胸騒ぎ
「すぐ戻る~」
「じゃあここで待ってる」
「うい」
食べ歩きも一段落して、女性陣はお化粧直しに行き、俺と井村は少し離れた時計塔の前で待っていることにした。
「この後って映画に行くんだよな?」
「そうだね。今から移動して、ちょうどいい時間に映画が始まる」
デートでド定番の恋愛映画……ではなくて、俺以外の3人のリクエストが一致して、今注目のホラー映画だ。ホラーアニメは研究対象として一通り見ているが、苦手……というか、あまり得意じゃないというか。でも実写ホラー映画は見たことがないので、実は好きかもしれないという少しの希望にかけている。
「御子柴ってさ、意外と表情豊かだよな」
「なんだよいきなり?」
「”ホラーが苦手です”って顔に書いてあんぞ」
「苦手……なのかどうかをこれから確かめに行くところです」
「ホラー映画は初めてなのか?そっかそっか!デビュー戦にしてはちとハードかもなぁ」
「…」
「まぁ、スプラッタ系じゃなくて、追いかけてくる系だから大丈夫だって」
何が大丈夫なんだ…?そりゃぐっちゃぐちゃのスプラッタ系は嫌だが、だからといって追いかけてくる系が大丈夫だとなぜ言える。
だいたい俺は鬼ごっこも締切も追われるのは嫌なんだよ。
「あ、これうまいな」
井村が紙袋に入ったお菓子をぱくぱくと食べている。
「御子柴も食べるか?」
「いい。これ以上はもう…」
腹12分目くらいの満足感なのに、これ以上胃に食べ物を詰め込んだりしたら、はちきれてしまう。
それから2人でこの前返ってきた英語の小テストの話をして時間を潰していたのだが…。
「遅いな」
「デート中の女性の化粧直しを文句も言わずに待てる男が良い男なのよって、ドリボの女性社員の人が言ってたけど、それでもこれはちょっと…。迷ってるかもしれないし、探しに行こうか」
「あぁ、そうしよう」
心配だ。彩歌さんがなんの連絡もなしにどこかに行くとは考えづらいし、トイレと時計塔までの距離を考えると迷子になったとも思えない。
「御子柴はトイレ周辺を、俺はさっきの通りを探してくる!」
「わかった。見つけたら連絡をくれ!」
「おう!」
井村と2手に別れて、彩歌さんと久保さんを探す。
彩歌さんに電話をかけても繋がらない。電話に気付いていないか、それとも電話に出られない状況なのか…。
女子トイレの中に入るわけにはいかないので、ちょうどトイレから出てきた年配の女性に尋ねた。
「あの、2人組の若い女性たちが中にいませんでしたか?」
「若い2人組?ちょっと待って、いま見てくるから!」
親切な人がわざわざもう一度トイレに戻って確認しに行ってくれた。頼む、どうか何事もないように…!
「いなかったわ。お兄ちゃん大丈夫?顔が真っ青よ?」
「そ、うですか。わざわざすみません、ありがとうございました」
お礼もそこそこに走りだす。なんだろう、この胸騒ぎは。どうにも嫌な予感がする。
Prrrrr
電話だ!
『御子柴!見つけたけど、ヤバい!あの紙袋のお店の前まで来てくれ!』
「わかった!」
見つかったのは良かった!けど、ヤバいってなんだ!?
電話を切りながら、さっき井村が食べていた紙袋のお菓子の店に向かう。
「御子柴!」
「井村!2人、は…」
井村が目に入り、次いで、謎の人だかりが目に入った。道の反対側のお店を背後に半円状に人だかりができている。
人だかりの大半がただの野次馬だが、それでも十分な情報が得られた。
「なんの騒ぎ?」
「なんか声優の人がいるらしいよ」
「前の方でオタクが騒いでるらしい」
「なにそれ面白そう」
連絡が取れない彩歌さん、声優の人、そして人だかり。
「鳴海さんの正体がオタクにバレてこの騒ぎになったっぽい。そんで蒼葉もそこにいる」
「助けにいかなきゃ…」
「待て待て待て。お前ら付き合ってること隠してるんだろ?なのに突然男が現れたら完全にアウトだろ」
「じゃあどうするっていうんだ…!……ごめん。八つ当たりだった」
井村の彼女だって巻き込まれている。それなのに俺は、なんてことを…。
冷静に、落ち着いて状況を見るんだ。野次馬の話を繋ぎ合わせると、どうやら暴力沙汰にはなっていないようだが、迷惑で非常識な自称声優ファンによって、しつこく付きまとわれいるうちにこんな大きな騒ぎになってしまったらしい。
どうする?俺にできることはなんだ?このまま黙って指を咥えて見ているだけか?
考えろ、考えるんだ。俺にできる最善を。
………………見つけた。
「井村、俺が注目を集めるから、その間に2人を連れ出してくれ」
「はぁ!?お前、いったいどう、何をするつもりだよ!?」
「コレ貸して」
さぁ、俺の彼女を返してもらおうか。
~執筆中BGM紹介~
魔法科高校の劣等生 追憶編より「Ripe Aster」歌手・作詞:八木 海莉様 作曲:八木 海莉様/おかもとえみ様 編曲:eba様




