母の日
「母の日ーーー!?」
わ、忘れてたーーーー!!!
「うるさっ」
「なんで教えてくれなかったんだよ秋人!?」
自分は、ちゃっかり冬瑚と2人で母の日の素敵なプレゼントを作っちゃってるし。せめて一声くらいかけてくれても……。
「なんでって、強制されてやるもんでもないでしょ」
「そうそう。私もマリちゃんも夏くんのその気持ちだけで充分嬉しいから」
「えぇ。無理しないで」
香苗ちゃんの後にマリヤが言った言葉が妙に心に引っかかった。マリヤの言う「無理」って、無理して用意しなくてもいいってことか、それとも、無理して”母”として扱わなくていいってことだろうか…。
マリヤの表情から真意をくみ取ろうとしたが、何も読み取れなかった。正確には、表情から心情を読み取れるほど、俺はマリヤのことを知らない。
それが少し、寂しいと―――。
「こちらを」
いつの間にか隣にやって来たこの店のマスターが、田中がくれた赤い花束を持ってやって来ていた。
「なんだ、カーネーション用意してんじゃん」
「いや、これは俺が用意したわけじゃ…」
―――コレ渡してこい!
そういうことか。田中たちはマリヤがここに来ることも、俺が母の日を忘れていることも全部知っていたわけだ。なるほど、これはしてやられた。
花束を上からよく見たら、2つの小さなブーケになっていることがわかる。だから田中がこの花束を選んでくれたのだろう。俺に母が2人いることを知っているから。
2つの花束をまとめていた包装紙のリボンを解き、片手に一つずつ小さなブーケを持つ。
席を立って、隣に座っていた香苗ちゃんにまずは渡す。
「いつも感謝してます。ありがとう、香苗ちゃん」
「こちらこそ。いつもありがとうね、夏くん」
両手で受け取ってくれた香苗ちゃんは、カーネーションを見て微笑んでくれた。
そしてもう一つは。
「母さん」
冬瑚と秋人の間に座っているマリヤの元へ向かう。マリヤは俯いたまま、俺の方を見ようとしない。それなら、俺が視界に入ればいいだけだと、床に片膝をつき下からマリヤの顔を覗き込む。
あぁ…。この表情なら俺でもよくわかる。思わず苦笑しながら問いかけた。
「なんでそんな泣きそうな顔してるの?」
――――――――――――――――――
「なんでそんな泣きそうな顔してるの?」
「だって、だって……!」
顔を上げた拍子に涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「あなた達をたくさんッ、数えきれないほどに傷つけてきたのに…!今さら母親面なんて許されないわ!」
時間が経てばたつほどに、自分の子供に取り返しのつかないことをしてしまったのだと、罪悪感が重くのしかかって。徐々に会う回数が増えるほどに、後ろめたさが募っていった。
智夏と秋人から、一度背を向けてしまった自分が。冬瑚に愛情を向けてやれなかった自分が。
それに、私のせいで、智夏は。
「智夏あなたッ、」
喉が震える。いや、震えているのは喉だけじゃない。
「痛みを、感じなくなってしまったのでしょう…!?ごめんなさい、ごめんなさい…」
私は、なんということを……!
許されない、大罪を犯した。
こんなにも罪深い私が、あなた達の”母”を名乗るなんて決して許されない。
「知ってたんだ」
罵倒も、暴力だって甘んじて受けるつもりだったのに。智夏から返ってきたのは。
「正直さ、母さんのことをどう思ってるのか、俺自身もよくわからないんだよね。楽しかった思い出も、辛かった過去も全部覚えてる」
普段前髪で隠している表情が、今はよく見える。けれど、見えるだけ。何を想い、どう感じているのかはまるでわからない。
「さっき「許されない」って言ったよね?……俺は、母さんのこと「許したい」って、そう思ってる」
その結論に至るまでに、どれだけの葛藤があったことだろう。
「普通なら許さないとか、そんなの知ったこっちゃないよ。だから、もし母さんが自分を許さなくても、俺には関係ない。………えっと、つまり何が言いたいかというと、コレ受け取ってよってことなんだけど」
知ったこっちゃない、か……。昔の智夏だったら絶対に言わない言葉。智夏も秋人も、昔より男の子っぽい口調に変わっていた。
――――――――――――――――――
「コレ受け取ってよってことなんだけど」
言葉が少しキツくなってしまったと思って、片手に持っていた花束を勢いのままマリヤに差し出した。
「フフ、フフフっ!智夏も男の子なのね」
「?」
生まれた時から男の子ですけど……?
マリヤが笑いながらこっそり涙を拭い、花束を受け取ってくれた。
「ありがとう、智夏」
いつか、この人を「母さん」と違和感なく呼べる日が来るだろうか。
今はまだ、お互いに手探りで歩み寄っているけれど。
「ビーフシチュー冷めちゃうから早く食べなよ、2人とも」
「「はーい」」
いつかは、きっと。




