ずっとこの作品を
社長から3バカトリオという汚名を頂いてしまった俺と彩歌さんとカンナが、机の下から出てくるのを見て、香苗ちゃんや他の人たちが驚いていた。普通、こんなところに人が隠れているなんて思いもしないだろう。
バレてしまったのはもうしょうがない。どのみち、言いたかったこともある。
全員が見える位置に移動し、近くに置いてあったマイクを持つ。
最初に、社長と香苗ちゃん、ドリボでお世話になっている面々を見る。彼らは俺を擁護してくれていた。仲間を切り捨てさせはしないと。
次に、スポンサーや株主を見る。知らない人たちだ。この人たちがいるおかげで、俺たちはアニメを作ることができているんだ。利益を優先するのは、会社やそこに働く人たち、家族を守るため。
最後に、『月を喰らう』の原作者、鷲尾たわし先生を見る。俺をサウンドクリエイターに、作曲家にしてくれた最初の作品を生み出してくれた人。
ここにいる人たち全員で『月を喰らう』というアニメを作ってきたんだ。ここには誰も敵なんていないんだ。
「この度は、私事でお騒がせしてしまって申し訳ございません」
何か悪いことをしたわけじゃない。俺が悪いわけじゃないのに謝ってたまるか、と思う気持ちも正直ある。
これは最初で最後の謝罪。
『月を喰らう』を一緒に作ってきた仲間を分裂させかけたことに対する謝罪だ。
頭を上げて、爆弾級の問題発言をしてくれやがった張本人に目を向ける。
「鷲尾先生はさきほど、俺がこの先『ツキクラ』に携わらないなら、劇場版の許諾を取り下げると仰っていましたが、……ふざけないでください」
「なっ…!」
俺の味方をしたのに、俺から叱られるなんて思いもしなかったのだろう。かなり呆然としながら俺を見ていた。
「原作者の鷲尾先生に、あそこまで言ってもらえて、作曲家冥利につきます。こんなに恵まれている作曲家なんて他にいないかもしれません」
身内がアニメ制作会社で働いていて、ちょうどサウンドクリエイターを探していて、ピアノが弾ける俺が選ばれた。『ツキクラ』をはじめ、多くの作品に出会い、幸運なことに曲までつくらせてもらった。
他の作曲家たちからも「恵まれている」「羨ましい」とはよく言われていた。
そう言われないとわからないくらい、当たり前にその恵みを享受していた俺は、世間知らずの子供だった。
だけど、仕事が増えて、良い出会いも悪い出会いも増えた。社会の荒波に揉まれた俺は、いまはもう、世間知らずの子供ではないはずだ。そうだな…、現実を知った子供ってところかな。
子供だから、青くさいことも言いますとも。
「まずは読者が、視聴者が、ファンがどう思うか、じゃないですか?鷲尾先生の気持ちを蔑ろにしていいってわけじゃないです。でも、まずは原作の読者、アニメの視聴者、『ツキクラ』ファンの気持ちが第一じゃないんですか?」
アニメは俺たちがいなきゃ作れない。でも、そもそもアニメ化するにはファンがいないとできないことだ。応援してくれるファンがいるからこそ、俺たちはここまで来れたんだ。
それはアニメを作る俺たちが絶対に忘れてはいけないこと。
鷲尾先生がハッとした表情になった。
「『月を喰らう』にとって、このさき俺が邪魔になったのなら、そのときは別の人に作曲を依頼してください。俺はファンの一人として、ずっとこの作品を応援し続けます」
マイクを机に戻して、一礼して会議室を出た。
これが、俺が『月を喰らう』という最高の作品にできる精一杯のことだ。
――――――――――――――――――
朝早く、夏兄と香苗ちゃんが真っ青な顔で家から出て行って、秋兄と2人で遊んでた。お昼になっても2人は帰ってこなくて、夜ご飯の前に夏兄が一人で帰ってきた。
「夏兄おかえりー!」
冬瑚が抱きついたら、優しく抱きしめ返してくれるのが当たり前の日常。これだけで元気が出るの。でも、夏兄は…。
「夏兄、元気ない?」
秋兄も玄関にやってきて、夏兄がしょんぼり気味なのに気づいた。
「ドリボに呼ばれたのって、厄介事だったんだな?」
秋兄はカンがいいらしい。特に悪いカンがいいんだって、この前言ってた。
「うん。冬瑚と秋人に、辛い思いをさせるかもしれない」
「「いいよ」」
「…。とりあえずリビングで話すよ」
冬瑚と秋兄の返事に、気が抜けたみたいに「ふにゃ」って夏兄が笑った。
辛い思いをするのは嫌だけど、みんなと一緒なら大丈夫だって知ってるもん。
「夏兄を冬瑚が守ってあげる」
「しょーがねぇから僕が兄貴と冬瑚を守ってやるよ」
「冬瑚、秋人…。抱きしめていい?」
「いいよ~」
「僕はやだ」
秋兄は素直じゃないな~。
~執筆中BGM紹介~
名探偵コナン ハロウィンの花嫁より「クロノスタシス」歌手:BUMP OF CHICKEN様 作詞・作曲:藤原基央様




