一滴一滴
視点がころころ変わります。
「こんなふざけた記事が出たなんて……」
10代、20代女性を中心に人気急上昇中の俳優であり、最近では声優の仕事にも挑戦している横浜真澄は、控室でメイク中に読んでいた週刊誌に息を呑んだ。
これは明らかに智夏を標的にしている記事だ。
無意識に週刊誌を握る指先に力が入り、記事がくしゃっとなった。その音でメイクさんがその記事に目を向け、「あー、それ」と指さした。
「いまSNSで話題になってる記事ですよね。父親を殺したって本当ですかね?」
「そんなわけないだろ!」
あいつのことを何も知らない人たちが口さがないことを言っているのが許せない。思わずカッとなって声を荒げてしまったが、メイク中だったこともあり怒られてしまった。
「ちょ、いきなり立たないでください!」
「ごめん。……でも、この記事はデタラメだから、信じないでくれ」
「もしかして知り合いですか?その、Mさんと」
「弟です」
「マジですか」
「正確には、弟のようにかわいがってる子です」
「マジですか。それじゃあ、その記事がデマだって、みんな知ってくれるといいですね」
……!
「そっか!その手があったか!」
「だから!立たないでくださいって言ってるじゃないですか!」
「ごめんちゃい」
机に置いていたスマホを手に取り、マネージャーに連絡を入れる。
「もしもし?―――そう、その記事のことについてなんだけど、」
――――――――――――――――――
「「な、なんじゃこりゃー!!」」
劇場版『ツキクラ』の主題歌を担当し、予告動画が公開された時から知名度が爆上がり中の女性2人組ユニットLuna×Runaは、絶叫していた。
2人の最近のモーニングルーティンであるSNSでのエゴサ中に、変な記事で盛り上がっている話題を見つけ、調べてみたらとんでもない内容が目に飛び込んできたからだ。
「こ、これが叫ばずにいられるかッ」
「なぜこんなとんでもない嘘だらけの記事が出回っているのでしょうか」
「わ、私たちの智夏ちゃんに、こんなひどい……」
これ以上は言葉にならなかった。
いままさに、私たちに希望を見せてくれた恩人。彼のことを悪く言うのは許せない。
週刊誌の内容を鵜呑みにして、しょうもない正義感を振りかざして拡散する人たち、悪意を込めて言葉のナイフを振りかざす人たちに腹が立ってしょうがない。
「智夏ちゃんは大丈夫でしょうか?SNSのコメントの中には過激なものも少なからずありましたし、心配です」
あんなしょーもない人たちが言ったしょーもないことなんて、どうか気にしないで欲しい。
「……助けたい。ほんの少しの力かもしれないけど」
「えぇ。智夏ちゃんには返し切れないくらいの大きな恩があるのですから。微力でも、私たちにできることをしましょう」
――――――――――――――――――
「智夏氏に宣戦布告でござるかー!我が受けて立つであります!戦じゃー!」
「AFLO!うっさいねん!」
「ルン、あなたも十分うるさい」
「氷雨!だって、こんなの書かれて黙ってられへん!」
放送日が迫ったアニメ『四界戦争』の作曲を手掛けた3人の作曲家たちが一堂に会していた。本来ならば、4人全員で集まるはずであったが、学生であるため平日の今日は来ることができなかった。「学校が終わったら、合流しますね」とこの前会ったときに笑っていた。
「智夏はこんなことでは負けないよ」
「そんなことは百も承知!しかし、盟友を貶されて黙っていられるほど、我は人間ができていないであります!」
「せやせや!」
黙る……?
「黙る必要はないわ。むしろ声を上げるべきね」
「「へ?」」
――――――――――――――――――
週刊誌が出たその日、著名人たちがSNSで記事の内容を否定するメッセージを発信した。
とある人気俳優が、とある女性アーティストが、とある作曲家たちが。
それだけじゃない。子役の小学生やアニメの監督や同僚やクラスメイトが。
これまで、智夏と繋がってきた多くの人たちが。
「この記事はデマだ」「週刊誌を信じないで」「人殺しなんて真っ赤な嘘」
声を上げた。
一滴一滴の波紋が、やがて大きな波となっていく。
~執筆中BGM紹介~
ヴィンランド・サガより「MUKANJYO」歌手・作詞・作曲:Survive Said The Prophet様




