何気ない言葉に
最初は田中視点、途中から秋人視点でお届けです。
ちょっと長め。
2月13日
放課後の田中家には、来訪者が2人。
「いらっしゃ~い!!冬瑚~!!」
「おじゃましまーす!津麦ちゃん!!」
感動の再会のように抱きしめあう小学生2人の後ろで、お互いの兄が呆れた様子でそれを見ていた。
「お邪魔します、田中さん」
「はいよ」
今日は田中家で津麦と冬瑚が一緒にバレンタインチョコを作る約束をしていたのだ。秋人と田中はそれの見張り……というかお手伝いである。
「材料の買い出しありがとな」
重かったろ?と言って田中が秋人の手からマイバックに入ったチョコの材料を受け取る。
「いや別に……」
気まずそうに呟いた秋人を見て、内心で苦笑する田中。子ども扱いして悪かったかな、と反省しつつも、そういうところがまだ子供なんだよな~と微笑ましくなる。
「お前らいつまで抱きしめあってるんだ?早く手を洗ってきなー」
「はーい」
津麦が洗面所まで冬瑚と秋人を先導するのを見送り……待てよ、洗面所って今…!?自分史上最速のスピードで廊下を走って、秋人が洗面所に入る直前に洗面所の扉を閉める。
「な、なんですか?」
秋人が驚いた一秒後、冬瑚と津麦が入った洗面所の中から、もう一人別の女の子の悲鳴が聞こえてきた。
『ひゃ、ひゃわわわわーーーー!!!』
『あ、深凪姉ちゃんお風呂入ってたの忘れてた』
『えーと、初めまして?』
洗面所兼脱衣所の中で起きているカオスな現場の音声を聞きつつ、兄たちは思う。
(間に合って良かったーーー!)
(扉閉じてくれて助かったーーー!)
危うく妹の生まれたままの姿を友人の弟に晒すところだったことに冷や汗をかきつつ、ギリギリ間に合った?ことに安心したのだった。
「あの、深凪、さんって?」
「あ、あーえっと、中学3年の俺の妹。津麦の姉」
「なるほど………あの、台所で手を洗っても?」
「その方が良さそうだな。なんか悪いな」
「いえ、こちらこそ妹が頓珍漢なこと言って、すみません」
男2人で台所に向かいながら謝り合う。
「あと、深凪のことなんだが……」
「?」
話してもいいのかどうか悩みながら、それでも決心したかのように田中が秋人に向き直る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
田中さんが教師みたいに言った。
「それじゃあ板チョコを細かく切ってくれ」
「「は~い」」
買ってきた板チョコを割って、それをさらに細かく包丁で刻んでいく。
「冬瑚、手は猫だぞ」
「うん!ハルだね!」
「ハルって?」
「白猫のハルだよ!」
「猫ちゃんいるの!?」
「コラ津麦。よそ見しながら包丁を使うな。危ないだろ」
「ごめんなさい!」
台所はあんまり広くないので、リビングのテーブルにまな板を持って来て、そこでチョコを刻んでいる。
チョコを刻み終え、あらかじめ用意していたお湯が入ったボウルに、刻んだチョコを入れておいたボウルを入れて溶かす。
「これを湯せんと言います」
「ふへ~」
「湯せん、湯せん」
気の抜けた返事をする津麦と、忘れないように何度も口に出す冬瑚。
湯せんして溶けたチョコを色々な形の型に流していき、冷蔵庫に入れて冷やす。あとは待つだけなので、時間ができた。だから、ずっと僕たちを扉の隙間から見ていた人物に目を向ける。
「あの、初めまして。冬瑚の兄の秋人です。えっと…深凪さん」
「………………っ、」
田中さんと台所に向かっていたときに聞いたこと。それは深凪さんが学校に行っていないことだった。どうやら僕が通っている中学校と同じらしいけど。
『深凪は、俺たち家族以外の人間とうまく話せないんだ。ある時からぱったりと。原因は聞いても教えてくれなくて。俺たちはそんな深凪をそっとしておいたけど、でもそれじゃいけないんじゃないかって、思うようになってな。秋人君がよかったらなんだけど、話しかけてみてくれないかな?』
