よし、電話しよう。
ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!
ABC本選当日の朝まで遡る。
「夏くぅん…」
「兄ちゃん…」
「なつにー…」
朝起きる前から異変を感じ、リビングに下りた。そして香苗ちゃんがソファーでダウンしているのを見つけ、冬瑚、秋人の部屋に行き現状を把握した。
「こ、これは……おたふく風邪!」
正式には流行性耳下腺炎という。冬瑚の小学校で流行っていたのは知っていたが、まさか冬瑚から香苗ちゃんと秋人にまで!
ここでなぜ俺だけ感染していないのかという話だが、最近はABC本選に向けて仕上げるために部屋にこもりがちだったし、ちょくちょく横浜さんの家に泊まりに行っていたのだ。なんせ完全防音の部屋があるから。
そんなこんなで俺だけ健康体なわけだが。
さて、どうする。
「社長……は出張だったっけ。えーと犬さんは、今日仕事か。それに3人を病院に連れて行きたいから車を持ってる人がいいよな」
日曜に休みの人で車を持ってる人で信用できる人。………え、います?
いやいるはずだ。思い出せ思い出せ~!
…
「あ!いた!1人だけいた!」
思いついたらもうその人しか浮かばない。すぐに携帯に電話をかける。
『はいもしも、』
「ピンチ!助けてください!車でうちに来てください一秒でも早く!」
『……了解』
自分で思っていた5倍くらい慌てていて、必要な情報は最低限でしか伝えられなかったが、相手は何も聞かずに応じてくれた。
一人じゃないんだと安心した。
こういうとき、普通だったら祖父母とかに頼むんだろうけど、マリヤの実家は知らないし、父の……香苗ちゃんの両親は既に亡くなっている。
「あとは朝ごはんだな」
これまで調理しようと思った食材はことごとく爆散したが、その規則性がわかってきたのだ。
包丁を使うと爆発する。
なんだそりゃ。って自分でも思うが、事実そうなのだから仕方がない。
お粥は包丁を使わなければ作れると思うのだ。俺でも。多分。
こういう非常事態には人を存分に頼ると吉。
よし、電話しよう。
『智夏クン?おはよ~』
今日は午前中はオフだと聞いていたため、若干寝惚けた声の彩歌さんが電話に出た。
この声を聞けただけで心が落ち着いていく。
「会いたいな…」
『へへ、デートしちゃう?』
心の声が漏れてしまっていたが、それにも神対応の彩歌さんに惚れ直す。
「デートしたいです!けど、今日はお粥の作り方を聞きたくて」
『お粥?誰か病気になったっスか?』
「実は…」
かくかくしかじか…
俺以外の3人がおたふく風邪にかかってしまったことを伝えると、彩歌さんは心配して提案してくれた。
『私がそっちに行って作ろうか?』
「ダメです!万が一に彩歌さんまでかかったら…」
『私、小っちゃいときにおたふく風邪になってるから大丈夫っス』
「ダメったらダメです!」
『むぅ。それじゃあ、とびっきり美味しいお粥の作り方を智夏クンに伝授する』
「ありがとうございます!」
彩歌さんと遠隔ドキドキクッキングがこうして始まった。
ビデオ通話に切り替えて手元を彩歌さんに中継しながらレッツクッキング。
『まず卵を…』
ぐちゃぁ
『あ、あの、殻を取れば大丈夫だと思うっス!めげないで!あと2つ割るっス!』
「はい…」
ぐちゃぁ、ぱかぁ
「さ、彩歌さん!3つ目成功しました!」
『やったー!!智夏クン、上達が早いね!』
卵って綺麗に割れると、ぱかぁって綺麗な音が鳴るんだね!めちゃ快感!
しかも褒め上手な先生が付いていてくれるから楽しい。この調子なら彼女と同じ台所で料理する日も遠くない!
一緒に台所に並んでエプロンをして料理を作って……見える!将来の幸福な姿が見える!
『智夏クン!火から目を離しちゃダメっスよ!』
「はい!すみません!」
初めて最後まで料理ができて――ちょっと焦げたけど――味も美味しいと好評だった。
ありがとう、彩歌さん。大好きです。
「おーい御子柴や。俺を日曜から呼びつけたわけを聞かせてくれ」
「先生!」
朝ごはんを3人に食べてもらった後、呼びつけていた先生こと吉村先生が駆けつけてきてくれた。吉村先生は高校教師だから日曜はだいたい休みだし、車はこの前みんなで水族館に連れてってもらったから持ってるし、香苗ちゃんと同級生で一途に香苗ちゃんのことを想ってるから信用はできるし。
「3人を病院へ!」
「は?病院?」
「そして俺は行ってきます!」
「は?行ってらっしゃい」
吉村先生と入れ替わるように家を飛び出し、ABC本選会場へと走るのだった。




