腐れ縁
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ゲームで彩歌さんとエレナに負けて液体Xを飲み干し、テーブルに突っ伏して胃を休めていたとき、彩歌さんが優しく背中をさすってくれる。幸せ。
「二人は幼馴染なんスよね?」
「そうとも言えますね」
「そうしか言えないでしょ」
テーブルが俺とエレナの間になかったから絶対ペシッとやられてた。危ない危ない。このとき顔を上げていなかった俺は知らない。机に突っ伏していたことで対面に座るエレナの位置からでも容易に手が届いたことに。そしてエレナが脊髄反射のレベルで叩こうとしたときに、彩歌さんが止めてくれていたことに。
「腐れ縁とも言える」
「くされ?どういう意味の日本語なの?」
エレナの質問には答えずに、優しく背中を撫でてくれる彩歌さんの手の温もりを享受する。「ねぇちょっと」「なんで無視するのよ」「絶対悪い意味でしょ」とか頭上で言っている気がするが全てスルーだ。
「そんなに仲の良い二人が何をしようとしていたんスか?」
「・・・何をしにここまで来たのか、それは私にもわからないわ」
エレナが突然すっとぼけたことを言い出した。それだと俺が行き先も告げずにつれてきたみたいになっちゃうでしょうが。
「先生に言われて書店に連れて行こうとしたんだよ。教科書受け取ってこいって言われただろ?」
「あーそういえばそうね」
肝心の本人が用件を忘れているなんて。三歩歩けば忘れる鳥頭なのか?ってこんなこと思ったらまた叩かれる。痛くないから別にいいけど、と思いながらそろっと顔を上げるとエレナが微妙な顔をしていた。なんだその顔。どういうときの顔?
怪訝に思っていると、制服のポケットの中に入っているスマホに電話が掛かってきた。
「田中からだ」
「「田中って?」」
「男の友達。エレナは同じクラスだから名前くらい覚えてやって」
「あぁ正妻ね」
正妻・・・?そういえばそんな噂が流れてた時があったような。ま、いっか。2人に断りを入れて電話に出る。
『あ、しばちゃんもう書店に着いてたか?』
「まだだけど。どした?なんか買ってきてほしいものでもあったか?」
『え。言ったら買ってきてくれるの?優しいかよ。優男かよ。惚れてまうやろ』
「切るぞ」
『ごめん冗談だって』
後ろからがやがやとにぎやかな声が聞こえるので学校から電話をかけているのだろう。
『ヨシムーから伝言預かった』
「先生から?」
『「書店の人が教科書一式を学校まで届けてくれたから~。書店行かなくても良くなった。わりぃな」だってさ』
だってさ、だってさ、だって、、、さ、、、、
「なぁ田中。そこに先生いる?」
『いるけど。代わるか?』
「頼む」
少し間が空いて、気怠そうな声がスマホから聞こえてきた。
『御子柴どした?』
「先生が向こう一週間タンスに小指をぶつけ続ける呪いをかけました」
『ハァ!?お前なんつー呪いを、』
「失礼します」
先生が何か言っているが途中でぶちっと切る。フー、すっきりした。
「どうしたの?」
エレナと彩歌さんが目を丸くして俺を見ていた。
「教科書取りに行く必要なくなったそうです」
「あら、そう」
「そう・・・ってそれだけ?」
反応が淡泊すぎない?それともエレナの反応が普通なのか?
