初ボケ
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冬瑚のチューを逃して落ち込んでいた兄二人を見て、何かを察した冬瑚が膝の上に座ってくれた。…秋人の膝に、だけど。いや、別にいいんだ。俺の膝にはハルが寝てるから座れないから仕方なかったのはわかってる!
「ねぇこれ見て~」
「ん?…おぉいい感じだな。良かったな冬瑚」
「うん、良かったぁ…」
秋人と冬瑚がスマホの画面を見て何やら嬉しそうにしている。…なにをしているんだい?お兄ちゃんも混ぜてくれてもいいんだよ?ねぇねぇ?
「夏兄、変なかお~」
いつも可愛い冬瑚の顔がいまは蕩けてしまっている。秋人がこっくりこっくりと舟を漕ぐ冬瑚の体を支えながら、小さなその手からそっとスマホを抜き取った。
「冬瑚、眠い?」
「んぅにゃ、ねむくにゃい」
「年越しのタイミングで起こすから、今は寝てろ」
「ん、う…すぅ」
言葉はぶっきらぼうでもその優しい声音から秋人がどれだけ冬瑚のことを大切に思っているかがわかる。
「それで?何を見て嬉しそうにしてたんだ?」
「スマホ」
「それはわかるから。そうじゃなくて」
男の子ってどうしてこう口数が少ないの?そもそもこれは口数の問題じゃないな。絶対返事を面倒くさがっているだけだ。
「午前中に果物のやつ、放送されただろ」
「果物のやつ?…あぁ、『みんな大好き!くだものちゃん!』のことか」
妹と兄が制作に携わっているアニメのタイトルくらい覚えておいてくれ、弟よ。
「そうそうそれ。それの反応が良いんだとよ」
「そっか。それで冬瑚はあんなに嬉しそうな顔をしてたのか」
冬瑚も、そして秋人も。秋人は優しい子だ。口ではツンケンしているが。現に、冬瑚が寝やすいように膝枕をしてあげている。その光景に、今は亡き兄の姿が重なって見えた。
「やっぱり、秋人は春彦に似てるよ」
「似てるのは兄貴だろ?目の色以外そっくりだったじゃんか」
俺は青色の目、そして春彦は黒色の目だった。たしかに似てはいた、が。
「外見じゃなくて中身の話だよ」
「…母さんも同じようなこと言ってたな」
「春彦もよく、秋人を膝枕してたよ。覚えてる?」
母さんと一対一のピアノレッスンが終わってリビングに戻ると、小さな子供にとっては遅い時間なので毎回秋人は眠ってしまっていた。そのときによく春彦が膝枕をしていたのだ。いまの秋人と同じように優しい兄の顔をして。秋人も幼いながらにその時の記憶が残っていたらしい。
「僕はあのとき、兄貴に嫉妬してた…んだと思う。母さんはピアノを教えるために兄貴に付きっきりだったから。多分、寂しかった」
初めて聞く弟の本音に驚いた。が、俺が驚いたのはそれだけじゃない。
「俺も、春彦と仲の良い秋人があのとき羨ましかったよ」
「兄貴が、僕を?」
目を見開いて秋人が俺を見た。情けないよな。年の離れた弟のことを羨ましがるなんてさ。当時の心の内を吐露するのは恥ずかしいが、こんな日も悪くはない。
「ピアノの練習が嫌だったわけじゃないんだ。でも、俺も春彦と遊びたかったんだよ」
「お互いにお互いのことを羨ましがっていたんだな」
秋人は母を独占する俺を、そして俺は春彦と仲の良い秋人をお互いに羨んでいた。自分がどれだけ恵まれた環境にいたのか、俺たちは失って初めて気づいたのだ。
二人で感傷的になっていると、すすり泣く声が聞こえてきた。
「~うぅっ!ひっく!夏くんっ、秋くぅんっっ!」
大粒の涙を流しながら、眠っていたと思っていた香苗ちゃんが俺と秋人の頭を撫でてきた。
「香苗ちゃん起きてたんだ?」
「酒くさい」
「うぁぁぁぁぁん!」
いつから聞いていたんだろうと疑問に思いながらも、香苗ちゃんの手を甘んじて受け入れる。それは勿論、秋人も同じだ。
しばらく撫でられっぱなしになっていると、秋人の恥ずかしさゲージが限界を超えて香苗ちゃんの手を頭上から引きはがしていた。俺もそろそろ摩擦で禿げないか心配になってきたので、やんわりと香苗ちゃんの手から逃れる。
香苗ちゃんは少し残念がりながらも笑って、もう一本お酒を取りに行った……うん!?お酒!?
