好きだった
花村香織視点で進みます。
ステージの上で、メンバー達と楽しそうに演奏する智夏君を見て、やっぱり好きだなって思った。
作曲家としての姿も、演奏者としての姿も、普通の高校生の姿も全部好き。好きなところを上げていったら、本当にきりがない。
高校2年生のときからの初恋に今日、別れを告げる。
「ライブで疲れてるのに呼び出しちゃってごめんね」
「大丈夫だよ」
ライブ会場の体育館からほど近い場所にある小さな公園に、智夏君を呼び出した。
「本当はね、卒業式の後に話をするつもりだったんだけど、智夏君が人気すぎて話しかけるタイミングを見失っちゃった」
智夏君は何も言わずに、静かに私が本題を切り出すタイミングを待ってくれている。その優しさに甘えて、他愛もない話をする。
「あ、覚えてる?私、智夏君の素顔を初めて見たとき「ごちそうさまでした!」って叫んじゃって。あれは今思い出しても恥ずかしいなぁ」
好きになった動機は、最初は顔だった。なんて単純なんだろうって自分でも呆れた。でも、そこからだんだんと智夏君の内面を知っていって、その内に秘める脆さや危うさを知った。
「修学旅行のときにナンパされて困ってたところを助けてくれたこともあったよね。ヒーローみたいでカッコよかった」
思い出しただけで胸が満たされるような、そんな感覚。
「みんなで勉強会をしたり、遊んだり本当に楽しかった」
この時間が永遠に続けば良いと、何度思ったことか。それでも無情に時は進んでいく。
「私、私ね、智夏君がずっと……」
「……ずっと、好きだった」
火照った顔に、3月の冷たい風が心地良い。
よくやった、私。逃げずによく頑張った。
「香織、俺は」
「返事はいいの!」
告白に返事を言おうとした智夏君を止める。だって、返事はもうわかってるもの。
私が好きになった人には、他に好きな人がいた。ただそれだけの、よくある話。
「大丈夫、わかってる!私いま、最高の気分なの」
ウソ。うっかり下を向いたら涙が零れそうだもん。
「第一志望の大学に合格できたし、卒業式で感動したし、ヒストグラマーのライブが見れて幸せだったし」
これは本当。でも、それらを上回るくらい、悲しい。だって、終わってしまったから。
泣くな。笑え。
最後くらい、好きな人には泣いている不細工な顔より、笑った顔を見てほしいから。
「智夏君に恋してたとき、ずっと楽しくてわくわくして嬉しかった。好きになって良かった!」
ようやく、智夏君の顔をまともに見れた。
泣きそうな、嬉しそうな、申し訳なさそうな、そんな表情だった。
好きだったって過去形で言ったのは、智夏君の負担になりたくなかったのと、私自身にそう言い聞かせるため。
だから、私の気持ちに応えられないことを申し訳ないなんて思わないで。
「ありがとう、香織」
「ありがとうはこっちのセリフだよ~。私が智夏君のことを好きなの、気付いてたでしょ?」
「それは……」
「気づいていて、黙って知らないふりをしてくれた。本当にありがとう」
私に覚悟を決める時間をくれて。宝物みたいな恋をさせてくれて。私と出会ってくれて。
いっぱいいっぱい、ありがとう。
もう暗いから送っていく、という智夏君の提案を断って、1人公園に留まって泣いた。泣いて泣いて、涙が枯れるくらい泣いて。
「ちゃんと、言えた?」
「うん。好きってちゃんと言えたよ」
カンナちゃんが抱きしめてくれた。
「どうしてここに……?」
「智夏に様子見てきてくれって頼まれたの」
「そっか」
今はその名前を聞いただけで胸が軋む。
「いつか、忘れられるかな」
この痛みも、悲しみも。時がたてば忘れられるだろうか。
「忘れられるわ。それで、次はもっと素敵な恋をするわ」
「そうかなー。そうだといいなぁ」
枯れたと思っていた涙が、カンナちゃんの肩を濡らした。きっとこの痛みも、いつか思い出になる。そのときには友達として、普通に話せると思うから。だからどうか、今だけは。
~執筆中BGM紹介~
「大好きでした」歌手・作詞・作曲:erica様




