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彼女の実家



ピアニカをいじる手を止めて、俺のベッドに深刻な顔で腰掛ける秋人と向き合う。


「どうした?なにか心配なことでもあるのか?」

「うー、ん…」


いまのは「うん」?それとも「うーん」?どっちかな。とりあえず秋人がかなり悩んでいることだけはわかった。


「僕らさ、冬瑚を一人にしないようにしようって最初に決めたよな」

「?……そうだな」


秋人がいきなり冬瑚の話をし始めたので咄嗟に反応ができなかった。


冬瑚はずっと寂しい思いをしてきたから、家で一人にさせないようにしよう。寂しい思いを二度とさせないようにしよう。これは冬瑚がうちに来た日に家族で決めたこと。


「これ、兄貴にもあるんだよ」

「まじか」

「まじで」


言われてみれば、ここに来てから家で一人だった記憶は無いかもしれない。


「冬瑚がうちに来る前に、僕と香苗ちゃんで決めたんだ。兄貴はさ、目を離したら一人でどっかに行っちゃいそうに見えたんだ。そんでそのまま帰ってこなくなるんじゃないか、って」

「それは、ご心配をおかけしました…」


たしかに、あの当時一人になる時間があったら、ここから立ち去っていたかもしれない。なにか確固たる意志があるわけじゃない。多分、なんとなく。なんとなく玄関を出て、そのまま帰らなかったかもしれない。


「来週さ、僕と冬瑚は勉強合宿があって、この家にいない」

「そうだな」


秋人が中心になって企画した、中学生と小学生の交流イベント。勉強を通して普段関わりのない中学生と小学生を結び付けようという楽し気な企画。だが、これが行われる本当の背景を俺は知っている。俺と冬瑚が一緒に仕事をしていたのが羨ましくて、秋人がこの企画を計画したことを。


すごいね、行動力。実の兄でも若干引くくらいの行動力だよ。しかも募集定員が30人に対して応募者が100人くらいいたとか。さすが秋人。


「香苗ちゃんも来週は泊まり込みでいない。つまり、兄貴は一人っきり。大丈夫かよ?」

「さすがにもうふらっとどっかに行ったりはしないって」

「そこはもう心配してねぇよ。僕が言ってるのは飯だよ、飯!」

「あ、あ~!」


大丈夫じゃないかも。


秋人たちは一日半くらいいないもんな。さて、どうしよう。


「毎食お粥か、絶食のどっちかだな」

「兄貴は絶食を選びそう」


――ギクッ


「まぁ1日2日くらい食べなくても死なないよな、とか言ってずっとピアノ弾いてそう」


――ギクギクッ


ひ、否定できない。俺より俺の生態をわかってらっしゃる…。


「もう外食でもいいからさ、ちゃんと食べてくれよ…」

「はい…」


弟にここまで心配される兄。


自分があまりにも情けなさ過ぎて申し訳ない。せめて料理ができれば…!なぜ爆発するんだ、食材!


「じゃ、寝るわ」

「おう、おやすみ……え?」


寝るわって、そこ、俺のベッドなんだけど…。


「寝付くの早いな!」


スヤスヤと眠る秋人は、体も大きく成長しているので、冬瑚のように一緒に眠るスペースもない。そもそも秋人と添い寝なんてしようものならぶっ飛ばされる。明日の俺が。


「よし、秋人の部屋で寝よう」


その晩、兄弟で寝床を交換して眠りについたのだった。



翌朝、何故か秋人に怒られた。解せぬ。





―――――――――――――――――――





心配だ心配だと散々言いながら秋人たちはそれぞれ勉強合宿やらお仕事やらに行ってしまった。


秋人の予想というか予言通り、ピアノを弾いていたらいつの間にかお昼ご飯をすっぽかし、気づけば夕暮れ時になっていた。


「お腹空いたし、外で食べようかな」


財布を忘れたり家の鍵を忘れたりして2度ほど家に戻ったが、なんとか家を出ることに成功した。


なにを食べようか…。


そういえば田中の家の近くにインドカレー屋さんができたんだっけ。あー、中華もいいな。ラーメンとか……お惣菜を買って帰るのもアリか。どうしよう、決まらない。


バスを降りて商店街をフラフラ歩きながら夕飯を何にするか悩んでいると、女性に声をかけられた。


「あら。あなたもしかして、あのときの…」


優しそうな顔の女性に話しかけられた。あれ、この人ってたしか…。


「あ!この前、猫を見てた方ですか?」

「そうそう!道端でしゃがんで見てたら、あなたが心配して声をかけてくれたの!」

「あのときは恥ずかしい勘違いでご迷惑を…」

「いいえ。とっても嬉しかったわ」


ぐぅ


「もしかしてお腹空いてる?」

「お昼食べ損ねてて…」


もうちょっとタイミングを選んでくれ、俺の腹の虫!


「よかったら、うちで夕飯食べてく?」

「え!?いやいやいや、そんなご迷惑をかけること、」

「それじゃあうちに行きましょうか!」

「へ?」


有無を言わさぬ強引さで腕を引かれ、俺は2度会っただけの奥様の家で晩飯を頂戴することになった。


「はい、到着!今日は娘も息子も帰ってきてるから、賑やかでいいわねぇ」


それならなおさら俺は邪魔なんじゃ…。ん?


一軒家の表札には『鳴海』と書いてあった。彩歌さんと一緒の苗字だ…。


あれ?そういえば実家がここら辺にあるって聞いたことがあったような。それにこの奥様、どことなく彩歌さんに似て…


混乱する俺を他所に、家に入る奥様。


「ただいまー!あ、彩歌じゃない!もう帰って来てたのね。今日は男の子を拾ったからみんなでたこ焼きパーティーよ!」

「男の子拾ったってなに!?それ誘拐……へ」


驚いて家から出てきた娘さんは、俺の彼女でした。


つまりここは、彼女の実家でした…。


「こ、こんばんは?」

「智夏クン!?」


~執筆中BGM紹介~

TIGER & BUNNYより「オリオンをなぞる」歌手:UNISON SQUARE GARDEN様 作詞・作曲:田淵智也様

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