言われた通りに話しかけてみたけれど、これは思ってた以上だ。冬瑚も洗面所で出くわしたときに違和感は感じていたのだろう。何も言わずにこちらの様子を窺っている。そして津麦と田中さんは、とても心配そうな表情をしていた。
「あー、えっと、2人で話してもいい?」
「………!?」
「それじゃ失礼して」
年上だけど敬語を使う気も無くなってしまった。僕は尊敬できる人にしか敬語は使わない。それに、家族が見守ってるこの場所じゃ、お互い言いたいことも言えないし。
ずかずかと深凪の部屋と思われる場所に入る。中には3台くらいパソコンの画面みたいなのがあって、女の子の部屋っぽくはなかったけど、その方が居心地は良い。
「学校に行かないのはなんで?」
「…!?」
「話せないなら文字で書いて」
今までこんなに強引に事情を聞こうとする人はいなかったのか、かなり動揺している。まぁ、さっき会ったばかりの人間にこんなこと言われたら動揺するのは仕方がないか。でも、このままじゃいけない。この人にとっても、家族にとっても。
「教えてくれないと、わからない」
唇をかんで、首を横に振る深凪を真っすぐに見つめる。
「家族にもなんで話さなくなったのか言ってないんだってな。信用できねぇのか?」
「…っ!」
目をキッとつり上げて俺を睨む深凪を睨み返す。
「家族はそう思ってるんだよ。だってなんにも話してくれねぇんだもん。あー信用されてねぇんだなって思うんだよ」
「た、他人に何がわかる!」
お、喋った。でも、これは怒りに任せて話してるだけ。根本的な解決には至っていない。
「わかるよ。昔の兄貴があんたみたいに、何も話してくれない人だったから」
「!」
兄貴があの男からひどい扱いを受けていても、僕に相談したことは一度もなかった。兄貴の中の僕は小さい子供で、守るべき存在だったから。だけど、何も言ってくれない兄貴をずっと見てきたからわかる。
「家族のために怒れるのに、なんで自分が家族を悲しませてるってわかんねーんだよ!お前の兄貴も!小っちゃい妹も!心配してんのが、相談されなくて悲しませてんのがわかんねーのかよ!」
「わかっているのです!心配をかけていることも!悲しませていることも全部全部!」
「わかってるなら動け!」
「簡単にいかないから引きこもってるのですよ!」
「だからその理由を聞いてるんだろうがっ!」
全力で言い合って、お互い息が上がっているが、なんだかスッキリもした。それは深凪も同じ。顔がさっきより晴れやかになっている。
「………声が、気持ち悪いと言われたのです」
「それを言った奴らとは、仲良かったわけ?」
ふりふりと首を横に振った。
「他人から言われた言葉の方が強いときってあるよな」
「今も、他人のあなたから言われた言葉がずっと響いているのです」
友人から言われるよりも、家族から言われるよりも、他人から言われる何気ない言葉に深く深く、傷つくことがある。
「これくらいで引きこもりになるなんて、自分にがっかり……」
「これくらい、なんて言うなよ。あんたにはそれくらい辛くて重い言葉だったんだろ」
一人一人、個性があるように、どれくらいで傷つくのか、それもまた人それぞれだ。
「……ねぇ、君の兄上と話がしてみたい」
深凪の目には、まだ迷いがあった。だから、その迷いを断ち切るために、兄貴から話を聞いてみたいのだろう。どうやって変わったのかを。
「わかった」
スマホを取り出して、兄貴の番号にかけると、すぐ近くから着信音が聞こえた。
「さっき田中から連絡あってな。来ちゃった」
にこにこと笑う兄貴の、その言い方に笑いつつ、来てくれてよかったとホッとするのだった。
~執筆中BGM紹介~
劇場版 魔法科高校の劣等生 星を呼ぶ少女より「SPEED STAR」歌手:GARNiDELiA様 作詞:メイリア様 作曲:toku様
今日は七夕ですね~。