「香苗ちゃん飲みすぎだよ!もうこれ以上は飲ませません!」
「えぇ!?大晦日なのに?」
「大晦日でも何の日でも!これ以上は体に悪いよ」
「や~ん私のこと心配してくれるの?夏くんやっさし~」
冗談めいた口調で香苗ちゃんが言ってきたが、心配になんてするに決まってる。
「大切な人には長生きしてもらいたいよ」
「夏くん…」
人間なんて簡単に死んでしまう。俺たちの父があっさりと突然死んだように。…なんだかしんみりしてしまったので、俺の方から冗談を言うことにした。
「150歳くらいまで生きてもらわないとね」
「任せなさい」
「香苗ちゃんなら本当に生きそうだよね」
「生ける伝説として大往生してやるわ」
お酒ではなく、それからは秋人と三人で温かいお茶を飲んでまったりと話していく。
「兄貴、明日どっかのなんかに行くんだろ?」
「どっかのなんかって。情報量少なすぎないか」
明日どこかに行く、という情報しかなかったぞ。
「テレビ局にな。Luna×Runaの2人がチケットを取ってくれたみたいで。『新春!アニソン歌合戦!!』の生中継を見に行くんだよ」
「ほ~ん」
「あ、言い忘れてたけどソレ、私達も行くよ~」
「はぁ!?」
他人事だと思って気の抜けた返事をしていた秋人が、香苗ちゃんの突然の発表により飲んでいたお茶を危うく零しかけた。
「っぶねぇ。冬瑚にかかるとこだった」
「気を付けような」
君の膝にはいま天使が眠っていることを忘れないで。
「社長がくれたの忘れてた~」
「そういう大事なことはもっと前に言うべきだ!」
「秋くん、しーっ!冬ちゃんが起きちゃう」
「誰のせいだ!」
こんな感じで明日の予定が決まったとき、年越しの5分前になったので冬瑚を揺り起こす。秋人が。
「ふわぁぁ。カウントダウン始まったの?」
「始まった」
あくびをしながら聞いてくる冬瑚の寝癖を手櫛で直しつつ、膝の上に座らせた。秋人が。
「秋人さんや、ちょっと場所を替わろうか」
【訳:兄に妹をゆずり給へ】
「やだね」
【訳:天使は渡さねぇ!!!】
「5・4・3・2・1!」
「明けましておめでとー!!」
「おめでと~」
「今年もよろしくね」
「よろ~」
秋人の膝の上には冬瑚、香苗ちゃんの腕の中にはハル、そして俺はそれを見せつけられながら年を越したのだった。
「ハッ!冬瑚を抱いてる秋人をさらに俺が抱いたら問題ないのでは!?」
天才的な閃きをしてしまった!
「初ボケおつ~」
「ボケてないよ?」
「…え?」
~執筆中BGM紹介~
さよなら絶望先生より「人として軸がぶれている」歌手・作詞:大槻ケンヂ様 作曲:NARASAKI様
読者様からのおススメ曲でした!名言と共に頂きました!遅刻は地球の軸のせいだって!…てっきり作者の怠惰のせいかと思ってた。作者びっくり。




