心臓から口が出る
「”姫!俺と恋の逃避行に出ないカッ!”」
「”こーとーわーる!みんなして結婚、結婚って!もううんざり!私は結婚よりも魔物退治がしたい!”」
「”どこに行かれるのですか!姫ー!”」
田中の出番、終了。
練習の甲斐あって、まともにセリフを言えるようになった。ここまで成長するのにどれだけ手がかかったことか……。
声が裏返ってしまったのはご愛敬だろう。
俺と井村がステージ脇でうるっときていることなど露知らず、田中は冷や汗をかきながら戻ってきた。
「うっ。心臓から口が出る……」
心臓から口が!?
口から心臓が出るより色々やべぇよ。とりあえず田中がド緊張していたのはわかった。
「「おつかれ」」
田中の両肩を俺と井村で叩く。
「うぇ。叩くな。出る」
「マジかごめん」
「はやく奥で休んで来い」
肩をぽんと叩いた衝撃で何かが出そうになったらしく、口を咄嗟に抑えていた。どんだけ緊張してんだよ。
「御子柴君、井村君!出番もうすぐ!」
「ごめん!」
「悪ぃ!今行く!」
田中の出番が終わったと言えど、俺たちの出番はまだまだある。松田さんに教えてもらって、急いでステージにいつでも飛び出せる位置につく。
スポットライトの下では姫役の香織が魔物と戦いながら仲間を集めている。
「”ここら辺の魔物はだいたい狩りつくしたわ。あとは、この森のヌシだけね”」
「”俺たちには、ヌシはまだ早いんじゃ……”」
「”そんなことを言っていたら魔王なんて倒せない!”」
「”おれの仲間をよくも、よくもぉおおおおお!”」
ヌシ役の井村が飛び出し、香織達を蹴散らしていく。井村の動きが激しすぎて若干スポットライトが間に合っていない。
姫たちは無謀にヌシに挑んでいき、そして窮地に立たされる。そこを華麗に助けるのが、魔法使い(俺)と勇者である。
ヌシが香織達にトドメを指そうとしたとき、ステージに走り出す。
「”君ら弱いくせにヌシに挑むなんて笑えるねぇ!そう思わないかい?魔法使い”」
「”こらこら勇者。弱い者いじめはいけないよ”」
「「「”なんだとー!?”」」」
「”こうして、魔物退治のスキルもさることながら、煽りスキルもカンストした最強の勇者と魔法使いに、姫御一行が仲間になったのであった”」
そうして仲間になって、試練や困難を乗り越えて、勇者と姫がお互いを想い合う恋仲に……。
「”姫!カバーが遅い!”」
「”あんたが飛び出し過ぎなのよ勇者!”」
「”ノロマ!”」
「”単細胞!”」
恋仲に……ならなかった。
「”勇者と姫はまさしく水と油。犬と猿。北風と太陽”」
北風と太陽って仲が悪かったんだっけ?旅人の服を脱がせる経緯が口論したからだったっけ?じゃあ仲が悪い、のか?そういえば北風と太陽で一番可哀想なのが旅人だよな。まさしく今の俺。
「「”今のはどっちが悪い?魔法使い!”」」
「”~♪”」
勇者と姫に板挟み。
魔法を使って、掴み合う2人を引き剥がす。これの音楽はどこか間の抜けた曲である。
お客さんから笑い声が聞こえた。自分の曲で笑いを取るのは初めてのことかもしれない。
これはこれで……、気持ちいいな。




