チーちゃん
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かっぽかっぽとお馬さんのような足音を立てながら担任の吉村先生が教室に入ってきた。今日も今日とて気怠げにスリッパを鳴らし、いつも通り髭をさすりながら………って、あれ!?
「「「髭が無い!?!?!?」」」
朝のSH特有の眠たさとやる気のなさが混ざった緩んだ空気が、担任の変化により一気に霧散する。
「どうしちゃったのさヨシムー!」
「ヨシムーって頭からじゃなくて髭からハゲる人だったの!?」
「明日は雪、いや、槍でも振るんじゃない?」
担任の教師が髭を剃って教壇に立っただけでこの大騒ぎ。しかしその気持ちもわかる。なんせ担任2年目で初めて髭を剃った姿を見たのだから。こうして見ると案外若いな。本当に香苗ちゃんと同級生だったんだなぁ。
「ただ髭剃っただけだろーが。つーか髭からハゲるってなんだ初耳だぞそんな老化現象。俺だって朝から髭を剃る日くらいあんだよ」
なぜ今なのか。今朝になって突然「髭剃ろう」と決意したわけではあるまい。
「もしかして彼女出来たー?」
「俺にいるように見えるか?」
「だよねー」
「おい!…ってこれじゃあ話進まないから一旦黙れ。このクラスに留学生が来ることになった」
先日わけのわからない告白をしてきた御手洗先輩のタレコミ通り、本当に留学生が来るらしい。
「知ってるー」
「なんで俺が昨日知った情報をお前らがもう知ってるんだよ」
「まぁまぁそんなことより、留学生って男?それとも可愛い女の子?」
俺が転入してきたときもこんな感じだったのだろうか。鈴木が男か女か確かめて、女子が鈴木の発言に引いているこの図。
「鈴木うるせぇ。見ればわかる」
「ほぇ?見ればわかるって…?」
入ってくれ、とヨシムーが廊下に向かって声をかける。留学生が来るってまさか今日の話!?
クラスの視線がドアに集中する。まず一番最初に目を引いたのが腰まで緩く波打っている艶やかな白金色の髪。そして強い意志を感じさせる神秘的な深緑の瞳。透き通るような白い肌。顔はとても小顔で、スラっと女子にしては背が高く、俺と同じくらいはあるかもしれない。
「び、びびびびびびび美女来た」
「綺麗…」
「同い年に見えないんですけど。どう見ても年上のお姉さんなんですけど」
小声でこそこそと話しているクラスメイトを他所に、俺は彼女から目が離せなかった。それはもちろん俗に言う一目惚れ、というやつではない。これはそう、既視感だ。俺はどこかで彼女に会っている。
「みなさん初めまして。ロシアから参りました、エレナ・トルストイです。ぜひ仲良くしてくださいね」
「この通り日本語ペラペラだから」
教室にほっと息を吐く音が重なった。ロシア語なんて話せないしな。難なく意思疎通できそうなことに一安心である。
「御子柴の自己紹介とは大違いだな」
揶揄うようにヨシムーが俺を見てニヤニヤしてくる。えー?そんなに変だったかな。自己紹介しろって言われたから「御子柴智夏です」って言っただけなのに。まぁ、エレナさんのさっきの自己紹介と比べると味気ないかもしれないけど。
「俺を引き合いに出さないでくださいよ」
クラスメイト達も俺の自己紹介を思い出したのかクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「……ミコシバ?」
「ん?あぁ、珍しい苗字だよな。あの眼鏡かけてるのが御子柴だ」
「どうも」
なぜかヨシムーに紹介されてしまったので軽く挨拶をする。が、無反応。いきなり無視かい?と思ったとき、桜色の唇が動いた。
「もしかして、チーちゃん?」
その唯一無二の呼び名に、古い記憶が一気に蘇った。
『度胸試しだ!こっから川に飛び込むぞチーちゃん!』
『エレナがもらったリボンだけど、チーちゃんの方が似合うから付けてあげる』
『チーちゃん小っちゃくて可愛いからお姫様抱っこしてあげるー』
「ま、まさかエレナ…?」
ガタッとよろけながら思わず立ち上がってかつての友人……友人?の名を呼ぶ。
お、思い出した。こいつ、俺の幼少期のトラウマメーカー!(説明しよう!トラウマメーカーとはトラウマを作る人のことである!)
度胸試しとか言って嫌がる俺を引っ張って橋から川に飛び込んだり。自分が付けていたリボンを走るのに邪魔だからと言って俺に着けてきたり。お姫様抱っこしてあげるとか言って砂場に放り投げられたり。エレナはまさにガキ大将だったのだ。あのジャイ〇ンの権化みたいだったエレナが、まさかこんなお淑やかになってたなんて…!
まさかあの伝説の、泉にジャイ〇ン捨てたら綺麗なジャイ〇ンになった的なアレか!?エレナも泉にドボンしてお淑やかエレナになったのか!?
「そんなわけあるかー!」
いつの間にか目の前まで来ていたエレナにペシッと頭を叩かれた。
「あ、良かったエレナだ」
「チーちゃんは人を何だと思ってるの!」
「ガキ大将」
ぺシッ
「あーおっほん、お前さんたち知り合いか?」
そういえばここ教室だった。過去のトラウマそのものみたいな存在を前にしたら色々なことが吹っ飛んでしまっていたようだ。
「はい。昔日本に住んでいたときの友人です」
友人…?下僕の間違いでは?と思わなくもなかったがこれ以上頭を叩かれるのも嫌なので大人しく黙っておくことにする。これは断じて逃げではない。これ以上俺の脳細胞が叩かれて死滅しないように予防したのであって断じて、断じて逃げでは―――!
ペシッ
「なんで叩いたんだよ」
「考えるより先に動いていたのよ」
「どこのヒーローだよ。理不尽すぎるわ」
「どうでもいいから早く座れ」
低い声でヨシムーに注意されてしまった。
「は、はい」
「ダー」
お、懐かしい。確か「ダー」は「Yes」の意味だったよな。
俺の席の隣の列の一番後ろの空席に座ると、エレナはにっこりと手を挙げて、
「黒板が見えないので前に移動してもよろしいですか?」
といかにもお嬢様という感じで俺の横の席に移動してきたのだった。
「これからよろしくお願いしますわ。チーちゃん」
「願い下げです」
「下げないの」
ペシッ
すごいや!今度は言葉の後に手が出た。進歩だね!
ペシッ
「理不尽」
~執筆中BGM紹介~
ささみさん@がんばらないより「Alteration」歌手・作詞・作曲:ZAQ様
読者様からのおススメ曲でした!アニソンメドレーで必ず入ってるような神曲ですね!
途轍もなくどうでもいいですけど、「ZAQ」とパソコンで打つとき、キーが全て左端でしかも下から順にあるので感動しながら打ってました。




