信じてくれる人
最終章「ひだまり編」スタートです。
ちょいと長めです。
彼女の家からの帰り道、さっきの出来事を思い出す。
海外の大学に行こうと思うって、彩歌さんに伝えた。「応援するよ」って言ってくれたけど、ショックを受けたような顔をしていた。
それから何を話したかはあまり覚えていない。もしかしたら何も話していなかったかも。またね、って言って部屋を出たのは覚えてるけれど。
ふらふらと駅を目指して歩く。ドン、と向こうから歩いてきた人と肩が当たってしまった。
「っ、すみません」
「チッ。気を付けろ!」
肩の痛みも、厳しい言葉も、今はどこか遠い。
ずっと、彩歌さんのあの表情が頭から離れない。
「……傷つけた」
一番傷つけたくなかった人を、傷つけてしまった。
「―――、ぉ、、、み。ちょっと、そこの君!」
「わっ」
いつの間にか足が止まっていた俺の横に高そうな車が停まっていて、後部座席に乗っていた外国の老紳士に話しかけられていたらしい。
おいおい、こんなナイスミドル、知り合いにいないぞ……。
「君、ちょっと乗り給え」
「え」
執事風のこれまた異国感漂うイケオジが運転席から出てきて、後部座席のドアを開けてくれた。いや、開けてくれたって。え?いまであったばかりの人の車に乗れって言われてんの?どうして?
「乗り給え」
「……はい」
なんでだろう。初めて会ったはずなのに、初めて会った気がしない。言われるがまま、ナイスミドルの横に乗り込んだ。
「あの、お名前は?」
「好きに呼べ」
怪しさ100点満点なんだが。
ビシッと後ろに撫でつけられた白髪には、元の色と思われる金髪が混ざっている。杖(というかステッキ?)は持っているが、背筋は伸びている。
うーん、なんて呼ぼうか。
「じゃあ、おじいさん、で」
「おじいちゃんと呼べ」
「あ、はい」
好きに呼べって言ったのに。
「出発します」
執事風の人がアクセルを踏み、スムーズに車が発進する。景色も人も置き去りにして、車は進んでいく。……どこに向かってんだろ、これ。
「お前、あんなところで何をしていたんだ」
何を……。
「考えてました」
色々、考えていた。
「考えが、至らなかったなと」
おじいちゃんにしてみれば、俺が何を言っているのかさっぱりだろう。そもそも、日本語が通じているかもよくわからない。さっき喋ったとき、カタコトの日本語だったから。
「大切な人と離れるのは、辛いですね」
彩歌さんと離れるのは、俺だって……。
「なぜ、辛いと思うんだ」
ずっと黙っていたおじいちゃんが口を開いた。なぜってそりゃあ。
「今みたいに簡単には会えなくなるじゃないですか」
「んなもん、電話すりゃ済む話だ。それか、時間を作って会いに行きゃいい」
「それは、そうですけど。もし、彼女に何かあったときにすぐ駆けつけられないし、……守れないじゃないですか」
守れない。遠くからじゃ、彩歌さんを守れない。
―――――――――――――――――――――
「あのとき、なんて答えるのが正解だったのかな」
智夏クンが去った部屋で独り言ちる。
彼が海外に興味を持っていたのは知っていた。いろんな人と話してみたいって言っていたのも、音楽を大好きな気持ちも。だから、予感はあった。でも、覚悟が無かった。
あのとき……智夏クンに「海外の大学に行こうと思う」って言われたとき。私、とっさに言っちゃったっス。
「応援するよ」
って。
自分で言ったことなのに、この言葉が本心かどうかがわからない。
多分、応援したい気持ちも私の本心。そして、離れ離れになるのは寂しいって気持ちも、私の本心。
心とは本当に、ままならない……。
元々部屋で飲む約束をしていた親友のみーちゃんが既に飲んだ状態で部屋にやって来た。
「やっぴ~」
「みーちゃん」
「ひどい顔してんね。どうした?とうとう別れた?」
「違うもん。ただ……」
洗いざらい話した。話しているうちに、頭がすっきりしてきた。
「遠く離れたんじゃ、智夏クンを守れない」
守るって決めたのに。
「智夏クンに何もしてあげられない。いざってときに、守ることもできない」
そばにいたい。離れたくない。
「彩歌の言う、守るってどういう意味?体張って盾になるとかそういうの?あのもやしは高校生だけど、ガキじゃない。どこでも着いてって守るなんて無理な話よ」
ぷはっと缶ビールを飲んで、つまみを食べながらミーちゃんは言った。
「けどね、人って辛いときに支えが欲しくなるもんよ。たとえ傍にいなくたって、」
―――――――――――――――――――――
「傍にいるだけが守るってことじゃない。辛いときや苦しいときに、同じ気持ちになってくれたり、自分を信じてくれたりする人がいるだけで、救われることもある」
自分を、信じてくれる人。真っ先に思い浮かぶのは、彩歌さんの顔。
「お前は、ひとりか?」
「ひとりじゃ、ないです」
「ひとりじゃないと思えることは、守られてるってことじゃないのか?」
ずっと、彩歌さんに守られていた。
―――――――――――――――――――――
「そういう意味じゃ、あのもやしはとっくに彩歌を守ってたわね」
智夏クンと出会ってから、孤独を感じたことはただの一度もなかった。楽しいことも悲しいことも全部、真っ先に話したいのは智夏クンだった。
話を聞いてくれて、共感してくれて、絶対に私を信じてくれる。そんな存在は、この世界でたったの1人だけ。
「あらあら、可愛い顔が台無しよ?」
あのとき、智夏クンどんな顔してた?思い出せない。だって、顔を見れなかったから。きっと傷つけた……!
「私、智夏クンに伝えなきゃ」
「留守は任せろ~」
去って行った背を追いかけて、部屋から飛び出した。




