ス
「ほんとっスか?」
「ちょっと慣れるまで時間をください……」
「顔真っ赤だね」
ぷしゅ~と湯気でも上がりそうなほどに顔に熱が集まっているのが自分で分かる。
「智夏クン、意外と筋肉ついてるっスね?」
「筋トレを、少し」
ち、近い!
彩歌さんの細い指が一筋、俺の腕を上から下に滑る。
「かーわい」
にしし、と悪戯に笑う彼女の八重歯に心臓が高鳴った。
完全に主導権を彩歌さんに握られているが、悪い気はしない。むしろ可愛いとさえ思ってしまう。が、この形勢を逆転してみたいのもまた事実。
「彩歌さん、日焼け止めは塗りましたか?」
「あ!忘れてた!」
「実はここに日焼け止めがございます」
俺たちの次に水着に着替えて出てきた冬瑚に日焼け止めを塗りたくったものがまだ残っている。
まぁ、つまり俺から仕掛けてみようというわけでごぜぇやす。
「塗らせていただいても?」
どうせ断られるだろうから、焦る彩歌さんの姿でも拝もう。……って思っていたのに。
「ま、まぁ?ちにゃ、智夏クンがどぉしてもって言うなら、しょうがないっスね!」
腕を組んで余裕ぶろうとしてるけれど、噛むし、目は泳ぐし、顔はさっきの俺より赤いし。
なるほどつまり合法的に触れられるってことか……。いや、俺たち付き合ってるんだから触れ合うことは許される行為だろ。だがしかし、これはいいのか?向こうでは家族がプールで遊んでいるというのに。
「…」
「…」
お互いに真っ赤になったまま沈黙すると、彩歌さんが傍にあったビーチチェアーにうつ伏せに寝転んだ。
「ほら早く。言い出しっぺは智夏クンなんだから」
そう言ってプイッと下を向いてしまった彩歌さん。残されたのは俺の手の中にある日焼け止めと俺自身。
ゴクリと生唾を飲む。
正面でも刺激が強かったが、背中側もなかなかに色気が……。
心頭滅却!色即是空!十人十色!満腹中枢!
去れ邪念!冬瑚にやったのと同じじゃないか!だって同じ人間だもの!目の前にいるのは冬瑚冬瑚冬瑚彩歌冬瑚冬瑚……。無理だァ!
こうなったら目をつぶってやるか?いや、そんなことをしてうっかりラッキースケベなんて展開になったらおいし、じゃなくて。いけないことですよ、ええ。ラッキースケベなんて、はしたない文化でございます!
ここは正々堂々と塗らせていただきます。
向こうでプール遊びしている家族の声が遠くなり、口から飛び出しそうなほどに暴れている心臓がうるさくなる。
足は自分で塗れるだろうから、俺が塗るべきは背中……だよな。
「いきますよ」
「ス……」
スしか言えなくなっているあたり、彩歌さんも動揺しているんだろうな。
オイルを自分の手に垂らして少しの間温める。さっき出した直後に冬瑚につけたら「冷たい!」って怒られたからな。
しっかりと手に馴染ませてから背中の少し下、腰に塗っていく。
「ひゃっ」
「すみません!冷たかったですか?」
「違う!ちょっとくすぐったかっただけだから。だから、続けて……?」
喜んでぇ!と言いたいところだが、黙って上の方、首筋から肩甲骨あたりを塗る。
「んっ、はぅ、」
その艶めかしい声を出すのやめていただけませんかね!?こっちの気も知らないで……。
「はい!これで彩歌さんは日焼け知らずです!お疲れさまでした!」
「へへ、ありがと」
日焼け止めを手渡して、正面と足は自分で塗ってもらう。
「正面は……」
「遠慮しときます」
「あれま」
「今はまだ」
「あれま!」
反応はなかなかにおばちゃんくさいが、落ち込んだり嬉しそうにしたり、俺の言葉に一喜一憂する姿は素直に可愛い。
「じゃあ次は、智夏クンの番!」
「……え?」
~執筆中BGM紹介~
CANAANより「mind as Judgment」歌手:Faylan様 作詞:畑亜紀様 作曲:上松範康様