「だってもうチーちゃんが呪いかけてたし。それに、」
不自然に言葉を切ってエレナが彩歌さんを見る。
「素敵な出会いがあったから」
「私もっス。エレナちゃんと仲良くなれてよかった」
あはは、うふふと笑いあう女子二人。なぜだか疎外感が。ふと窓を見ると、夕焼けの優しい色が差し込んでいた。
「彩歌さん。不安にさせてごめんってさっき言ったばかりだけど」
「うん」
真剣な表情でしっかりと目を見て頷いてくれる彩歌さんを、改めて好きだなぁと感じる。そんな人をまた不安にさせるかもと思うとかなり心苦しいが、俺にはエレナを見捨てることはできそうにない。
「エレナと二人きりで話しても、いい?」
「ちょっと待ったぁ!!」
「「うわっ!」」
びっくりした!急にエレナが大きい声をあげるから二人同時に驚いた。
「さいちゃんを不安にさせちゃダメでしょうが!」
「さいちゃん?」
「彩歌のことよ!ねぇチーちゃん。私に気を遣ってくれてるのはわかるよ。その気持ちは素直に嬉しい。でもね?彼女さんを差し置いてまで私を優先してほしくはないの」
「エレナちゃん・・・」
「まず第一にさいちゃんのことを考えてあげて」
エレナがそういう真面目な話をするときは大抵俺が間違っているときなので、エレナの言っていることは正しいのだろう。だがしかし。
「俺の彼女を口説かないでくれる?」
「さっきの言葉、キュンと来たっス・・・」
「あら。こんな乙女心を理解しない男なんて放っておいて私に惚れるといいわ」
「ええっ!?」
お邪魔虫のようにシッシッと手で払われる。扱いひどくないですかね。確かに乙女心はよくわからないですけれども。それでも理解しようとはしているのですよ。
「二人っきりで話そうとしていた内容。今ここで話して」
「・・・わかった」
エレナから促されて、この場で話すことを決める。春彦のことは彩歌さんも知っているし。それに同性がいた方がいいかもしれない。
「彩歌さん、エレナの方に座ってもらっていい?」
「わかったっス」
彩歌さんに席を移動してもらい、エレナの隣に座ってもらう。
「エレナがさ、ロシアに戻ったのは小学1年生の冬だったよね」
「えぇそうね。チーちゃんとハルヒコが空港まで見送ってくれた」
「うん。そうだった」
あのとき見送りに来た春彦に号泣したエレナが抱き着こうとして避けられて、鼻を手すりにぶつけていた。
「その後、何回か手紙のやり取りもした」
「チーちゃんの返事は毎回短かったわ。ハルヒコには何通も送っていたけど絵ハガキが一枚届いただけだった。でもとっても嬉しかったの。あの絵ハガキは今も大切に持ってるわ」
何気ない、幸せの記憶。幸せな、過去の記憶。
「エレナ。本当はわかってるんだろ」
「なにが?」
「春彦はもうどこにもいない」
「違う、違う違う!だってハルヒコは!日本でサウンドクリエイターをしてるって!」
震えだしたエレナを彩歌さんがぎゅっと横から抱きしめる。それで少し落ち着いたみたいだった。
「それは俺のことだよ。ちょっと前まで『春彦』って名前でやってたから」
「チーちゃん、なの?・・・・・・・・・じゃあハルヒコはどこなの?」
迷子の子どものように、寄る辺を無くした舟のように、エレナは独りだった。トルストイ家には嘘を教えられて、初恋の相手は本当に手の届かない場所にいて。
「もう、いないんだ。春彦は事故で死んだ」
決定的な俺の言葉を聞いて、ぴしりとエレナが固まった。
「嘘よ。だって本当は死んでないって言ってたもの」
虚ろな声で、瞳で、エレナが言葉を紡ぐ。
「それは幼いエレナの心を守るためにトルストイ家がついた嘘だ」
「う、そ?本当に、ハルヒコはもういないの?」
「いないよ」
あーキツイな、コレ。春彦はいない、死んだんだって、何度も言うのは結構くるな・・・息苦しさを感じたとき、優しい声、ではなく厳しい声が放たれた。
~執筆中BGM紹介~
暗殺教室 SECOND SEASONより「バイバイ YESTERDAY」歌手;3年E組うた担様 作詞:藤林聖子様 作曲:三原康司様




