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採用



何とはなしに足元を照らしていた懐中電灯の灯りを、先の方へ向けたとき。人の形をした影が映った。


「う~ら~め~し~や~」

「ぴぎゃ――――!!」


俺の腕をぷるぷると震えながら掴んでいた彩歌さんが、影を見た途端1メートルくらい垂直に飛んだ。


幽霊さん(?)の渾身の「うらめしや」が彩歌さんの絶叫にかき消された。だからだろうか。


「う~ら~め~し~や~」

「もう一回言った」

「ひぃ……」


Re:うらめしやから始まる幽霊さん……。


そして2回目は控えめに怖がる彩歌さん。


行く手には幽霊さん――森の中でスーツをビシッと決めている男性、顔は真っ白な仮面で見えない――が立ちふさがっているため前には進めないが、来た道を戻っても迂回路はない。つまるところ、ここを進むしか道はないわけだが、いかにして幽霊さんにどいてもらうのか。


「あの、そこを通りたいんですけれども」

「……どうぞ」

「ありがとうございます」


スッと太めの木の後ろに隠れて、道を譲ってくれた。やっぱり話せばわかるんだなぁ。


「良かったですね、彩歌さん。話の分かる幽霊さんで」

「えぇ?幽霊さんは本当にそれでいいの?上の人とかに怒られないっスか?――」


さっきまで怖がりまくっていた彩歌さんが、今や幽霊さんが上の人から怒られないかを心配できるまでに。成長とは速いものだ。……というか、彩歌さんも気づいたんだろう。男性の幽霊の正体に。


「――父さん」

「と、とととと父さんじゃないシー?ちょっと通りがかっただけの幽霊だし~?」


仮面をしていて顔はわからないが、声や仕草で彩歌さんのお父さんだとわかった。


「お久しぶりです。お義父さん」

「おひさー。って間違えた!はじめましてって設定だった!」


設定って言っちゃったよ。


……あ、そういえば。


「もしかして昼に俺たちのことを森から見ていたのって、お義父さんだったんですか?」

「あちゃー。こっそり見てたつもりだったけど、バレちゃってたか~」


どうやら昼に森で見た男性の靴の足跡は、本当に幽霊(お義父さん)だったらしい。


「ま、本番はこれからだから、気張って行ってきなさい」

「今までのは本番じゃなかったんですね」

「チュートリアルみたいなものだな」

「今までのがチュートリアルって……。もう無理っス。心臓飛び出ちゃう」


えらい長いチュートリアルだったな。森の大きさとここまで歩いてきた距離から推測するに、もうそろそろ森を抜けてもおかしくないはずだが。


「健闘を祈る」


そう言って闇に消えたお義父さ……、幽霊さんの言葉に不安が募る。


「いまから戦場に行くのかな」

「幽霊にはおさわり厳禁っスから、やられっぱなしで終わるしかないんだ……」


そもそも幽霊に触るという概念が無かった。


「私だって幽霊を脅かしたいっス」

「ははh……」


幽霊を脅かしたいって、さすが彩歌さ……。…………なるほど。


「良い考えですね。それ採用です」

「やったー!って、なにが?」

「俺たちばっかり脅かされるのはフェアじゃないので、今度は俺たちが幽霊さん達を驚かせに行きましょう」

「楽しそう!」


俺の提案を聞いて、暗闇でもわかるほどにウキウキになった彩歌さんだが、それでも腕にしがみついたまま。これはこれで近いし、いい匂いだし、良いんだけど。


「彩歌さん。手、繋ぎませんか?」


手を繋いだら、怖さも吹っ飛ぶんじゃないかなーと、思ってみたり。


「それ採用っス」


俺の言葉を真似て彩歌さんが微笑んだ……ような気がした。


腕を掴んでいた手が下っていき、手と手が触れ合う。自分の手よりも小さくて細くてすべすべな手を包み込むように握る。そしてお互いに指を絡ませて、いわゆる恋人繋ぎに。初めからひとつだったみたいに、ぴったりと指が収まった。


「さて、それじゃあ驚かせに行きましょうか」

「反撃開始っス!」

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