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3-25 あなたに最高の死と生を

小山内詩歩は、幼馴染である新堂琢磨から「余命宣告を受けた」と告げられる。

琢磨は最高の死を一緒に探してほしいと頼む。

そんな琢磨の想いを無下にできない詩歩はある条件を提示する。

琢磨はいったいどのような死を迎えるのか⁉

 人はいつしか必ず死ぬ

 誰しもが幼少の頃に気づき、一度は絶望する現実。

 人々は死と向き合わず、生に執着し、生を謳歌する。

 しかし生自体が退屈なものならば、死くらいは最高のものであるべきだ。


 放課後に話があると呼び出された小山内詩歩は、幼馴染である新堂琢磨の唐突な厨二病的発言に面食らった。

 つい数分前、終礼後まだ人がたくさん残っている教室で「話があるから部室に来てほしい」と琢磨から言われ、急いで来てみたらこれである。

 教室での真剣な様子から、周りの友達からも告白ではと揶揄われつつ、自分もとうとうかと内心ウッキウキで駆けつけたにもかかわらず、琢磨から出たのは告白とは縁遠い痛々しいポエムだったのだ。

「え、タク、そんなポエムを聞かせるために私を呼び出したの? あんな大勢の前で?」

 琢磨の、言いたいことを言いきった感満載の顔にグーパンチを入れたくなるほど一瞬イラッときたが、もはや怒りを通り越して呆れて言葉が出ない。

「あ、いや……本題は別にあってさ」

「じゃあ、さっさとその本題を言いなさいよ!」

 もしかしたら、緊張して告白できなかっただけ……と信じたい気持ちをぬぐい切れず、少し食い気味にそう言っていしまった。

「えっとね……俺、あの、俺さ……」

 モゴモゴと話が前に進まない。少しきつく言いすぎたせいで、言うに言えなくなったのかもしれないと思った詩歩は「もう帰るよ!」と言いながら、長い黒髪をたなびかせて部室を出ようと扉に手をかけた。

「ち、ちょっと待って!」

 扉を開けようとした瞬間、いつもの琢磨からは出ないような大きな声で引き留められた。

 振り返った詩歩は、琢磨の表情から本当に大切なことを伝えようとしてくれていることを感じ取り、扉を開ける手を止めた。

 少しの沈黙が二人の間を通過した後、琢磨が重たい唇を開いた。

「……実はもうすぐ俺死ぬんだ」

「は? 冗談でも笑えないんだけど……どういうこと?」

 琢磨はこういった冗談は普段絶対言わない。信じられないという表情をする詩歩に、琢磨はそのまま言葉を選びながら、話をつづける。

「こないだ体調不良で学校休んだ時に、病院で精密検査したんだ……」

「え、待って、今日の話って、え?」

「こんなこと急に言われても困るのは分かってるよ。けど、幼馴染の詩歩には言っとかないとなって思って……」

 思っていた告白とは全く違う告白を受け、詩歩は状況を全く受け止められずにいた。まるで止まることのない荒波の様に目まぐるしく進む説明に抗いながら、詩歩は言葉を紡いだ。

「それで……あとどのぐらい生きられるの?」

「医者曰く、もって半年。早ければ三ヶ月後には痛みで動けなくなるだろうって」

 何とか状況を飲み込み始めた詩歩は、教室に入った際いの一番に琢磨から出たあのポエムらしき言葉が脳裏を横切った。

「三ヶ月……てか、さっきの話、今すぐ死のうとしてるんじゃないでしょうね⁉」

 琢磨の肩を揺さぶりながら、必死な形相で聞く詩歩。

「そういうわけじゃないんだ、苦しみながら死ぬのは嫌だってだけで……どうせ死ぬなら楽しい死に方をしたいだけ。今すぐ死のうとは思っていない」

 ぎこちなく微笑みながらそう語る琢磨。ここで詩歩は、今日初めて琢磨と目が合ったことに気が付く。先ほどまでも顔は見ていたが、視線だけはこちらに向けようとしなかったのだ。

