両親
ダイニングテーブルにお義父さまとお義母様が並んで座り、お義父さまの正面に俺、横に彩歌さん、お義母さまと彩歌さんの横、側面の席に奏音君が座る。
なにから話すべきか…。
「まずは状況を整理させてちょうだい」
お義母さまが声を上げた。
「私は彩歌と智夏君の年の差に反対はしないわ」
「俺も俺も」
「父さんは反対だ」
俺と彩歌さんの年齢差は5歳。高校を卒業すれば、珍しくもない年の差だろう。
「けど、年の差以外にも、なにかあるのね?」
「はい…」
もしも普通の家庭に生まれていたら、こんな思いをしなくても、彼女にこんな苦しい思いをさせなくてもよかったのだろうか。
嫌でも考えずにはいられない、もしもの話。だけど、そんなもしもはありえない。
「両親は、兄が事故で亡くなったのをきっかけに…」
兄の死、母の家出、父からの虐待、そして無痛症になったこと。その後、父の妹である香苗ちゃんに引き取られたこと。母とは色々あって和解したが、現在は病院に入院していることなど、言えることは全て話した。
自分のマイナスポイントをこうも長々と言える人間、そうそういないんじゃないか?
天井につり下がるプロペラがぶぉんぶぉん鳴いている。
最初に沈黙を破ったのはお義父さまだった。
「……辛いことを話させてしまって、すまなかった。誠意をもって、教えてくれてありがとう」
この人はまさしく彩歌さんの父親なのだと、改めて思う。
お義父さまはゆるゆると首を動かして、娘を見た。
「彩歌は、彼の事情を」
「知ってた。付き合う前に、全部話してくれたよ」
「そうか…」
そう言ってしばらくお義父さまは一人で考え込んでいたが、5分くらい経った後だったろうか。まっすぐに俺の目を見ながら、静かに聞いてきた。
「智夏君、君は痛みを感じないと言っていたが……それで娘を守れるのか?自分の痛みがわからない君に、他人の痛みが理解できるのか?」
「父さ、」
立ち上がった彩歌さんを止める。きっと俺のために怒ろうとしてくれたのだろう。でも、これは俺の覚悟が見られているのだろうから。
彩歌さんは一瞬、俺に何かを言いかけたが、ぐっと堪えて座ってくれた。
後でいっぱい怒られよう。だからどうか、今だけは。
「俺が怪我をしたとき、彩歌さんは「痛いね」と言ってくれたんです。本当の痛みを感じることはできないけれど…。そのとき確かに俺は痛かったんです」
言っていることは支離滅裂かもしれない。でも、本心なんだ。
「娘さんを絶対守る、と言い切れないです。いつか、傷つけてしまうかもしれない。つらいことから守ってあげられないかもしれない」
情けない。
絶対守るって、言えない弱い自分が。
けれど、俺はもう1人じゃないから。
「それでも、2人でなら乗り越えられる。支え合って、寄り添って歩んで行けます」
彩歌さんとなら、同じ歩幅で歩いて行ける。幸せも喜びも痛みも困難も、2人で分け合える。
「交際を、お許しください」
椅子から立って、頭を下げる。気づけば、彩歌さんも隣で頭を下げていた。
「高校を卒業するまでは、節度ある付き合いをすること、これが条件。これを守るなら、交際を認めよう」
…!
「ありがとうございます!」
「ありがとう、父さん!」
「彩歌、ありがとうって言いながら右手にワサビチューブを握っているのはどうしてかな…?」
「ワサビとカラシどっちがいい?」
「え?ワサビかな」
「ちょっとお茶淹れてくるね~」
「彩歌?彩歌!まさかお茶にワサビを入れる気か!?」
「ふふふ」
親子の仲も変わらず良さそうでよかった…。
「ねぇねぇ智夏君?彩歌との馴れ初めを聞かせてちょうだいよ」
「えっ」
「ちょ、母さん!?なに聞いてんの!」
「それ俺も気になってた!やっぱりツキクラ?」
「なにそれ父さんも聞きたい」
「そうですね。初めて会ったのがツキクラの現場で…」
「智夏クンもなんで普通に話してるっスか!」
ワサビチューブを振り回しながら彩歌さんが抗議してきた。
「智夏君も声優さんなの?」
……あっ、そういえば彩歌さんと奏音君しか俺がサウンドクリエイターをしていることを知らないんだった。
「いえ、俺は『ツキクラ』のBGMを作ってて」
「「え!?」」
そんな驚く?っていうくらいご両親に驚かれてしまった。本名で活動しているから、てっきりバレてるものだと思っていた。ま、俺の知名度なんてこんなもんだよな。
「あー!確かに『御子柴智夏』だったわ!すごいすごい本物よ!」
「どうしよう、母さん!うちに有名人が来てたなんて!とりあえずサイン!サインをもらわないと!」
……初めからこういえば大歓迎されてたのかも?
~執筆中BGM紹介~
精霊使いの剣舞より「共鳴のTrue Force」歌手:原田ひとみ様 作詞:LINDEN様 作曲:井内舞子様




