番外編 競技
祝300話!
「いったい誰がこんな展開を予想したでしょうか!1位争いをしていた2クラスが、手と手を取り合って、いまゴールしました!!」
教員のアナウンスにも思わず熱が入る。場内は歓声と涙腺が緩んだ保護者のむせび泣く声とどこかの兄2人の雄叫びで、まさしく阿鼻叫喚。
最後に転んだチームを助けてゴールした冬瑚は、大きなズボンを脱いで畳んで上級生の係員に丁寧に返していた。なんてお行儀がいい子なのかしら。さすがうちの子!!
競技を終えた3年生たちが退場門から出てくるその前に、声変わり前の甲高い怒った声が聞こえてきた。
「御子柴のせいで1位になれなかったんだ!謝れよ!!」
怒っている男の子は、津麦ちゃんとペアを組んでずっと引きずられていた子だった。そして怒られているのは言うまでもなく、マイエンジェル・マイシスターの冬瑚だ。
勝負事だもの、みんな真剣だったよね。それで悔しい思いをした子もいるのはわかる。わかるけど…
ガシッと肩を田中に掴まれた。隣には同じく肩を掴まれた秋人の姿が。
「おい、どこに行く気だ?妹大好き兄弟」
「体が勝手に…」
「ちょっと教育を…」
いつの間にか片膝を立てて立ち上がろうとしていたことにハッとした。秋人にいたってはクラウチングスタートの体勢だ。
「まぁ見てろって。子供同士のことは子供同士で解決した方がいいんだよ」
「「…」」
俺たちより弟妹のお世話歴が長い田中が言うんだ、きっとそうなのだろう。でも、心配なものはしょうがない。
男の子に責められた冬瑚がペコリと頭を下げた。
「1位になれなくてごめんね。せっかくみんなで練習したのに」
「全然いいよ!」
「謝らないで!」
「あれはしょうがないよ!」
「なに冬瑚ちゃんに謝らせてんだよ」
「冬瑚ちゃんがかわいそ~」
子供たちの矛先が冬瑚を責めた男の子に向くのは一瞬のことだった。これはこれで可哀そうだな…。
クラスメイト達から責められた男の子の目がじわじわと潤んできて、溢れる寸前で。
冬瑚が泣きそうな男の子をぎゅうっと抱きしめた。
だ、抱き?え?なに?何が起こった?これは幻覚か?ほわい?
おかしいないくら目をこすっても幻が消えない…。
灰になって消えそうな俺と秋人を尻目に、田中は腹を抱えて笑っている。
「うひゃひゃ!子供はすぐに周囲の年上たちの真似をするからな~。御子柴家ではああいうときは、ぎゅうっと抱きしめて慰めてんのか?」
ああいうときって、泣きそうなときとかつらそうにしてるときだろ?………うん、俺も秋人も香苗ちゃんも家族全員、冬瑚にやってますわ。
それから午前の競技プログラムが全て終わり、お昼休憩に入った。
「みんなー!おっまたせーい!お待ちかねの香苗ちゃん登場だぜ~!」
じゃじゃーん、と登場した香苗ちゃんに、観覧席に戻ってきた冬瑚が抱き着いていた。こういう抱き着き癖が、さっきのあの行動に繋がったんだ。これからはむやみに他人に抱き着くのはやめなさいって言わないとだな。
「香苗ちゃーん!」
「冬ちゃん!ポニーテールも可愛いねぇ。夏くんに結んでもらったの?」
「うん!へへ、いいでしょー?」
今度は香苗ちゃんに自慢するように俺の腕に引っ付いて来た。……うん。まぁ、可愛いからいっか。俺の決心はいともたやすく崩壊したが、秋人の心は鉄壁だった。
「冬瑚、これからは他人に抱き着くな」
「えー、なんで?」
「勘違いしちゃうからだ」
「なにを?」
「なにって……な、兄貴?」
「うえっ!?」
ちょっと秋人さーん!?どんなタイミングで俺に話題をぶん投げてきてるんですか!?
「夏兄、勘違いってなにを?」
「えーっと、それはその…。可愛い可愛い冬瑚に抱き着かれたら、もしかして俺のこと好きなのかなって勘違いしちゃうってこと。だから、さっきみたいに男の子に抱き着くのはナシだ」
「わかった!」
わかってないな、こりゃ。最近分かってきた妹の生態。「わかった!」と即答する時はたいていわかってないときだ。しょうがない、わかりやすい説明ができなかった俺が悪い。
「なんとかギリギリセーフかな?」
「間に合ってよかったよ」
田中のご両親もなんとかお昼に間に合い、御子柴家、田中家、そして山江家の3家族でそれぞれが持ち寄ったお弁当を食べる。
「「「いただきまーす!!!」」」
お弁当を持ち寄ると、それぞれの家の味が違うのが面白い。例えば卵料理でも、御子柴家はだし巻き卵、田中家は砂糖が入った甘いスクランブルエッグ、山江家は固ゆで卵だ。
「こら麻黄!お箸を使って食べなさい!」
「え~?だって手で取った方が早いじゃーん」
「りょうちゃん、はい、あ~ん」
「あーん。ん、美味しい。次は冬瑚の番。あーんして」
「にゃーん」
「しばちゃんお兄ちゃん、水筒取ってくだされ」
「はい、って両手におにぎり持ってたらお茶飲めないでしょ、征義君」
「そう言ってコップにお茶を注いで飲ませようとしてくれるのはやりすぎだよ」
「とか言いつつ結局俺の手から飲んでくれるところが征義君の魅力かな」
「りょうちゃんママ、りょうちゃんにそっくりですね!」
「そうかしら~?ふふ、よく言われるわ。旺義君、かわいいわね~」
「余所行きの顔よ~。家ではもう怪獣だから」
「次男は生まれてからずっと大怪獣だけどな」
「あいつはいつになったら落ち着きを覚えるんだろうなぁ」
いつもの食卓の5倍は賑やかなお昼を楽しんだ。たまにはこういう時間も悪くないなと思いつつ、田中兄弟の喧嘩に巻き込まれないように冬瑚たちを避難させるのだった。
午後の競技のダンスでほんわかしたり、冬瑚のファンサに心臓を撃ち抜かれたりしながら、人生で一番楽しい運動会は幕を終えたのだった。
~作者が長々と喋ります~
読者の皆様のおかげさまで、本作ついに300話まで来ました!まず、ここまで一緒に走ってくださった読者様に心の底から感謝申し上げます!
ABC編からなぜいきなり番外編になったのかといいますと、記念すべき300話は家族と友達とワイワイ楽しくするお話が書きたかったからでございます。書いていたらあれも書きたいこれも書きたいと色々詰め込んでしまって、午前の部とお昼ごはんまでしか書けませんでしたが、ほんの少しでもほんわかしていただけたら幸いです。次回からはABC編に戻ります。
本作は智夏が高校を卒業するまでのお話を予定しており、ABC編は高校3年生の6月時点のお話です。これから迎える高校生活最後の夏、秋、そして冬の物語を読者の皆様と共に最後まで駆け抜けられたらと思っております。これからも『学校では陰キャの俺がアニメのサウンドクリエイターになって女子にグイグイ迫られる話』とポンコツ作者をあったかい目で見守ってやってください。これからもよろしくお願いします!
2022/02/12 雪ノ音リンリン




