表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

210/467

実在したんだ

前半は智夏視点、後半は水野さん視点です。



水野さんの中でサウンドクリエイターの『御子柴智夏』とヒストグラマーの御子柴智夏が結びついて、最初は真顔で


「ま、まじか」


と。なので俺は


「まじです」


と返した。水野さんは「あー」とか「うー」とか声にならない声を漏らした後、両手で顔を覆って静止した。


なんでもスマートに決める社会人、みたいな印象がぽろぽろと剥がれ落ちて、人間らしい部分が見えてきて少しほっとした。なんだか心の距離がぐっと縮まったような。……それにしても水野さん、いつまで止まってるんだろうか。


「あの、水野さん…?」


いつまでも顔を覆ったまま止まっている水野さんにだんだんと不安になってきた。息、してるよな…?俺に呼ばれてピクッと反応したのを見るに、生きていたらしい。良かった。


「あの……」

「はい」

「めっっっっっちゃファンです……」


両手を顔からゆっくりと剥がし、声を若干震わせながら水野さんはそうカミングアウトした。


「……あ、『ツキクラ』のファンってことで、」

「『ツキクラ』もファンですけどそうじゃないです今の「ファンです」はサウンドクリエイター『御子柴智夏』のファンということです」

「なんかすみません」


息継ぎ無しで早口で一気にまくし立てるその姿はもう、クールな社会人ではなく、オタクそのものだった。


「しかしそうですか。サウンドクリエイターとしての所属はたしか…」

「ドリームボックスです」


今更だけど、ドリボは兼業OKなのだろうか。これはまた社長から「報連相がなってない!」って怒られるやつだ。


脳内で社長にスライディング土下座を決め込みつつ、水野さんとの話に集中する。


「ドリボとも交渉が必要だな…」

「すみません」


俺のせいで余計な手間をかけさせる羽目になってしまった。そう思って謝罪の言葉が口をついてしまった。


「さっきもそうだけど、君が謝る必要はないんだよ」

「そーだよパイセン」

「後輩君はホントによく謝るよね」


言われてみればたしかによく謝っているような…。水野さんに指摘され、虎子と陽菜乃先輩が横でうんうんと頷いていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





音楽界隈でよく話題にあがる名前がある。人気アニメのBGMを作っていた無名の作曲家だ。


『御子柴智夏』


彼が手掛ける曲は、聞く者の心を直接揺さぶるような強い力を持っている。噂ではピアノの技術も相当なものだとか。


その噂を聞いた時、俺はその『御子柴智夏』とかいう調子に乗った若造の(あら)探しをするために、彼がBGMを手掛けた『月を喰らう』をはじめとしたアニメを見た。


すぐに消える一発屋のような天才だと思ってた。でも、その音を聞いた瞬間にわかってしまった。一朝一夕で出るような音ではない。この音は、長年ピアノに真摯に向き合ってきた人でなければ出ないものだと。


音も魅力たっぷりだったが、一番心惹かれたのは、彼が織りなすBGMだった。


怒り、悲しみ、喜び、憂い……大げさすぎず、かといって控えめ過ぎず。等身大の感情が伝わってきて、心が揺さぶられたのだ。その中でも特に、俺の中に強く残った曲は、『月を喰らう』で主人公が孤独に(さいな)まれたときに流れたBGMだ。


俺が生まれた直後に体の弱かった母は亡くなり、父に男手一つで育てられた。父が仕事で忙しい間は祖父母に家に預けられ、小さかった時はかなり寂しかったのを大人になった今でも覚えている。


だからだろうか。このBGMを聞いた時、小さかった頃を思い出したのは。


このBGMを作った人は、”孤独”を知っている人だとわかった。文字としての意味ではなく、経験としての孤独を真に理解している人だと。


そこからはもう、すっかり『御子柴智夏』のファンになってしまったのだ。レコード会社に勤めていることもあって、情報は他の人よりも手に入りやすい……と思っていたのだが、わかったことは世間でも知られているような浅い情報ばかりだった。


やきもきしながら仕事をしていたとき、その動画を見つけたのは本当に偶然だった。学生の制服を着た5人組のバンドの演奏を聞いて、思わずその場で立ち上がった。ビビッと来たのだ。ダイヤモンドの原石、いいや、ダイヤモンドそのものを見つけた!


スマホを持ったままノックもせず社長室に飛び込んで、社長も巻き込みオファーの許可を取った。


あちこち調べて、彼らがとある高校のバンドだとわかった。そしてさらに調べに調べてバンドメンバーの一人のYeah!Tubeアカウントを見つけ出し、オファーの連絡を送った。






そして現在。バンドメンバーと、彼らが信頼を置く人物からデビューの承諾を得て内心ガッツポーズを決めていると、衝撃の告白を聞いたのだ。


「アニメ……サウンド…御子柴……っ!?ま、まさか、あの御子柴智夏本人!?!?」


その後のことはあんまりよく覚えていないけど、多分心臓止まってたねアレは。そんくらいの衝撃だった。


御子柴智夏って実在したんだ…!?


この複雑なファン心理よ。同じ世界線にいたんだなぁ、と宇宙に感謝する謎の現象。そして押しがまさかの激推しバンドのメンバーとかナニソレ。


それから話を聞く中で気づいたのは、彼は、高校生の御子柴智夏は自己肯定感がとても低い、ということだった。


高校2年生の子が、あの孤独の曲を作ったのかと思うと胸が痛くなる。ここに至るまで、相当に険しい道のりだったであろうことは想像に(かた)くない。



すぐに消える一発屋?天才?そう言っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。


「君が謝る必要はないんだよ」


俺のこの言葉を聞いた御子柴君の反応を見るに、彼は無自覚のうちに謝っていたようだった。謝ることに慣れているような、そんな印象だった。


自己肯定感が育つには、幼少期の周りの大人との接し方、特に親の愛情が大きく関係していると聞いたことがある。




………これ以上、憶測でモノを考えるのはやめよう。


今の、そしてこれからの俺にできることは、御子柴君とヒストグラマーのメンバーを支え導くことだ。




~執筆中BGM紹介~

CITY HUNTERより「Get Wild」歌手:TM NETWORK様 作詞:小室みつ子様 作曲:小室哲哉様

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