 今、琢磨からの言葉を聞いた私ですら、現実を受け入れられずにいた。ましてや当事者である琢磨はもっと信じられないに決まっている。苦しみながら死ぬと言われたら、誰だって今すぐ楽に死にたいと思うだろう。そんな現状を誰かに伝えようと思うと、より一層並々ならぬ覚悟が必要になるに決まっている。琢磨の覚悟を悟り、胸がきゅっとなった。

「わかった。一緒に楽しい死に方を探すよ」

 詩歩も覚悟を決めた。琢磨の想いを――好きな人の死を手伝う覚悟を決めたのだ。

「ありがとう! 詩歩ならそう言ってくれるんじゃないかと思ってたよ!」

 そう無邪気に笑う琢磨の顔は、幼き日に詩歩が惚れた純粋無垢な笑顔だった。そんな笑顔にほだされそうになりつつも、詩歩は「最高の死」だけを求める、「生」を退屈なものと言い切った琢磨にある意味残酷な条件を突きつけた。

「三ヶ月だけ私に時間をちょうだい。退屈なままで死なせたりなんか絶対しない。あんたにとって、私との三ヶ月が、この世界で生きた時間が最高のものだったって思わせてみせる!」

 そう啖呵を切った私の手を掴み、その条件が琢磨にとって残酷であると理解したうえで「それは楽しみだ」と琢磨は言いきった。

「とはいっても、このまま過ごしても退屈な日々が続くだけだよね……何か案があるの?」

 手を握られたことに少しうれしくなって照れていた詩歩に、琢磨はいつもの全てをあきらめたような目で聞いてきた。

「一つだけ方法はある」

「え、なに? 教えて!」

「ダメ。これを今の琢磨が聞いても決して意味はないの。だから、私に任せて」

 詩歩には確かにたった一つだけ、それこそ細い糸の様な方法を思いついていた。だが、それを面と向かって琢磨に言うのは少し恥ずかしかったのもありはぐらかした。その方法とは端的にいうと、「琢磨に恋をしてもらう」ということである。自分が今まで楽しく生きてきたのは、友達がたくさんいたのもあるが、幼馴染の琢磨に恋をし、ずっとドキドキし続けたからだと詩歩は確信していた。

 ただし、自分が惚れるのと相手を惚れさせるのでは大違い。惚れてくれと言って惚れるわけでもないし、今確実に脈がない――そんなことはないと詩歩は思っているが――琢磨をたったの三か月で惚れさせるという高難易度ミッションを本人に言わず成功させないといけないのだ。

「わかった。詩歩のことを信じるよ! じゃあ、僕はどうしたら良い?」

「こ、これから毎日、私と一緒に過ごして!」

 もはやプロポーズと変わらないセリフを頑張って琢磨に向けて言った。行ってから気が付いて、少し恥ずかしくなったが、なにも気にしていない様子で「わかった」という琢磨を見て、浮かれている場合ではないと少し気を引き締めなおした。

「じゃあ、帰ろっか」

 琢磨のいつもと変わらないその言葉に返事をして、二人で教室から一歩踏み出した。

 この一歩はなんてことない一歩だが、着実に終わりに向かって歩みを始めたんだと詩歩は心のどこかで感じていた。

「……あ、活動日誌書いてない!」

 琢磨の何の気なしの一言に、さっきまでの張りつめた空気が一瞬でなくなってしまった。

 部員が二人しかおらず、実質何をしても許されるし――告白する場として琢磨が選んだのだろうが――日誌も翌日に書いても怒られないが、変なところが真面目な琢磨は毎日しっかり日誌を書いて帰るのである。

「今日何もしてないけど、一応部活ってことで部室借りたから、日誌書いてから帰る。先帰っててもいいよ」

 そういって机に向かいなおして日誌を書き始めた琢磨を見て詩歩は呆れつつ、「書き終わるの待つから一緒に帰ろ」と言って隣に座って琢磨の横顔をじっと見つめた。この真面目さに惚れたんだよなと思いながら。

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