他人の恋路
・ざっくりとした今回の登場人物紹介
智夏(現在:高2)、陽菜乃先輩(高3)、ザキさん(高3)、すみれ先輩(高3)、虎子(高1)、天馬先輩(高3)(タブレットからリモート参加)、そしてレコード会社からやってきた水野さん。
何かに必死に耐えるような表情で陽菜乃先輩が言った。
「デビューは、できない。できないよ…」
「陽菜乃先輩…」
こんな表情の陽菜乃先輩を初めて見る。いっつも不敵な笑顔で俺たちを引っ張ってきた太陽に陰りが差したような。言葉にしがたい不安が俺たちの肩に圧し掛かってきた。
そのときだった。
「お嬢様。顔がこわーいですよ」
「うみゃ」
「「「!?」」」
ザキさんがギューッと陽菜乃先輩のほっぺたを引っ張ったのだ。ずっと静観していた、陽菜乃先輩の従者のような執事のような存在であるザキさんがそんな暴挙に出るとは誰も予想しておらず、事情を知らない水野さん以外の全員が息を呑んだ。
「我が儘は高校生まで、と決めていたことは知っています。それを知っていてなお、言わせていただきますが…」
すーっと息を吸って、もう一度むぎゅっと陽菜乃先輩のほっぺたをつまんで、ほんのりと口の端を上げながら言った。
「もっとヒストグラマーの輝く姿を僕は見たいです。お嬢様がマイクを握って全力で歌う声をまた聴きたいです。それに、」
ザキさんがむぎゅむぎゅとしていた手を止めて、頬に手を添えたまま、今度は幸せそうに笑って続きを言葉にする。
「我が儘なお嬢様、僕は好きですよ」
………………ボンっ!
陽菜乃先輩の顔が一瞬で真っ赤に染まった。もれなく周りで聞いていた俺たちの顔面も真っ赤に染まった。
え!?なにそれなにそれ!?キャーッ、キャー――――!!!
そういうことですか?ザキさんは陽菜乃先輩のことを…?キャーー!って落ち着け俺。いつまで心の中でキャーキャー言ってんだ。
「青春だなぁ~」
「………はぁー。すみません。改めてデビューの話ですが」
「「「えっ!?このまま話を進める(の)(のか)(ちゃうの)んですか!?」」」
「えぇい、黙らっしゃい!」
他人の恋路って気になるもんだよね。
何事も無かったかのように話を進めようとした陽菜乃先輩にブーブー文句を言っていたヒストグラマーの面々を黙らせると、再びデビューの話に戻った。
「私以外の全員がデビューしたいって言っていることですし、デビューさせていただけるなら、是非」
と陽菜乃先輩が言うと、
「俺らをだしに使うなよー」
「そーそー。陽菜乃パイセンが嫌ならデビューしても意味ないし~」
天馬先輩と虎子がニヤニヤとからかうように陽菜乃先輩の言葉に反応した。
確かにさっきの言い方だとまるで自分はデビューしたくないけど周りがそう言っているから仕方なく賛成しているように聞こえるような。
「だーっ!ごめんなさい!言い方を間違えました!これからもヒストグラマーのメンバーとして歌い続けたいからデビューさせてくださいお願いします!」
これでヒストグラマー全員がデビューの意思を固めたわけだ。しかしデビューするにあたって、解決しなければならない問題がある。陽菜乃先輩もそれをわかっているからこそ、最初はデビューに反対だったのだ。
「私は、親には黙ってバンド活動がしたいんです」
「それは……う~ん。君たちはまだ未成年だから保護者の同意は必要になってくるからね。難しい話だね」
「ですよね。なので、半年ください」
水野さんの答えはわかっていたようで、陽菜乃先輩が力強く頷く。
「半年で親を説得してみせます」
「為澤さんが高校を卒業するまであと2年あるので、焦らなくても大丈夫ですよ」
「虎子は高校生のうちにでもデビューしたい~」
「ということなので」
陽菜乃先輩と虎子が息ぴったりに水野さんに詰め寄ると、水野さんは若干後ろに体を引きながら逃れるようにして俺の方を見た。
「でも、半年後はちょうど御子柴君が受験戦争中では?」
そういえば……という目で陽菜乃先輩と虎子が同時に「しまった」という表情で振り返る。
「そうですね。半年後は受験生ですし、それに仕事の方もあるのでなんとも…」
「仕事…?」
いくら本名で活動しているとはいえ、俺の知名度なんてこんなもんだよな。学校じゃみんな知ってたから自惚れてたみたいだ。恥ずかしい。
「はい。実は、アニメのサウンドクリエイターをしてまして」
「アニメ……サウンド…御子柴……っ!?ま、まさか、あの御子柴智夏本人!?!?」
どうやら俺のことは知っていたみたいだ。サウンドクリエイターの『御子柴智夏』と高校生の俺が結びつかなかったのだろうか。まぁ、素顔も年齢も公表していないし、わからないのも当然かも。
「どの御子柴智夏かはわかりませんが、『御子柴智夏』として活動してます」
「ま、まじか」
「まじです」
水野さんの人間らしいリアクションが見れた瞬間だった。
~執筆中BGM紹介~
3月のライオンより「アンサー」歌手:BUMP OF CHICKEN様 作詞・作曲:藤原基央様
作中では3月です。




