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ワサビ入り



帰宅中に「彼氏さんが来たよ!」と、お義母(かあ)さまからメッセージが届き、急いで帰宅。家に帰るとリビングにはお義母さまと娘の彩歌さんが仲良く台所で調理中。噂の彼氏は息子と部屋に籠っているというではないか。そこからドアに耳をくっつけて盗み聞ぎをしていると『好きだよ』って聞こえてきたから、彼氏って息子の彼氏だったんだ~と何故だか納得してしまったらしい。なんでやねん。


この後、疑いまくるお義父さまを俺と奏音君、そして呼びに来てくれた彩歌さんの3人で必死に説得。


そして現在。


「要するに、智夏君は彩歌の彼氏さんってことか」

「息子の彼氏って勘違いするのヤバいだろ」

「しかもなかなか私の彼氏だって信じてくれないし…」


リビングでたこ焼き機を5人で囲みながら、お義父さまと彩歌さんと奏音君が揉めていた。


「だってなぁ…、奏音は俺に似てイッケメェンに生まれたのに、今の今まで彼女ができたことなかったろ?だから今日、智夏君と部屋にいるって聞いて変に納得しちゃったんだよね。あぁ、そういうことか…って」

「なにがそういうことか…だよッ。俺は彼女ができないんじゃなくて、作らないの!」

「モテない男の言い訳は見苦しいっスよ」

「姉ちゃん!?なんか俺に当たり強くない!?」


彩歌さんが焼きあがったたこ焼きを小皿に乗せて、お義父さまの前に差し出した。


「勘違いした父さんも悪いけど、私の智夏クンを部屋に連れ込んだ奏音も悪い」


キャッ、私の智夏クンだって!隣の席に座る彩歌さんに胸キュンしながらたこ焼きを取ろうとすると、彩歌さんに止められた。


「智夏クンのはこっちっス」

「ありがとう、彩歌さん」


ぱぱぱっと焼きあがったたこ焼きを小皿に入れて渡してくれた彩歌さんにお礼を言うと、にっこりと可愛らしい笑顔を返された。きゃわわ……じゃなくて、この笑顔は何か企んでいるときの笑顔だ!


「いっただきまーす」


お義父さまが彩歌さんが取り分けてくれたたこ焼きをなんの迷いもなく口に頬りこむ。


まるごと一気に口に入れて、熱かったのかハフハフしつつ咀嚼していたのだが、途中で口の動きが止まった。


「ッッッッッ!カァァアアアア!!!」


お義父さま、絶叫。


「あらまぁ、お父さん、ワサビ入りのたこ焼きを食べちゃたのね。大当たり~」


お義母さまが朗らかにとんでもない情報を言った気がする。ワサビ入りのたこ焼きだって?


冷や汗を掻きながら小皿に入ったたこ焼きを見ていると、彩歌さんがこっそり教えてくれた。


「智夏クンに取り分けたのは普通のたこ焼きだから安心して」

「彩歌さん…」


それってつまり、お義父さまに取り分けたのは全部ワサビ入りということですか?と目で質問すると、返事の代わりにそれはそれは綺麗な笑顔が返ってきた。


俺が奏音君の彼氏だってお義父さまが勘違いしたこと、思った以上に怒っていらっしゃる…。


「ウェホ、ごほごほっ、しゃ、さいか、お前まさかこれ全部ワサビが入って…」

「娘の愛情がたーっぷり入ってるから、全部食べてね。父さん?」

「ひゃ、ひゃい」

「ふっ」


あ、やべ。彩歌さんとお義父さまのやり取りが面白くて思わず笑ってしまった。


俺が笑ったことに気付いたのは、向かい側に座っていたお義母さまだけだった。


「す、すみま」

「智夏君が笑ってくれて良かったわ。ここに来てからずっと緊張していたでしょう?」

「バレてましたか」

「これでも2児の母ですから」


彩歌さんたちがワサビ入りタコ焼きで盛り上がっている横で、お義母さまと向き合う。


「智夏君ってもしかしてお兄ちゃんだったりする?」

「はい、弟と妹がいます」

「どおりで奏音をあやすのが上手いと思ったわ」

「ははっ」

「ちょっ、母さん!俺を赤ちゃんみたいに言うのやめてくれ!」

「でも、部屋の中でぐずってたじゃないか」

「余計なこと言うなよ父さん!鼻にワサビ突っ込むぞ!」

「怖っ。父さんのワサビ耐久値はもうゼロだ!」


ワサビ耐久値とは。


耐久値が高かったら鼻からワサビを入れても大丈夫なんだろうか……としょうもないことを考えていたとき、お義母さまが彩歌さん達を見ながら聞いてきた。


「ごめんねぇ、騒がしい家で。こんな家族、嫌になっちゃった?」

「いいえ、楽しいです」

「そう、なら良かった」


彩歌さんを形作った人たちが、家が、とても温かく居心地がよくて。


「智夏君!私のことはお義父さんと呼んでくれていいんだよ!」

「あ、はい」

「淡泊だね!そこもまたいい!」

~執筆中BGM紹介~

BLEACHより「Torn Apart」作曲:鷺巣詩郎様

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