ったのは失敗だったかもしれん―――』


 そんなことを博士が呟いたのを聞き取ることは出来なかった。


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