「おかえり」
俺がサウンドクリエイターとして収入を得ていることを美奈子さんに告げると、目頭をぐりぐりと手で揉みながら疲れたように言った。
「はぁ~。つまり智夏、あんたはその歳で既にがっつり稼いでるわけね」
がっつりって何を基準にがっつりなんだろうか…?他人の収入など聞いたことがないから、がっつりなのかちょっぴりなのかすらよくわからない。
サクサクサクサクサク…
無言で口の中に彩歌さんお手製のクッキーを詰め込む美奈子さんの姿はさながらリスのようだ。視線の鋭さは肉食獣だが。
もぐもぐ、ごっくん、ときちんと口の中のクッキーを全て飲み込んでから美奈子さんが少し居心地が悪そうに言った。
「年上を揶揄っているわけでもないし、職業だけを見て寄ってきたわけでも、依存するつもりでもないようだし、恋に溺れて盲目になってるわけでもない。……疑って悪かった」
軽く頭を下げられて、逆に俺が居心地が悪くなった。
「だ、大丈夫ですから!」
「あ、そう?」
切り替えが早くていらっしゃるようで。
居心地が悪そうな顔から一瞬でクッキーの味を楽しむ顔に変わった。そんな親友の様子に笑いながら、彩歌さんが胸を張って言った言葉にドキッとした。
「私が惚れた男なんだから、いい男に決まってるっス!!」
やだ…俺の彼女がカッコいい。惚れてまうやん。いや、もう惚れてたわ。骨の髄まで惚れてた。
「あーはいはい。わかったわかった。邪魔者の私はもう帰るよ」
「「え!?」」
「「え!?」じゃないよ。彩歌はともかくなんで智夏がそんな情けない声を出すわけ?」
てっきり俺が帰るまでいるものだと思っていたので、急に2人になるとわかったら心の準備が…。
「ったく。私の彩歌の彼氏なんでしょ?しっかりしな!」
「了解であります!将軍!」
「だれが独眼竜だ。照れるでしょうが」
「誰もそこまで言ってません」
政宗さんに謝ってください。
どこまでもマイペースな美奈子さんが本当に帰ってしまい、予期せぬ形でこうして彩歌さんと2人っきりに。
「智夏クン、最初からやり直してみないっスか?」
「え?」
困惑している間にあれよあれよと外に出されてしまった。
これはまさか……鍵を使う機会を再びくれるということ?
え、なにそれ好き。
インターホンを押すところからだよな。あれ?インターホンってどういう力加減で押せばいいんだっけ?そもそも鍵を持ってるのにインターホンって押すのか?
扉の前でインターホンと手の中の鍵を交互に見ながら悩み、インターホンは使わず、鍵を使って開けることにした。
若干汗ばんできた手で鍵を鍵穴に刺して回す。
ガチャ…スー、ガチャリ
鍵が開いた扉をゆっくりと動かす。
「おかえりなさい!」
「ただいま……あ~好きです」
「っ!へへ」
鍵を開けて入ると、彼女からの「おかえり」が待ってました。
「インターホンを鳴らしてたら「いらっしゃい」って言ったっス」
「鍵で開けて心底よかったです…」
「智夏クン智夏クン、こっち」
「?」
俺の手を取り、部屋の中に引っぱる彩歌さんについて行くと、2人掛けのソファーに座らされ、その隣に彩歌さんがちょこんと座った。
「ソファー、ちょっと狭いっスね」
「そ、そそそそうですね!?」
近っ!?可愛っ!?
俺が気持ち悪いくらい挙動不審になっていると、左肩にふわっと重みを感じた。
「彩歌さん?」
「ちょっとだけ、このまま…」
彩歌さんの頭が俺の左肩にコツンと乗っている。
何を話すでもなく、ゆっくりと過ぎていく静かな時間を満喫したのだった。
「あ!夏兄おかえり!」
「ただいま冬瑚~」
「なんで帰って来たの?」
「え…」
家に帰って早々、妹の言葉に心を抉られた。お兄ちゃんが帰って来ちゃイヤだったのかい?
「だって香苗ちゃんが「夏くんは今日は帰らないかもな~」って言ってた!」
「なっ!?」
小学生になんつーことを言うんだあの人は!!
世界一どうでもいい情報だけど、俺の性知識は田中や鈴木との男子の会話の中で身に付けました。
「あ~れ~?夏くん帰って来たの?」
「帰りますよ。ここは俺の家ですから」
「ふふっ、そっか。おかえり」
「ただいま」
~執筆中BGM紹介~
ウマ娘 プリティーダービーより「うまぴょい伝説」歌手:スペシャルウィーク(和氣あず未)様/サイレンススズカ(高野麻里佳)様/トウカイテイオー(Machico)様




